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高校生ユーリ~3年生~②

中間試験や模試、最後の体育祭を終えて、梅雨の季節になりました。



今日の帰り道も、しとしとと雨が降っています。



「はー、やだねぇ毎日雨・・・自転車登校はこういう時だるくなるわ」



「でもうちは畑があるから、梅雨ないと大変」



「電車もね、た、た、大変だよ。床濡れて物置けないし」




今日も模試を終え、自転車を押したマイと蘭、電車のユーリで一緒に駅まで向かいます。


ここ最近、ユーリはかなり楽に話せるようになってきていました。



(なんだろう、すらすら話せる・・・良い波が来てるのかな)



自分でも、こう思うくらいです。




「カバン持ちっぱなしはつらいよねー」



「でも自転車も、たったった・・・・・・たたた大変だもんね、おおおおおお互いさまだ、にぇっ」



「にぇって・・・何してんのよユ~リ~」



「びっくりした・・・ユーリ急に身長縮んだと思った・・・」




3人で端を歩いていたユーリは、誰かに名前を呼ばれた気がして振り向いた瞬間、すぐ脇にあった溝に片足を突っ込んでしまいました。




左足の茶色のローファーは、水浸しです。



「うぅ・・・気持ち悪い・・・」



「あちゃー、どんまいだね」



「よかったじゃん、今日が金曜で。さすがに2日あったら渇くよー」



2人は笑いながら慰めてくれ、談笑を続け、歩き続けました。



(・・・今絶対、誰かに呼ばれた、気がしたのに・・・)









家に帰りつく頃には、ユーリの両足は雨でどっぷりと濡れていました。



「ただいまぁー」



がちゃりとドアを開けると、なんだか家の中がばたばたしています。



(えーと、今日はお母さんとお姉ちゃんはいるはず・・・何してるんだろう?)



「あ、ユーリ?お帰りー。おかあさーん、ユーリ帰ったよー。あとねー、無い!」



物置きからひょこっと顔を出したカガリが、リビングに向かって声をかけました。



「ユーリ、お帰りなさい。・・・ちょっと、いい?カガリも、ありがとう。後は、お母さんが探すわね」



お母さんが、リビングの奥から手まねきしています。



ユーリは靴下を脱いで、持っていたタオルで濡れた体を一通り拭くと、まっすぐリビングに向かいました。



「なにかあったの?」



「今日ね、お電話いただいたの。鵜森さんから。覚えてるでしょ?」




忘れるわけがありません。


いじめに遭っていたユーリにとって、心の支えになってくれた船長さん、そして吃音持ちの息子さんのお父さんです。




「うん。え、う、う、うぅ森さんがどうかしたの?」



「・・・今日の夕方にね、亡くなったんですって」




(・・・・・・え?)





いじめられてるのか?



いつでもどこでも行ってやる



普通なんて定義はねえよ



人の在り方に正しいも間違いもねえ






鵜森さんの言ったいろんな言葉が、ユーリの頭の中で浮かんでは消えていきます。




「な、ん、なん、で?なんで?」



「それがね・・・息子さんの自殺を、止めようとされたんですって。結局、2人とも・・・助からなかったそうよ」




ぺたんと、ユーリはフローリングの床に座り込みました。



「・・・明後日がお葬式って教えていただいてね・・・だからユーリ、最後にご挨拶に行きましょう」




(・・・いない。鵜森さん、もういないんだ・・・)




「息子さん、就職が決まってから体調が悪かったらしくてね・・・」



「ユーリ、息子さんとはお知り合い?圭一さん、だったわよね」



「葬儀に行くのに、お数珠が見つからなくて・・・最後のは、大きいおばあちゃんのだったけど・・・ユーリは小さかったから、覚えてないわよねぇ。どこやったのかなぁ・・・」





お母さんの声が、耳に入ってきません。





(吃音の息子さん・・・圭一さん、だっけ。やっと就職できたって聞いてたのに・・・どうして死んだの?どうして死のうと思ったの?)









大雨の中、葬儀は粛々と行われていました。




よく見ていた笑顔と、緊張が伝わりそうな若い真剣な顔写真が、たくさんの花に囲まれて並んでいます。




ユーリと咲野家の両親も、手を合わせて焼香をしました。



「・・・あなたが、咲野ユーリちゃん?」



お母さんがトイレに行っている間、斎場のロビーでぼんやりと雨の降る庭園を眺めていると、後ろから中年の女性に声をかけられました。




「は、はい・・・」




(・・・誰だろう・・・?知らない人だけど・・・)



「初めましてね。私、圭一の母です。貴女の話は、夫からよく聞かされていたから」




話しながら、女性の目はどんどん潤んでいきます。




「あなたも、圭一と同じ病気というか、同じ状態なのよね」



「しーーー・・・・・・し、し、し・・・その、しし診断を受けたわけでは、ないんですけど。たたたたた・・・・・・・・・・た、ぶん」




「・・・圭一ね、毎日会社で叱責されてたそうなの。そんなのは気合いで治るもんだ、お前は甘えてるだけなんだ、治そうという努力が足りないんだ、って。話せないならまだしも、そんなにどもるなんて意味がわからない・・・って」



「・・・そう、なんですか」



「貴女も、いろいろ苦労したでしょう?・・・私ね、聞いてあげなかったの。あの子、小学生の時から音読が嫌だ劇が嫌だ、僕の喋り方って変なの?とか言ってたのにね、私・・・頑張ればなんとでもなるわよって、ずっと流しちゃってたの。もっとしゃっきり話しなさいよ、とか言っちゃった。あの子はずっとずっと辛い思いし続けてたのに、私は聞いてあげなかったの」



頷くこともできず、ユーリは聞き続けます。



圭一と言う息子さんのことが、自分のことのように思えました。



「最後の日もね・・・急に欠勤したと思ったら、もう会社辞めようかなって私に言って・・・どもりをちょっと怒られたからって辞めるなんてみっともない、そんなんじゃどこ行っても同じよーって・・・治そうって努力、あんたもちょっとはしたら?って・・・会社の人と同じこと、言っちゃったの。そしたらあの子・・・わかった、ちょっと気分転換に散歩してくるって・・・それが最後の会話。あの人・・・夫は、圭一の様子がおかしいのに気付いて、追いかけて行って。飛び降りようとしたあの子を止められなくて、雨も降ってたから、あの人も足を滑らせて・・・あの子が自殺しようなんて思ったのは、私のせいなの!私さえあんなこと言わなければ、こんなこと・・・・・・!!」




静かなロビーに、女性の泣き叫ぶ声が響きます。



(この人・・・お母さん、なんだ)



ユーリが首を傷つけたあの日のお母さんの様子が、ユーリには被って見えました。



「会社なんて辞めても良い、探せば他に仕事なんていくらでもある!生きてて、生きて傍にいてくれれば、それだけでよかったのに、私はそれさえ言わなかった・・・!!私は息子を殺して、夫まで巻き添えにしてしまった、最低な女なの!ごめんね圭一、ごめんなさい一平さん・・・!!」




女性は、とうとう泣き崩れてしまいました。



ユーリは女性の隣に移動してしゃがみこんで、女性の背中をさすります。




「だからね、ユーリちゃん、お願い」



女性はゆっくり顔を上げると、ユーリの手を掴みました。






「貴女も圭一と同じなら、苦労や辛いことたくさんあると思う。でも何があっても、どんな嫌な目に遭っても、絶対、死なないで。私と同じ思いをする人を、増やさないで。生きててくれればそれでいいの。そのままのあなたを見て大事にしてくれる人が、世界には絶対に存在するから」






ユーリが涙をこぼしながら、はい、と頷くと、女性はユーリの手に何かを握らせました。




「これは、貴女にあげるわ。今日は来てくれて・・・ありがとう。おばちゃんのお願い、忘れないでね」




渡されたのは、懐中時計でした。確か・・・鵜森さんの船の、操縦席に吊られていたものです。




「この町は思い出がありすぎて・・・辛くて、もういられないの。賠償金も払わないといけないし。だから船も家も売って、私の実家の近くに帰ることにしたの」




「・・・そっそう、なんです、ね」




(もう、ここに・・・鵜森さんは、いないんだ。あの船も、あの場所も、全部、無くなるんだ)




「ユーリちゃん。・・・頑張らなくて、いいの。そのままでいて。辛くなったら逃げていいのよ。無理してまでやらなきゃいけないことなんてない」




「・・・・・・はい」




「息子にも言えば良かったなって、ずっと後悔してるの。・・・・・・じゃあね。今日はわざわざありがとう」



もう何と言えばいいのかわからず、ユーリは深々と頭を下げて、女性が斎場に戻って行くのを見送りました。






懐中時計を見ながら、ユーリは考えます。



(・・・あの時私が死んでたら、お母さんも・・・私のせいだって、ずっと抱えることになってたのかな)



(ユイトが倒れた時、お母さん悪くないのに、自分を責め続けてたし。お姉ちゃんやユイトも、私が小学生の時に首締めたら一緒になって泣いてくれたし。お父さんも・・・命がけで止めてくれるのかな)




(絶対って、自信はないけど。私はまだまだ頑張らなきゃいけないこと、たくさんあるんだけど)




怪我しても、つまずいても、転んでも。



死を選ぶことだけは、絶対にしないと、ユーリは首の傷跡を撫でながら誓いました。




だから見守っていてください、鵜森さん。圭一さんの分も、私は生きていきます。

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