第45話 みるるの命
僕は死ぬのか……。胸に突き刺さる光。感覚がマヒしているのか痛みは感じない。
視界が落ちていく……滲んでいく……。ぼやけて良く見えない。遂には視界から見える光景は地面に生える草だけ。
草の香り……自然の香り、最後に自然を感じられたのは幸せだったのかもしれない。
「いつまでやっているのー。痛くも痒くもないでしょ」──間延びした声。
あれ? 確かに痛くも痒くもない。が、違和感が凄い。それに体がいうことをきかない。
「…………」
口は開くが声が出ない。一生懸命にみそらが喋っているが声がくぐもって良く分からない。
『いい加減に人の姿に戻ってくれる?』
人の姿って……人の姿に戻れって言われてもなんのことだかサッパリ分からない。
宙に浮くような浮遊感に襲われると辺りの景色が一変した。明るいような暗いような不思議な空間。
目の前ではみそらがキョロキョロと挙動不審な動きをしている。あとは瑠璃色の靄がふわふわっと漂っているだけ。
「みるるくん……」
見上げるとみそらの顔が引きつっていた。まるでゾンビでも見るような目……。毛虫を見るような一葉の目を思い出す。
何なんだ一体……手のひらを突き出した時に違和感の正体に気づいた。
「青い……」
「かわいい~!!」と、みそらが割って入る、「ちょっとわたしに抱かせてくださいよ~」とパタパタと駆け出した。
ちょ、持ち上げないでくれ。なんだ、なんなんだ一体。
「ちょ、みそら遊ぶのはやめてくれよ」
「ねぇねぇ、あれ言ってよ、『ボク悪いスライムじゃないよ』ってセリフ」
えっ、それって某ゲームの有名なセリフじゃないか……「ボク悪いスライムじゃないよ。猫のみーちゃん、ってちがーう」
「いつまで茶番を続けるのよー、いい加減に現実を見なさいよね」
分かってる……なんとなく分かってるんだ。体の動き、視界から見える光景、そしてみそらの反応。
そう、僕の体はスライムの形を保っているのだ。
「みるるくん、可愛い……。わたし、スライム大っ好きなのよ……」
ぎゅっ、と強く抱かれるたびに胸が押し付けられた感触が。
「ちょっとふぁそらは引っ込んでなさい! ごめんねみるるくん、ふぁそらは異常なほどにスライムが大好きで部屋中グッズまみれなのよ」
みそらを見ていると不思議だ。言葉通り一人二役、体の中ではどうなっているのだろう。
「あのねー、そろそろ話しを進めたいんだけどー。みるる、みそら、少し喋るの禁止! 話しを聞きなさい」
「「はい」」
「えっとね、ここはみるるとふたりで話そうと思って連れてきたトヨタマ空間、みるるのせいでみそらにもトヨタマの血が入っちゃったから一緒に来てしまったみたいね」
「トヨタマの……血?」
「はい、おしゃべり禁止ねー黙って聞きなさい。まあ、トヨタマの血が入ると水方円器随の能力がデフォルトになるのよねぇ。ただ水がないとダメだけどね」
どうやらスライムになったのではないようだ。今まで自由に扱ってきた青水は自分自身の一部だった。それをイメージした形に具現化していたのだった。
なんということだ……。今まで人の姿を保っていたのはこうあるべきであると思っていたイメージのせいだということか。
「ちなみに僕っていつからそんな体なの?」
「なに言ってるの? 最初からだよ。正確には水方円器随の水をみるるに移してからだけどね。そもそもトヨタマは人に見えないんだよ、でもねでもね、トヨタマの血が入ったみるるやみそらはモヤモヤ―って見えてるんだよ」
「そうだったんだ……変な靄は僕にしか見えていなかったん──」
「変じゃなーい、瑠璃色の美しい靄よ。あなたたち種族の長なんだから崇め諂いなさい」
「えっと、これからどうしたらいいの?」
瑠璃色の靄がグルグルと舞う。音もなく舞う様子をじっと見つめていると、さっきまでの騒がしさが嘘のように世界から音が消え去ったように静かになった。
瑠璃色の靄が子供の姿を形作り人差し指をピシリと前に突きだすと、いいにくそうに「えっとね……地上と戦って欲しいの」と小さく発した。
「はい?」
「まあいいわ、まずはみるるに仲間をつけたいわねぇ」
さっきの言いにくそうな話し方は何だったのであろう。決定事項のように話しが進んでいるけど。
「仲間って……。ひなつたちじゃだめなの?」
「それでもいいんだけど弱すぎるのよね。みそらみたいにトヨタマの血を入れてもいいんだけどある程度の強さと引き換えに種族が変わっちゃうのよ」
それって人間を捨てろと言われるようなものか。ひなつやあんこは兎も角わさびは幻族の王女様だもんな。さすがに一族を捨てろなんて言えないし……。いやまてよ、もし僕が人間を捨てろと言われたらどうだろう。別に人間ですなんて名乗らないから容姿さえ変わらなければ『別に』という感じだろうか。
いやいや、僕のような普通の人間とわさびを比べては申し訳ない。ひなつやあんこだって両親がいるはずだし……他人を僕の勝手で巻き込むなんて……
まてよ、そもそも巻き込まれているのは僕も……葛藤は続く。
「あの、みるるくん、悩んでるところ悪いんだけどトヨタマがみんなを連れてきちゃってるよ」
「え!?」
「あのねー、いつまでウジウジ悩んでるのよ。決めるのは貴方じゃなくて本人たちよ。ダメだったらダメで仕方ないんだから聞いてみればいいじゃない」
トヨタマ空間でキョロキョロ見回している、ひなつ、あんこ、わさびの3人。既にトヨタマが聞いていたようで、彼女たちは僕と共に戦う選択肢を選んでいた。
「ここはトヨタマ空間だからね、彼女たちにはちょこっとだけトヨタマの血を入れておいたけど、すぐに無くなっちゃうから仲間にするならみるるの血を入れてあげてね」
「みるる殿、水臭いではないでござるか。拙者はとうに種族など捨てた身、生涯みるる殿のためにこの刀を使うと約束したではござらぬか」
「みるる様~、わたくしの心はとうにあなたのものですよ。恋愛に王女なんて肩書はいりませんの」
「ヽ(*`Д´)ノ」
「みんな……」
感動的な再会ではあるが、頭の中に引っかかるものがある。
……冷静に考えてみよう。
僕主導で物事が進んでいるような気がする。明らかにトヨタマに掌で転がされているだろう。偶然なのか狙っているのか。
瑠璃色の靄からニヤリとした雰囲気を感じた……「絶対、わざとだ。後には引けなくしているんじゃないのか?
……あっ、絶対にトヨタマが狙ってやっている。ひなつたちの後ろでニヤリとしているオーラを出している。
「それでみんなに僕の血を入れるってどうすればいいの?」
「みるる、なんかトヨタマに冷たくない? そういうのも好きよ。そうしたらとっておきの方法を教えてあげよう」
手の平で転がしておきながら何を言っているんだ、しかもとっておきの方法って……みそらのように何かを突き刺せばいいのか。
「それで、どんな方法なの?」
「血を分けるって言ったら決まってるでしょ、〇〇〇でもいいんだけどチューよ、チューしなさい」
「「「「ええぇぇ」」」」
ちょ、いったい何を言っているんだ。よりによってチューって……そんな経験一度もないんだけど……
「みるるには種族を増やす力を与えてあるから、種族の珠が作れると思うんだよ。それを口移しで与えてあげて。もしくはみそらみたいに注入しても良いけど」
「え……と……」
「きゃー、みるるくんのファーストキスね! 誰からいくの? ひなつちゃん、あんこちゃん、わさびちゃん?」
「おい、ひとりで盛り上がってるところ悪いけどみそらもだぞ」
「エェー、だってわたしはもうその種族になってるんでしょ」
「別に洗礼受けなくても良いよー、ただし鍵の戦いには参加できないよ。速攻で死ぬからね」
聞こえてくるのは歯ぎしりと拳を握る音、そして「ぐぬぬぬぬ」という言葉。
「みるる、じゃあ順番にチューね」
嬉しさ半分拷問半分、僕のとてつもなく長い時間が幕を開けたのだった。




