高校生ユーリ~3年生~③
高校最後の夏休みです。
塾や予備校に通っていないユーリは、午前中は受験のための講習を学校で受け、午後からは文化祭の演劇の練習という日々を送っていました。
「はい、じゃあここで水野の登場ー。ロケット団その1!歩け歩けー」
「美紀、セリフイイ感じ!」
指揮は京極姉妹が取ります。
ユーリは本当は大道具役だったのですが、キャストのメンバーがキャンセルを申し出たため、ライバル関係にあるグループの一員というキャストで入ることになってしまったのです。
セリフは、「おいトレック、どうしたんだよ」この一言だけです。
ただ・・・“と”が上手く言えないユーリは、これが不安で不安でたまりません。
(吃音だからって、みんなにも言いだせないし・・・変な子って思われたくないし。おいってついてるから、大丈夫だよね。言えるよね)
家で何回も、ユーリは台本を読む練習をしてきました。
「・・・見ててください、ね」
鵜森さんの形見である懐中時計は、いつもポケットに入れて持ち歩き、挨拶ができなかった時や本読みがうまくできなかった時に取り出し、1人で「失敗しちゃった・・・でも、また次頑張りますね」と声をかけるようになりました。
「よーし、前半はできたね!」
「今日はライバル関係の団員が全員そろってるから、メインの抗争部分の読み合わせやろう!」
「はーいじゃあ団ごとに集まって―」
ユーリは、クロノス団の側にちょこんと混ざりました。隣は友達、岡本香澄ちゃんです。
(あぁ・・・台本合わせ、とうとう来ちゃったよー・・・)
メインのここでは、団ごとに向き合って全員セリフを話すのです。
『このあり様はなんだ、ルーフ。そいつがうちの娘に手を出した。制裁を受けるのは当然だろう』
『トレック。貴様のバカ娘が息子をたぶらかしたんだろう。息子はうちの後継で、許嫁もいるんだ。とっとと失せろ』
(うわぁ・・・直山君に兵頭君、凄くうまい・・・いつもふざけてばっかりなのに・・・)
『彼は悪くない!お父様、私が、私が悪いんです!!』
『彼女を離せ!俺はどうなってもいい、彼女を自由にしろ!』
(お、おお・・・香澄ちゃんに鈴ちゃん、熱入ってるなぁ・・・)
『リーダー。こいつらがお嬢に手ぇ出したんだ、けじめはきっちりつけるべきと思います』
『やめて!ねぇお父様お願い、彼を傷つけないで!』
『・・・お前は黙っていなさい』
『トレック。お嬢の言うこと、今だけは聞いてはなりません。奴は許されないことをしたんです』
『・・・・・・そう、だな・・・』
『なんだよ、トレック。やけに煮え切らないじゃねえか』
『・・・・・っ・・・・・・・っ・・・っ・・・っ・・・っ・・・』
「・・・ユーリ?どしたの?」
「あ・・・・・・ご、ごめん、ぼーっとしちゃってた」
トレック、が言えないのですが・・・ここは、あはは、と苦笑いで誤魔化します。
「じゃあ、そのひとつ前の水野のところからね」
「おうっ」
(ごめんね、水野君・・・)
『なんだよ、トレック。やけに煮え切らないじゃねえか』
『・・・・・・お、お、お・・・・・・っ・・・っ、っ、っ、っ』
(・・・声が出ないよ。あんなに、あんなに練習したのに・・・なんで、私は、声が出ないの?)
「ユーリ―?」
「・・・どうしたの?体調悪い?」
「う、ううん。ごめん、もう一回、お願い」
泣きたいのをぐっとこらえ、ユーリは台本を握りしめました。
『なんだよ、トレック。やけに煮え切らないじゃねえか』
『お、お、お、おお・・・・・・・お、お!お!お、い・・・っ・・・っ・・・っ・・・っ』
(・・・本当に、ダメだ。できない、できない。あんなに、練習、したのに。私も、みんなと同じように、セリフ言って、劇、したいのに・・・言えないよ・・・)
「ちょ、ユーリ!?」
「ほんとに、どうしちゃったの!?」
台本を構え、口を“お”の形にしたまま、ユーリはぼろぼろと泣きだしてしまいました。
「ご、めん・・・ちょっと・・・ごめん」
ユーリはたまらず、教室を走り出ました。
ひっくひっくと、人気のない渡り廊下にユーリの嗚咽が響きます。
(みんな、何も考えないで普通に読めてるのに・・・なんで私だけ・・・家では言えたのに・・・!!)
「ユーリッ!」
「いたいた・・・」
「ユー・リ!」
友達が何人か、追いかけて来てくれたようです。ユーリの顔は涙でぐちゃぐちゃで、周りのみんなの顔は見えません。
「どうしたの?ユーリ」
「のどの調子、悪い?だったら、無理させて・・・ごめんね、ユーリ」
楓と紅葉のようです。
とっこがユーリの頭を抱えるように座り前に座り、香澄がユーリの背中を「大丈夫、大丈夫」とおまじないのように呟きながらさすっててくれています。
「あ・・・のね、っく・・・わた、私ね、っく・・・吃音ひっく、症って、いってね・・・ひっく・・・みんなと、ひっく・・・おな、同じように、っく・・・話せ、ないの・・・どもっちゃ、ひっく、って・・・声、出ない、ひっく・・・出せない、の・・・」
ぼろぼろのぐちゃぐちゃに泣きながら、ユーリは懸命にみんなに話しました。
「れん、練習、ひっく、したんだけど・・・っく・・・き、緊張っく、しちゃうのかなぁ・・・ひっく・・・でき、ないの・・・みんな、と、同じようにね、っく、言えるように、頑張ろうって・・・ひっく思ったけど・・・ごめ、ごめんなさい・・・ごめん、なさい・・・」
ひっくひっくと、ユーリの嗚咽は止まりません。
(鵜森さん・・・・・・助けて。わたしも、そっちに、行きたいよ・・・・・・)
「そっか。そうかそうか・・・そうだったんだねぇ。私らが知らないだけで、凄く頑張ってたんだね、ユーリ。今まで、大変な思いいっぱいしてきたでしょ?つらかったね、偉かったね」
「セリフ言えないくらいどうってことないよ。ユーリは悪くないんだから、謝ることないない。ユーリのセリフは、水野のセリフに混ぜちゃおう。大丈夫、私が言っとくから」
「ユーリが責任感強いのも優しいのも、あたしはちゃんと知ってるよ。私らが気を遣わないように、言わなかったんでしょ?そんなつらいこと、もう頑張るのやめようよ。たまには甘えて、ユーリ」
「大丈夫、大丈夫だよ。私らみーんな、ユーリの味方だよ。・・・気付いてあげられなくて、ごめんね。もう大丈夫だよ、ユーリ。困った時は助け合い、でしょ?」
みんなが、あったかく、言葉をかけてくれます。頭や肩、背中をぽんぽんと撫でながら・・・
(悲しい、悔しい、苦しい・・・みんなと違う自分が嫌いだよ・・・なんで?なんでみんな、そんなにあったかいの・・・)
(私、みんなが当たり前にやってること、できないよ・・・障害者、なんだよ・・・甘えて、いいのかな?私は、頑張らなくて、いいのかな?)
(受け止めてくれた、聞いてくれた・・・みんなの言葉が嬉しい・・・手があったかい・・・みんなありがとう、ありがとう・・・)
「あ、あ、ひっくあ、あり、がとう・・・みんな・・・」
楓と紅葉は、練習の続きしてるからね、と教室に戻って行きました。
しかしとっこと香澄は、ユーリの嗚咽がおさまるまで、ずーっとそばにいてくれました。
「・・・落ち着いた?かな?」
「ダンス練習もあるからさ、一旦教室戻ろう?だいじょぶだいじょぶ、一緒に行くし一緒にいるよ」
(・・・どうしよう。泣きながら飛び出しちゃったし・・・恥ずかしいなぁ・・・でも、ちゃんと劇は出なきゃいけないし・・・)
「う、うん。もど、る。あり、あ、あ、あ・・・ありがとう、とととと、っこ、っ・・・っか・・・ぁすみちゃん・・・」
「おっ、ユーリお帰り!ちょうどね、今休憩中。半から始めるよー」
「ねー楓、学食でプリンおごってー」
「えー、今月は無理!」
いつもと変わらない、教室の様子でした。
(・・・そんなに、私が泣いてるの目立たなかったのかな?ならよかったぁ・・・)
「いよっ、咲野」
ユーリが水筒を探してカバンを漁っていると、水野君が声をかけてきました。
(ひぃ・・・め、迷惑かけることになっちゃったもんな・・・一言言った方がいいのかな、でででも何言おうなんて言おう・・・)
「ほれ」
ユーリがおどおどしていると、水野君は、ぽん。と炭酸飲料のペットボトルを手渡してくれました。
「俺の奢り。飲んで休んだら、また練習しよーぜ。・・・セリフなんか気にすんなよ、それぐらいいくらでも代わってやんよ」
「あ・・・ありが、とう・・・」
展開にあまりにびっくりしすぎて、ユーリはすらっと“ありがとう”が言えました。
(これ・・・水野君がいっつも飲んでるやつ・・・?)
見ると、何の罰ゲームなのか、他5人くらいにも同じジュースを配っていました。
「おー大雅さんきゅー!やっぱ医者の息子は違うねぇ」
「医者の息子関係ねえし・・・しかも母親だけだからな、医者・・・」
「いやー男気ジャンケン楽しいね!」
「俺は全っ然楽しくないがな!!」
(・・・一本多く、買ってくれたんだ・・・・)
ユーリはとっこと香澄に挟まれ、他のクラスメイト達の輪に混ざりながら、ペットボトルのふたを開けました。
(・・・普通に話せない私だけど、それを知ってもみんな変わらない。私は私で・・・吃音持ちの私のままで、いいのかなぁ?)
(治すために、どうしたらいいのかもわからないけど・・・今は、みんなに、甘えよう。助けてもらおう。その分、私は他のこと頑張るぞ・・・でも何ができるんだろう。特技もないのに)
普段は飲まない炭酸飲料を飲みながら、そんなことを考えた、今日の夕暮れでした。




