ユーリのおうち~咲野家~
ユーリは両親と姉、弟の5人家族です。ユーリがおじいさんの矯正を受けたため、お父さんを除いてみんな右利きです。
でも、どもってしまうのはユーリだけです。
お母さんはユーリが幼稚園の時、先生から「ユーリちゃんはお家でもどもってしまうことがあるのでしょうか?」と聞かれたため、ユーリがどもりがちであることを知っていました。
でも家では家族ともよく喋り音読も嫌がらずやるので、困るほどのどもりではないのだろうと考えていました。
お母さんからこの話を聞いたお父さんも、家でよくユーリと話すように心掛けましたがさほど気になるところはありませんでした。
お父さんは病院で仕事をしていて、子どものどもりに関する知識を少し持っていました。そのためお母さんにも、「大きくなれば多くの子は治るというし、言いなおさせたりしないで様子を見よう」と説明していました。
3歳上のお姉さんのカガリは、噂でユーリが学校でどもってしまうことを聞いていました。心無い同級生に悪口を言われたこともありますが、気の強いお姉さんは全てを跳ね返してきました。帰り道で男の子がユーリをからかっているのを見つけて追っ払ったこともあり、ユーリにとっても頼れるお姉さんです。
長女としての責任を感じる部分があるからか、ユーリや弟の面倒もよく見て、自分はいつでも毅然としています。
一方3歳下の弟のユイトは、これまた心無いユーリの同級生に嫌がらせを受け、心優しい性格からか落ち込んでしまうことが多々ありました。一度だけどうしても耐えられず、家でユーリに「なんとか治してほしい」と泣きながら訴え大喧嘩したことがあります。ユーリも泣きながら「ユーリも好きでこうなっているんじゃない」と応戦し、2人そろってお父さんにこんこんと諭されました。
今でも嫌がらせを受けた次の日などは「お腹が痛い」と学校を休んでしまうこともありますが、それでも家族や学校は好きでいます。
咲野家は盆と正月は、お父さんとお母さんのそれぞれの実家に変わりばんこで帰っています。
お母さん方のおじいさんに厳しく左利きを治されたユーリは、お母さんの実家に帰るとどもりが出やすく、またそれを厳しく正されるため、あまり同行したくありませんでした。
でも、一緒に行かないわけにもいかないのです。
「ユーリ。カガリもユイトもできるのに、何故お前にはこれが読めないんだ。ふざけているのか?」
「ふ、ざけて、ません」
(このお話、ユーリ読みにくいから嫌いなのに・・・なんでまたこれを読まされるの?読めないよ・・・)
お母さんの実家に帰るたびにユーリはおじいさんに呼ばれ、話し方の練習をさせられました。
おじいさんの前でどもると厳しく怒られてしまうので、ユーリはできるだけ息を吐きながらゆっくり言うようにしていました。
「では、これをもう一度読んでみなさい」
「き・・・たかぜと、・・・っ・・・たっ、い、ようが力自慢をしました。・・・っ・・・っき、たかぜがたたた、た、たいように言いました」
バン!とおじいさんが机を両手で叩きました。
びくりとユーリの肩がふるえます。
「いい加減にしなさい!お前は私を馬鹿にしているのか!」
「ご・・・めんなさい、ごめんなさい」
(ユーリが悪いんだ、読めないユーリが悪いんだ・・・でもふざけてない、馬鹿になんてしてないよ・・・)
ユーリは謝ることしかできません。
「謝るくらいなら真剣にやりなさい」
「・・・・・・おい、ち、・・・・ちちちちちっから自慢をしししししっしししようじゃないか。・・・・・・た、たたったたたたた・・・・・・」
ユーリは一生懸命やっています。いるのですが、何故でしょう、喉がきゅっと締まってしまったように声が出ないのです。
「お父さん、ユーリはこのままでもいいじゃない。別に困ってるわけでもないし、いずれ普通に言えるようになるよ」
「お前は黙ってなさい。こんな話し方の子は聞いたことがない。ばかにしているか、そうでもなければ頭の病気じゃないのか恥ずかしい。母親のお前が直さないから私が直してやってるんだ」
いつものように、見かねたお母さんが仲裁に入ってくれました。しかしおじいさんの怒りと言葉は治まりません。
(病気・・・ユーリ、頭がおかしいのかな?恥ずかしいことなんだ・・・)
毎回こうやって、お母さんとおじいさんの言い争いになるのです。ユーリは唇をきつく噛みながらじっと耐えていました。
「おっ、ここにいたのかユーリ。近所でお祭りやってるんだって。カガリとユイトと行っておいで。お小遣いはカガリに渡してあるからな」
「え・・・」
「姉ちゃん、お祭り行こうよ!俺射的したい!」
いつも助け船を出してくれるのは、お父さんでした。今回はユイトの手を引いて、良いタイミングで現れました。
「おい、まだ私の話は終わってないぞ」
「悪口聞かすのがお話ですかお義父さん。もういいでしょう?さ、ユーリとユイトは行っといで。カガリは玄関にいるからね」
「う、ん。行ってきます」
不機嫌なおじいさんに気圧されそうになりましたが、お父さんの笑顔に押されてユーリは部屋を出ました。
3姉弟が家から出たのを確認してから、お父さんはおじいさんに向きあいました。
「この際なのではっきり言わせていただきますが、ユーリのどもりはお義父さんの左利き矯正が原因の可能性が高いんです。それに叱ってばかりでユーリはお義父さんを怖がってますし、余計話しづらくなるんです」
「なんだ、お前まで私を馬鹿にするのか!元はと言えば、左利きはお前譲りだろう!責任転嫁も甚だしい!」
「左利きが悪いのではなく、お義父さんの無理な直し方が原因と申し上げています。うちの信頼できるドクターに聞きましたから間違いないですよ。子どものどもりは指摘し自覚させると治りにくくなるんです。自然にのびのびと生活させてやってはくれませんか」
病院でリハビリテーションの仕事をしているお父さんは、医療関係に繋がりが多くあるので話はとても信頼性があります。加えてお父さんは飄々とした性格で大変口が上手く言いたいことはすぱっと言うので、おじいさんも言葉を返せなくなりました。
「あんな話し方して、頭がどうにかしてるんじゃないのか。大人になってからでは遅い、今のうちにやめさせなければ嫁の貰い手がなくなるぞ。」
「もし今後もそのようなお考えで、こちらにお伺いした際にユーリに言葉の矯正をさせると言うのであればわかりました。ユーリだけでなく孫3人、誰も連れずに年末年始および法事のご挨拶だけ伺わせていただきますのでご承知ください」
「そんな無茶苦茶が通ると思っているのかね君は!?」
「お義父さんはユーリの話し方が恥ずかしいのでしょう?私はそんなことを仰る人がユーリの祖父だということの方がよっぽど恥ずかしいですね。そんな人に可愛い子どもたちを逢わせたくありません」
「な、なにを・・・・・・」
「お父さんごめんなさい、今回は私もこの人と同意見。さっきのユーリの悲しそうな顔見たでしょう?ユーリはあんな顔うちではしないし、あんなに話しにくかったりしないもの。ユーリの話し方が恥ずかしくて、だからって無理やりにでも直させたいなら、もうこっちには連れてきたくない」
お母さんも加勢し、おじいさんはますます黙ってしまいました。
「・・・・・・私はユーリのことはもう知らん!親のお前らの好きにしろ!!」
そう言うとおじいさんは立ち上がり、ユーリに読ませていた紙を破くと、奥の自室に入っていきました。
「お義父さん、ご理解いただきありがとうございます」
お父さんが笑顔で見送りました。
ユーリは、家族が大好きです。家族もユーリを支えたいと思っています。
でも誰も、どうすればユーリのどもりが治るのか、わからないのです。




