9 レース編み
「長ー!ひさしぶりー!」馬の上から手をブンブン振った。
今日は水害が起きてから初めて、自分が水害予告をしに行った集落へ来ていた。家の前で作業をしている集落の長に声をかける。
「お嬢さま!こないだはありがとな!おかげでみんな無事だ」長は元気そうだ。
「よかった」そう言って馬を降りる。ついでに馬に乗せていた荷物も降ろした。
「これ、少しだけどみんなで仲良く分けて食べてね」
中身は食料。麦や豆だけでなくて、おばあたちと採った木の実のジャムや、テオが獲った肉を塩漬けにして乾燥させた干し肉もおまけで入れてある。
「おお、助かる!ありがたいなぁ。お嬢さま、ほんとにありがとな。あのときはすぐに信じなくて悪かった」
「ううん、いいの。みんな無事だったんだから」笑って首を振る。
「ほんとにありがとう」
長は何度もお礼を口にする。集落の人たちもちらほら近づいてきてお礼を言ってくれた。長はそのうちの何人かに、今日は炊き出しをするから手伝ってくれ、と声をかけている。
集落を見渡すと、崩れている家がいくつかあった。長の家は見た目は変わらないけれど、膝の高さくらいのところまで泥が付いている。
「長の家も水没したの?」
「ああ、まあな。でも流されなかっただけましだ。中はきれいにして、家がなくなった人たちが今一緒に過ごしてる」
「そうなんだ」
「早くみんなの家を直してやりたいんだがな。木材が十分に手に入るわけでもないし、そもそももう少し高い場所に家をつくった方がまた水が出ても困らないんじゃないかって相談しているところだ」
「へぇ」
いろいろと考えることがあるんだな、と思う。
もっと集落の様子を見ようと歩いていると、女性に声をかけられた。年齢はお母さまより少し年下くらいかな。
「あの、子爵家のお嬢さまでいらっしゃいますか」
「そうだよー」
「おねがいがあります。これを買っていただけませんか」
そういって女性が見せてきたのはレースのハンカチだった。私はレース編みをしないので、よくわからないけれど、出来が良いように見える。すごくきれいだ。
「これは?」
「私が作ったものです」
「……売って、お金にしたいの?」
「はい、水害でいろいろ失ってしまったので、少しでも足しにしたくて」
うーん、どうしよう。今日はお金を持っていないし、そもそもどれくらいの値段で買うものなのかがわからない。レース編みの相場の把握はしていないなぁ。
「これ、預かってもいい?私は価値がわからないから、お姉さまたちに聞いてみる」と言うと、
「はい!ありがとうございます!」女性の顔がぱっと明るくなる。
「まだ買うかどうかもわからないからね。もしかしたら次に来るときに返すかもしれないからね」
「はい、それでいいです。よろしくおねがいします」女性は頭を下げる。
お姉さまたちがいらないって言ったら、テオに売れるかどうか聞いてみよっと。そんな軽い感じで子爵家の屋敷に戻ると……
「初めて見たわ、こんなすごいの」と、いちねえさま。
「何この細かい図案……え、これほんとに人間が作れるもの?」いつも冷静な、にねえさまは目を丸くしている。
「私、レースの腕はそれなりと自負していたけれど……このレースを見たら私なんて赤子同然だわ」さんねえさまはため息を漏らす。
めっちゃすごいやつだったー!
私と違って貴族らしく暮らしているお姉さまたちが絶賛するなら間違いない。テオに売るのはやめた。貴族向けで売れるならその方が高くなるはず。
「これ、商売になるわ。エーヴァ、今度その集落に行くとき、私も一緒に行く。これをつくった人に直接会いたい」にねえさまが言う。
「そんなにすごいの?」
姉たちの反応をみて、そんなにきれいでもない服のポケットに入れて持ってきたことをちょっと反省した。
「すごいわね。ねえ、もっと作った方がいいわ。うちにレースの糸は余ってないかしら」にねえさまは、さんねえさまに聞く。
「私が使っているものの残りが少しあるわ。これと同じものだと……そうね、2,3個作れるくらいかしら」さんねえさまが思い出すように言う。
「それ出して。もっていって作品に仕上げてもらいましょう」
「そうね、私が作るよりよっぽど良いものができるわ」
「ねえ、エーヴァ、水害でいろいろ流されたってことだけど、レース作りの道具は無事だったのかしら」
「……聞いてません」姉二人に見られて、肩身が狭い。
「私の道具でよければもっていって」
「ありがとう。それで?エーヴァ、次はその集落にいつ行くの?」にねえさまはやる気満々だ。
レース編みのハンカチはお母さまが買い取りました。王都のお茶会で見せて、ほかの貴族の反応を見るんだって。




