勇者の降臨
勇者の降臨
朝起きて一階の酒場に下りると、ラベンダーがクローラを連れて何か宿屋の主人と話し込んでいた。主人の後ろには町民らしき人達が何人か並んでいた。
「おや、どうした?」
「どうしたじゃねえよ」
コートに、背後から声をかけられた。
「昨夜、空を飛ぶ人影が何人も見ていたんだ。それで、ラベンダーが別に恐くないって説明してるんだぞ」
あちゃー。見られていたのか。
もしかしたら俺も見られていたかもしれないが、俺が飛べるのは秘密だ。全部クローラの仕業という事にしておかないと。
そうなると、クローラが余計な事を言う前に俺が前に出て話をつけるしかない。
「町の皆さん、わざわざお集まり頂きご苦労様です」
俺は、ラベンダーと町の人達の間に割って入った。
死神だって、組織に奉公してるのだ。礼儀や言葉選びの心得はそれなりにある。
世間を騒がした事を丁寧に謝罪すると、町人たちは納得して帰ってくれた。
「どうやら、丸く収まったみたいだな」
クローラと並んでテーブルに座っていると、スコットが向かいの席から声をかけてきた。
「いくら開けた町と言っても、翼人はエルフよりも更に珍しいから存在を知らない人は少なくないんだぞ。これに懲りたら、注意することだな」
うん、判った。って、エルフもいるのかよ。やっぱり耳が尖っているのかな。
「それにしてもだ」
なんだ、まだ話すことがあるのか?
「お前の礼儀作法は、どこで習ったのだ? 我が国のものとはやや異なるが、明らかに教育を受けているだろう」
冥界の学校だなんて、勿論言えない。この世界に義務教育なんて、中世程度の文化レベルではやっぱりないだろうしな。
「最近まで勤めていた場所で叩き込まれたんだ」
あたりさわりの無い返事で、俺はお茶を濁した。
「クローラが誰かを連れて行くのを逃がしたとか言ってたが、それが仕事か?」
「まあ、人を運んでいたな」
俺が詳しく言うつもりは無いと判ったのか、スコットはそれ以上は聞かなかった。
今日は出発が早いので簡単に朝食をすませると、荷物をまとめて玄関に集まった。
往復でも数日程度の冒険なので食料もそんなに多くはないが、コートも馬を下りて荷物を馬にくくりつけていた。俺が見た感じではキャンプ道具が主みたいだった。
ラベンダーだけは、今回も馬に乗って行くようだ。やはり姫様とスコットが言っていただけあるな。スコット達が秘密にしたがってるという事は、お忍びって奴なのだろう。俺が知ってるって事は、黙っていよう。
「全員揃っていますね。それでは出発しましょうか」
馬上のラベンダーが、静かな号令を発した
俺たちが最初に出会った場所に到着したのは昼前だった。流石に一度来た道はそんなに苦労はなかった。
「おいベニヤ」
コートが俺に話しかけてきた。
「ん、どうした?」
「ここから先は、道はどうなってるんだ?」
「え?」
どうして俺にそんな事を聞くのかと思ったが、理由はすぐに思い至った。コート達は俺が冥界から落ちて来たと知らない。当然、自分達とは逆方向からここに来たと思ってる。だから、俺がこの先の道を知ってると思うのは当たり前だった。
「いや、俺はこの道を通ってここまで来たんじゃないんだ。実は一度道を見失って、けもの道を突き進んでここまで来たんだ。あまり役に立たずに、すまんな」
「なんだそりゃ?」
まあ、普通の反応だろうな。
「ほら、あの茂みの向こうにあるんだよ。けもの道が」
ペールが興味を示したらしく、道を外れて茂みを掻き分けた。どうせ一分もしないで見飽きて出てくるだろうと思ったら、十秒も待たずにペールが飛び出してきた。
「い、イノシシだ!」
ペールが叫んだのと同時に、全長一メートル程度のイノシシが続いて飛び出して来た。小回りの利くペールは横に飛び跳ねてイノシシの追撃をかわした。このまま突進すると木にぶつかりそうだったイノシシは、あろうことか俺の方に向きを変えて走り続けた。
「うわっ!」
とっさに飛び上がった俺は、しまったと思った。このままでは俺が空を飛べるとバレてしまう。人間には姿が見えなかった頃のくせが思わず出てしまった。ちょっとジャンプした程度でごまかすには、もう勢いが付き過ぎていた。
慌てて周囲を見回すと、俺の斜め上に太い木の枝が伸びていた。
「えいやっ!」
俺は持っていた鎌を振り回して枝に引っ掻けると、遠心力で回ってるかのように見せかけてトンボ返りをして枝の上に腰かけた。
地面を見ると、イノシシはどこかへと走り去っていた。
「おー。こいつは凄いや」
コートが俺を見上げてパチパチと拍手した。
「ベニヤって、意外に身軽なんだな。まあ、おいら程じゃないけどな」
ペールが、いつの間にか俺の横に立っていた。木登りしたのか枝から枝へと跳び回ったのかは知らないが、確かに身軽だ。お陰で俺の跳躍が普通に見えてくれたのは、有難かった。
しかし、ここからは空を飛ばずにどうやって下りたらいいんだろう?
イノシシ騒動のお蔭で、俺の道程が有耶無耶になったのは幸運だった。
山賊のアジトがあると思われる山はまだまだ遠い。俺たちは夕方まで山道を進むと、開けてる場所を見つけたので野営することになった。
コートが馬の鞍に括り付けてあったテントをジャネットと一緒に下した。なにしろ総勢七人の道中なので、四人用のテントを二張り設営するのだ。
「俺、テントを張った事がないぞ。何をやったらいいんだ?」
みんなに俺が尋ねると、スコットがシャベルを出してきた。
「それなら、溝をテントの周囲に掘ってくれ。最低でもくるぶしの深さは欲しい」
これが雨対策なのは、俺にもわかった。ここは絶好のキャンプ地らしく過去にも誰かがキャンプしたと思われる跡が見えるので、地面に出来た線に沿って掘り返す事にした。
「クローラも、女性用のテントの溝を掘るんだ」
「はい、ご主人様」
勿論クローラはシャベルを使った事は無いが、俺が教えるとすぐにやり方を覚えた。これなら、帰りの道中までには俺と一緒にテントの張り方を身に着けられそうだ。
女性用のテントは、ジャネットとスコットが設営していた。
ラベンダーは、焚火の前で料理の準備をしている。スコットが薪に火を着けた時に、俺はやっぱり魔法は便利だと思った。
「そういえば、コートもテントを張れるのか?」
コートがペールと一緒になって作業をしてるのかと思ったが、よく見るとペールからテントの張り方を教わっている所だった。コートもテントを張るのは初めてらしい。
相手が子供でも、習うべき事はしっかりと耳を傾けるコートには好感が持てた。俺も、機会があったらペールから教わろうか。
もっとも、その必要が来るよりも先に俺がコートを連れて帰るかもしれないがな。
宿屋の時とは違ってクローラは俺と一緒に寝たいとは言わなかった。事前に俺が釘を刺していたからな。
鍋の中の雑炊が煮えるまで、俺たちは焚火を囲んで話し合っていた。
「今夜は、山賊や狼に備えて見張る必要があるな。三交代でいいかな」
コートの提案に全員が頷いた。
「最初は、ジャネットとクローラでいいかな。ジャネットはクローラに見張りのやり方を教えるんだ」
「承知した」
腕を組んで木に寄りかかっていたジャネットは、その姿勢のまま頷いた。
「俺もベニヤに教えなきゃいけないから、次に見張ろう。最後はスコットとペールが見張るんだ」
「まかしとけ!」
ペールは自分の胸を叩いた。
そういえば、ラベンダーが見張りのローテーションに入ってないな。やはりお姫様だからだろうか?
クローラに見張りが出来るのか心配だったが、どうやら無事に終わったらしい。
「ご主人様、起きて下さい」
スコット達まで起こさないように、クローラは静かに声をかけてきた。
「う、うーん」
クローラが気になってあまり深く寝入ってなかった俺は、すぐに起きた。
「ん、もう時間か」
コートも、少しクローラにゆすられただけで起き上がって枕元の剣を取り出した。
俺の鎌はテントには大きすぎたので、出入り口の横に置いてある。
ジャネットとクローラは、俺たちがテントから出たのと入れ替わりに女子用のテントに戻って行った。
夜の山は、焚火から少し離れただけで何も見えない程の暗さだ。忍び足の山賊や野獣を見つけるのは、俺には出来ないな。
まあ、焚火の見張りも大事な仕事だ。火種が消えたり、山火事になったら大変だからな。
「ペールが鳴子を仕掛けてくれてる。ちゃんと起きて耳をすませばいいさ」
コートが、そう言いながら焚火を挟んだ俺の向かいに座った。
今ここには、俺たちしかいない。スコット達がいないうちにコートの身の上を聞いてみよう。
「なあ、どうしてラベンダーは、コートは勇者になるって信じているんだ?」
俺が尋ねると、コートは両目が宙を見上げた状態で首をかしげた。
「本当は、俺にもよく判らないんだ」
そう言って、コートは経緯を話し出した。
コートはそんなに饒舌という分けじゃないし、会話の途中で鳴子に邪魔されたり(鳴らしたのはモモンガみたいな生き物だった)したので、俺はコートから聞いたとりとめのない話を頭の中で整理してみた。
†
コートは二日ほど前に、突然生まれたかのように目が覚めたのだそうだ。
それ以前の記憶もあるにはあるのだが、どうも今の自分とは全然別人で上手く説明できないと言ってはぐらかされた。コートという名前は、以前から使っている名前がラベンダー達にはこう聞こえたらしい。
目が覚めた場所は、青空の中だった。俺の場合は意識を失っていたからよく判らないが、似たようなものだったろう。
俺は空を飛べるだけあって気絶してても無意識で不時着は出来るが、コートは当然空は飛べない。
空も飛べなきゃパラシュートもないというのに、コートはなぜかフワフワとした感覚を全身に感じてゆっくりと地上に落ちて行った。もしかしたら、この時点ではまだ幽体の状態だったのかもしれない。
コートが下りて行ったのは、町の外れの広場だった。俺たちが泊ったドヴアよりは大きいが、都市と言う程ではない規模の町らしい。
広場の中央では、両手を合わせて跪いている女性が上を見上げていた。だがコートの姿が見えていないのか、視線は雲しかない方角を向いていた。
女性の後ろにも男女が立っていたが、彼らは女性の方を見てて誰も上に注意を払っていなかった。
地面に近づくにつれ、コートの斜め向きだった身体は自然に足を下に向けて来た。コートが着地する場所は、女性たちの斜め後ろだった。
つま先が地面に触れた瞬間、急にコートは全身で重力を感じて崩れ落ちた。
「うわっ!」
転倒したコートの叫び声を聞いて、広場にいた女性達がびっくりした顔で振り返った。
「きゃあ!」
女性が、びっくりしてコートから顔をそむけた。周りにいる人たちは、それぞれに手に持っている武器をコートに向けた。
何の武器も持ってないのにどうしてこんな扱いを受けてるのかと思ったコートは気が付いた。武器どころか服も下着もコートは身に着けていなかったのだ。
言葉が通じたので何とか誤解をといたコートは、広場のすぐ近くにある教会に連れてこられた。
更衣室で服を着せられたコートは、今度は広場に案内された。
礼拝堂と思われる広間の奥には女神らしき石像が二メートル程度の高さの台座の上に飾られていた。その台座の横にも、立派な甲冑が飾られていた。甲冑の足下には何か由来らしき物が書かれた板が立ててあったが、言葉が通じるのになぜか文字はコートには全く読めなかった。
「この鎧は、貴方の物です」
さっき広場にいた女性が、そう言って礼拝堂に入って来た。彼女は、ラベンダーと名乗った。スコットという名前の男も、教会の司祭と思われる初老の男と一緒にラベンダーの後ろに並んでいた。
「私は、信じて待っていました。あなたが、勇者様がこの地に現れるのを」
ラベンダーは、コートの前で両手を組んで頭を下げた。
「勇者だって?」
戸惑うコートを尻目に、ラベンダーは台座の横の甲冑向き直った。
「さあ、あなたの名前を名乗って下さい」
「え、名前?」
まだ自己紹介していなかった事に気付いたコートが名前を言うと、突然甲冑の胸が輝きだして幾何学的な模様が浮かび上がった。
ラベンダーが微笑んでいるのと対照的に、スコット達は信じられないといった顔をしていた。
「さあ、鎧を着て下さい」
ラベンダーに微笑みながら頼まれると、何故かコートは断れなかった。
頭の中に浮かんだ言葉を、コートは口に出した。
「具足自着!」
すると、鎧が自然にバラバラになって浮かび上がり、コートの全身にまとわりついた。
「な、何だ?」
重いし動きづらいし関節の所がこすれて痛かったが、我慢してコートは鎧を着こんだ。何となくコートはラベンダーをがっかりさせたくなかったのだ。
「お似合いですわ、勇者様」
「出来れば、名前で呼んでくれないか?」
勇者と呼ばれるのは、なんか心がくすぐったかった。
「スコットよ、勇者も鎧も揃いました。残るはシック山です。今度こそ行かせて下さい」
ラベンダーに詰め寄られたスコットは、コートが入って来たのとは逆方向にあるドアに向かって柏手を打った。
「入って来なさい、ジャネット」
ドアがきしむ音を立てながらゆっくりと開くと、さっきラベンダー達と一緒にいた女性が少年を連れて入って来た。彼女がジャネットなのだろう。
「あの子は?」
「シック山近くにある村の生き残りです」
生き残りと聞いて、ラベンダーの表情が曇った。
「どういう事なのです?」
「あの村は山賊たちに襲われてしまい、僅かな子供達だけが生き延びたのです」
「山賊? 退治すればいいのでは?」
スコットは首を横に振った。
「どうしてシック山に行くのを私が反対していたか、お忘れですか?」
どんな事情があるのか、ラベンダーは困った顔をした。
「そうですね。あそこに行くとしたら、騎士や兵士ではなく何のしがらみのない冒険者でなければいけません」
「しかし、冒険者を雇うとなると王都に戻らないとなりません。ここは一度帰るべきでは・・・」
「だったら、冒険者になればいいのに」
口を挟んだのは、ジャネットが連れて来た少年だった。
「冒険者でないと行けないっていうんなら、自分達で冒険者をやればいいじゃん。おいらも冒険者になるからさ」
「これ、余計な事を言うん・・・」
「まあ、名案ですわ」
ラベンダーは、かがんで少年の頭をなでた。
「坊やのお名前は?」
「ペールだよ」
「ペールくんは何が出来るのかな?」
にっこり笑いながらペールは答えた。
「色々出来るよ。木登りとか穴掘りとか隠れんぼ。泳ぎだって大人より上手いんだ」
こんなの、山賊退治の役には立ちそうにないな。そう誰もが思っていた、一人を除いて。
「ペールくん、ちょっといいかな?」
コートが、ペールに話しかけた。ペールが本気で言っているのを感じて、もう少し話を聞きたくなったのだ。
「ペールでいいよ」
「それじゃあ、俺もコートと呼んでくれ。ペールが村から脱出出来たのは、その特技のお陰か?」
「そうだよ。おいらがみんなをつれて村から逃げて来たんだ」
「みんなって、何人だ?」
「赤ん坊も入れて、ざっと二十人だよ」
ラベンダーは、目を丸くした。二十人もの子供を連れて村を滅ぼす規模の山賊から逃げ延びたというのは、並大抵の事ではない。
「おいラベンダー。俺は勇者と言われても正直まだピンとこない。だけど俺の条件を呑んでくれるなら、勇者っていうのをやってみてもいいぜ」
「あなたの条件はこの子と一緒に冒険者になる事ですね。判りました。私も冒険者になりましょう」
ラベンダーは早速、スコットに向き直って命じた。
「あなたに達も、冒険者になって貰います。いいですね?」
スコットはため息を一つつくと、ジャネットと目を合わせた。
「仕方ありませんな。ジャネット、冒険の準備を急ぎなさい」
「やってくださるのですね、スコット」
ラベンダーが、花が咲いたようにニッコリと笑った。
「だが、冒険者なら依頼人が必要です。司祭には表向きの依頼人になって貰いましょう。いいですかな?」
スコットに頼まれて、司祭は静かに頷いた。
「まあ、嘘も方便です。神様もお許しになるでしょう」
「ついでに、ドヴア町の司祭への早馬をお願いしたい。シック山にいくなら、あの町で泊る事になる。事前に山賊の情報を集めて貰いたい」
一度やると決まると、スコットの対応は早かった。
冒険者に見える装備や馬を夕方までに揃え、同じ街道を行く隊商まで捜して町まで同行できるように手筈を整えたのだ。
その間、コートは何をしてたかというと、鎧姿での乗馬を一人でも出来るように特訓していたりする。
コートが広場に着陸してからたったの数時間で、目まぐるしく事態は進展していた。
「その日の夜にはドヴア町に到着して、教会が用意した宿屋に泊った。それで昨日の朝には山賊の情報を掴んで山道を進んでいたら、お前たちに出会ったんだ」
コートが話し終わる頃には、交代の時間になっていた。俺たちはテントに戻ってスコット達を起こすと毛布にくるまった。




