中学生ユーリ~2年生~①
陰湿ないじめに耐えながら、ユーリは何とか2年生に進みました。
スピーチの間はみんなが見ている前でクスクス笑われ続け、どもれば爆笑の渦。
終わった後は罵詈雑言が飛び交う“反省会”が待っています。
スピーチを重ねればすらすらと言えるようになるかもしれない、と初めは前向きに考えていたユーリでしたが、良くなるどころか悪くなるばかりで、辛くて辛くてたまりませんでした。
進級時にクラス替えがあったので、ユーリは環境の変化を期待しました。
しかし、いじめの中心人物がまた同じクラスになってしまったため、何も変わりませんでした。
変わったことと言えば、ガイジ、宇宙人と呼ばれていたのが、アサジになりました。
学校の特別学級が“あさがお教室”というので、“あさがお教室の障害児”を略してアサジとなってしまいました。
ユーリの中学校では、3年生は受験勉強に徹すべしという考えがあるので、修学旅行は2年生で行きます。
ここまでユーリは、校外学習や芸術鑑賞会などのイベントは全て1人で過ごしてきました。
しかし修学旅行は全てグループで行動しなければならないので、ユーリは事前準備の時から嫌で嫌で仕方ありませんでした。
「えー、アサジと同じ班なの?うつりそうで怖いんだけどー」
「うわっ、バスの隣アサジかよー。キモ、絶対俺に話しかけんなよ!」
「アサジと一緒とか最悪ー。中学の修学旅行とか一生に一回しかないのに台無しよねー」
(大丈夫、ユーリは悪くないんだ、悪くないんだよユーリ・・・)
ユーリはお姉ちゃんが言ってくれた言葉をずっと繰り返しつぶやき、何が耳に入ってきてもずっと耐えていました。
2年になってから、ますます朗読もスピーチも苦手になってしまい、月一回回ってくる号令係もこなせなくなっていました。
「号令もかけれねえとか終わってるよな」
「アサジ、ありがとうも言えないんだよ。マジ人間失格ー」
「それウケるー!!」
先生でさえ、
「咲野さん、みんな待ってるのよ。わかるでしょ?ほら早くして」
誰も、味方がいませんでした。
そして迎えた修学旅行当日。
お姉ちゃんに見送られて1人で集合場所に向かいました。
「・・・行くの、やめてもいいんだよ?あたしの友達の花梨知ってるでしょ。あの子1人暮らしだし彼氏いないし、頼んであげるから、旅行の間そこに居させてもらう?」
「・・・行く」
「そんな目にあってるのに、行きたいの?」
「イルカが、見たい」
「・・・そっか。じゃ、気をつけるんだよ」
お姉ちゃんは心配そうです。
ユーリは「アサジなんで休まねえんだよ」などの言葉を受けながら、バスに乗り込みました。
座席は一番後ろの窓側です。
本やパンフレットを読み、景色を眺め、寝たふりなどを重ねて移動時間を過ごしました。
小学校の時は、あいちゃんやとわちゃんが遊んでくれたな。
周りの子も、何も気にせず遊ぼうって言ったら普通に遊べたな。
・・・いつからこうなっちゃったんだろうね。
やがて、目的地に到着しました。
「はい皆さん、班ごとに船に乗ってー!今日は風が強くて揺れるので、そーっと動いてくださいねー!」
(やった、イルカだ。イルカ、イルカ・・・)
修学旅行は本当は平和教育が目的なのですが、バスや電車の乗り継ぎの関係から、途中で船に乗ってイルカを見ることができる時間がありました。
図鑑やテレビでしかイルカを見たことが無かったユーリは、みんなに隠れてものすごく興奮していました。
これが目当てで休みたくなかったんだもんね、ユーリ。
「アサジ、もっとあっち行けよ。触んなよきったねーな」
「・・・ごご、ごごご、ご、めん」
「あーあ。ゴメンナサイもまともに言えねえのかよお前。ほんとゴミだな」
・・・違うよね。
同級生の前だと委縮しちゃって、喉がキュッと締まってしまって、声が出ないんだよね。
しかし、出発してすぐにイルカが船の周りに現れ、みんなの視線はそちらに集中しました。
みんなの近くにいると何を言われるかわからなかったので、ユーリはみんなが集まる反対側に移動してイルカを見ていました。
(わーイルカ!わー!!可愛い、可愛い・・・)
「今日はイルカが多いなぁ。みんなに会いたかったんだろうなぁ」
船の船長さんがにこやかに話しています。夢中でイルカを見ているユーリの隣に来て、そっと小さい魚をユーリに手渡しました。
「こんな風にして、あげてごらん」
キュー、キュー、と鳴いて、イルカが集まってきます。
船長さんがしたように魚をイルカに向かって差し出すと、パクリと食べました。
「わぁ食べた、魚食べた!可愛い・・・」
「イルカも集団生活だからな、君を励ましてくれてるんだよ」
「え?」
「何があったかは知らんが・・・嫌な思いしてるんだろう?あの子たち側のイルカより、こっちのイルカの方が近寄ってきてるからな。君に何か悲しそうなものを感じるんだろう。ここのイルカはそういう子たちなんだ・・・おっと、そろそろ舵を切らないと。じゃあな」
ユーリは視線を水面に戻しました。
(・・・凄いね。あたし何も言ってないのに、わかってくれたんだ・・・ありがとう、イルカさん)
つぶらな瞳がいくつもこちらを見ています。
触れるんじゃないかと、ユーリはそーっと手を伸ばしました。
その時、ドンっと背中に何かが当たりました。
「アサジ、そんなとこでぼーっとしてないでよ!リュック汚れちゃうじゃない!」
輪になってお喋りをしながら戻ってきた班員のリュックが、ユーリの背中に強く当たったのです。
「どうするカナー、アサジの病気うつっちゃうよ」
「えー、困るー。そうなったら一生許さないんだからねアサ・・・」
バシャーン!!!!!
「え、アサジ!?」
つま先立ちで船から水面に向かって手を伸ばしていたユーリは、リュックに押された勢いで船から落ちてしまいました。
班員のみんなはどうしたらいいかわからず、おろおろしています。
「お、おい、やばいんじゃねえの!?」
「知らないよ!ねえどうしたらいいの!?男子飛び込んでよ!」
「やだよ、なんでアサジなんかのために・・・」
「おいお前ら、言ってる場合か!?目の前で同級生溺れてんだぞ!!」
言い争いの中、船長さんがあわてて出てくるとシャツを脱ぎ、勢いよく飛びこみました。
船から落ちたユーリは、しばらくもがいていましたが上手くリュックを外せず、救命胴衣も上手く膨らませることができず、だんだんと沈んで行きました。
ぼんやりと、水面が見えました。
(・・・死ぬんだ。私、もう死ぬんだ。ごめんね、お母さん、お父さん・・・)
(・・・でも、これで、楽になれるのかな・・・・・・)
意識が遠のく直前、無数のイルカが自分に向かって泳いでくるのが、ユーリの目に映りました。




