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第5話 生贄の洞窟

「イテテテテ」


 表情は苦痛に歪み腰の痛みをさすって和らげる。入口から差し込む光は岩のズれる音と共に細くなっていく。パラパラと落ちる小石の雨を浴びながら見ていることしか出来なかった。


 落とされた入り口が重苦しい音と共に塞がれる、光は閉ざされ周囲は完全に闇に包まれる。


「岩肌が」


 アーチ状の天井が微かに光っていた。視界の確保には遠く及ばないが、光があるというだけで幾分か心が軽くなる。


 時間の経過と共に目が慣れたのか周囲の輪郭が見えてくる。足元に転がる石ころ、入り口から途中までは梯子(はしご)が垂れ下がっている。


「さすがに届かないか」


 頼りになるのは遠くに聞こえる雫がピチャピチャと垂れる澄んだ音、風が轟轟(ゴウゴウ)とどこかで(うず)を作っているのが奥から聞こえる。どこからともなくやってくる肌に触れる優しい風はどこかが外と繋がっている証拠なのかもしれない。


 一歩、また一歩と足元を探りながら歩みを進める。かなり幅の広い通路、岩肌を伝ってゆっくりと進んでいく。所々でパラパラと落ちてくる小石が鬱陶しい。

 

「あー、なんだこの小石は」


 見上げると一瞬青い(もや)が見えた気がしたが何もない。肘を突き出し頭を守りながら前へと進む。あまりの鬱陶しさから小石を振り払ったとき、不思議な感覚を覚えた。


「絶対パリィ、か」


 発動する感覚、小石をひとつ放って試してみるが、タイミングがシビアなのか成功させるることは出来なかった。


「まあいいや、今はこの場所から脱出しないとな」


 ひんやりとした風を肌に感じながら奥へと進んでいく。心なしか足取りが軽い。ゲーム好きの僕に不思議な能力が宿っていることを実感しテンションが上がっていた。


 

 岩肌を手探りでゆっくりと進んで行く。ゴツゴツした感触に小学校の通学路でフェンスに指を当てて歩いたことを思い出す。


(あれって手が真っ黒になるんだよなー)


 なんてことを考えていたら洞窟の最奥に到着、抜け穴もなく進むことはできない。


「行き止まりかぁ~」


 拳を握りしめて壁を殴る。防衛本能が無意識に力を抑えさせたが、岩を殴ればどうなるかは推し計れるだろう。


 傷ついた拳、周囲に広がる闇、不条理な出来事に肩を落とす。



 お腹の虫が盛大に鳴り響く。10キロ位体重が減ったんじゃないだろうか。


(お腹空いたなぁ~、ここに来てから何も食べていないや)


 どれくらい時間が経ったのだろう。疲れ果てて壁に寄りかかると滑るように座りこんだ。


「ふぅー」とため息が漏れる。脱力して手を付くと、指に感じる感触に思わず「なんだ!」と声をあげてしまった。


 あたりに散らばっていたのは骨、明らかに人骨。

 僕と同じようにこの場所に閉じ込められて死んでいった者たちだろう。


 そんな状況でもあるにかかわらず恐怖は無かった。


「僕もこうなるんだろうなぁ。せめて苦しい空腹さえなければ言うことないんだけど」


 諦めだった。体育座りになって(膝を抱えて)天井をぼやっと見つめる。今までのことを思い出しフフフと笑う。


一葉(かずは)に会いたいなぁ」


 プレートを取り出して(もてあそ)ぶ。

 ツルツルひんやりした気持ちいい感触を手の平で楽しんだ。「せっかくだから」と、ステータス表示を映し出してみた。


 プレートがフワッと光る。拡張現実(AR)のように浮かび上がる文字。


   ランク:3流 ギルド:無所属

   レベル:1  スキル:絶対パリィ


 何も変わらない。あの時と違うのは心持ち、薄暗いこの場所を照らす光が心を安堵してくれた。


「ふぅ~」


 大きく息を吐きだして一気に伸びをすると勢いよく壁に寄りかかった。


 ──諦め。こんな言葉がぴったりな心境だろう。


 壁の感触を背中が感じるまでの刹那の時間、空気の匂い、やわらかな風の感触、五感が研ぎ澄まされている。

 ロウソクが消える前に一瞬大きくなる炎のような鋭い感覚かなぁ、と頭が理解したとき。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 寄りかかったはずが後ろに倒れ、頭から滑るように落ちていく。小石の上を滑ったのか、強い痛みを時折感じながら。


 急な下り坂にスピードが増してくる。諦めた心が恐怖に変わる。


「滑る、滑る、滑る~」


 直線でスピードを上げたかと思えば大きなカーブで重力を感じ、波打つ場所を過ぎれば小さくお尻が飛んで痛くなる。


 暗闇の中を突き進む恐怖は目から雫を滑らせた。


 滑り台の終わりは突然に来た。体勢はいつのまにかに戻り、彼方に見える青い光が物凄いスピードで近づいてくる。


 思考が出口の先に切り替わる。


(水の中か、剣山か、溶岩の中か、はたまた肉食昆虫が待ち構えているのか)


 考えが悪い方向に向かうのは(さが)かもしれない。


 

 青い光に向かって飛ばされる。宙を飛んでいる体、長く感じた時間を経ると落下、いや直下という方が正しいかもしれない。


 手を回し足をバタバタさせて一生懸命に足掻くが何の解決にならないまま地面に向かう。


 迫りくる地面、頭の中には走馬灯のように一葉との思い出がグルグルと巡る。

 

 

 柔らかなクッション、布団の上にでも落ちたかのような感触があったが硬い地面にへばりついた。


 さっきの場所より青みが強く全体が見渡せる6畳ほどの場所。落ちてきた先は遥か上空、とても辿り着けるような場所ではない。


 中央には鉄球でも落ちたようなクレーターがあるだけであとは何も無く……はなかった。


 青い光に照らされた蛙が数匹4足歩行をしている。例えるなら牛柄のウシガエル、向かいにある小さな穴から出入りしている。



 牛柄のウシガエルの姿で脳が何を勘違いしたのか空腹を思い出す。


 グーグー鳴く蛙の合唱にお腹の音がアンサンブル。空腹からくる怒りから蛙を手掴みで食いちぎりたい衝動に襲われるがそんな勇気はない。


「ライターでもないかなぁ~って、僕はタバコ吸わないやん」……やん」……やん」…………。


 一人ノリツッコミを木霊(こだま)揶揄(からか)う。


 気が紛れたのか悟ったのか空腹が少し和らいだ。あと出来ることは蛙を煮ることか、ふらふらと立ち上がってクレーターの中央に座りこむ。


「栓でもあってお湯でも出てこないかなぁ」


 スポンッと抜ける気持ちい音を想像しながら探してみるがそんなものはない。いや、あるわけがない。


「水~」


 水を欲した時、手の平に冷たい感触があった。


「水?」


 手の平の窪みには僅かながら水が溜まっていた。


「ひぃ」


 驚いて手を引くと水が引っ込んだ。


 おそるおそる『水』を念じるとちょろちょろと手から水が流れ出す。


「これで蛙を煮れば。って火がないじゃん。熱湯じゃないと!」


 手から流れる水が熱湯へと変わっていく。湯気が出ていないのに熱湯に変わったことを理解したキッカケは蛙だった。

 クレーターの中にいた蛙が茹で上がったのだ。そのまま熱湯をイメージして流し続けるとクレーターは熱湯で満たされ池のようになる。


「なんだこれ」


 溜まった熱湯と僕の手の平が細い線で繋がれている。触ると熱く、離れると長くなる。伸ばした分だけ水位が下がっていく。


「そうか、この水は僕から離れられないんだ」


 一気に溜まったお湯を吸い取ると体の中に戻っていく。残されたのは茹で上がった蛙だけ。ふわっと鶏肉のようないい匂いが懐かしかった。


 空腹に堪えきれずに手掴みで食いついた。


「うまい! うますぎる! 空腹は最大の調味料とはよく言ったものだ! それを差し引いても」


 程よい弾力、腿肉(ももにく)のような柔らかさ。足は少し硬かったがお腹を満たすのには十分だった。一匹食べるたびに(よう)命酒を飲んだ時に感じるふわっとした感覚を覚えた気がした。


「あれ?」

「もしかして」


 思わず笑顔になってしまう。


「お~湯、お~湯」


 目指すは40度。少しづつ湯温を確認しながらお湯を満たしていく。


 クレーター一杯に溜まった程よい温度のお湯。満腹になって心に余裕が生まれたのか服を脱ぎ捨てて飛び込んだ。


 心の奥底から湧き出てくるような感動、目を瞑るとこれまでのことが思い浮かび涙が溢れる。


 ぽちゃんと涙が1滴、追いかけるようにお湯に向かって落ちていく。


「あれ、涙がお湯の中を浮遊している」


 すくったお湯は手の平から(あふ)れお湯に戻る。手の中には青い光に照らされた涙だけが残っていた。


「まあいいや、ひとやすみ、ひとやすみ」


 (くう)を見上げて心と体を休ませた。

《登場人物紹介》

  速水はやみ 三流みるる 三流 ─ LV.1 絶対パリィ

   勇者として生贄にされて彷徨っている。青い水が使えそう。


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