7 翌日
目を覚ますとベッドの上だった。目は開いたけれど、体が重い。ああ、昨日はいっぱい動いたもんなぁ、とぼんやりしていたら、川のことを思い出す。
「そうだ、川!どうなった!?」
ガバッと体を起こすと、すぐ隣に、さんねえさまがいた。姉さまの手元には刺しかけの刺繍がある。
「落ち着いて。昨日はお疲れさま。貴女が大おばあから聞いてた通り、川があふれたって報告があったわ」姉さまは眉を寄せた。
「大おばあの言ったとおりになっちゃったんだ……」
「でもね、近くの集落は川の近くから避難していたから、住民はみんな無事だったそうよ。遠くのほうはいま被害を確認しているところ。お父さまとおじいが動いていて今はは報告待ち。とりあえず起きる?まだ寝ててもいいわよ」
窓の外を見ると、外は晴れている。太陽が結構高い位置にある。
「今何時くらい?」
「そうねえ、もうすぐお昼かしら」
「すっごい寝た……」
「貴女昨日結構遅くまで起きてたのよ?まだ寝られそうなら寝たほうがいいわ」
「目が覚めたし、とりあえず起きる。おなかもすいた」
「そう」さんねえさまは上品にくすくす笑った。「じゃあ、食堂にご飯を用意するわ。準備できたら来てね」
「はーい」
もそもそと動いてベッドから降りる。体のいろいろなところが痛い。おじいたちに鍛えられて、体力はついているはずなんだけれど、昨日の乗馬はハードだったからなぁ、と昨日を振り返る。
でも、少なくとも近くの集落はみんな無事だったって話だし、頑張って知らせに行ってよかったんだと思う。川の下流の集落の人たちもみんな無事だといいな。
用意してもらったご飯はモリモリ食べた。昨日はあまり食べられなかったからその分を取り戻すぐらい、いっぱい食べた。食べ終わってお皿を台所にもっていくと、さんねえさまが料理をしていた。私はシンクでお皿を洗う。
「あら、エーヴァ、皿洗い上手になったわね」私の皿洗いを見たさんねえさまがちょっと感心したような声を出す。
「おばあにきたえられたからねー」私はにっこりと笑った。
ご飯を食べたら元気になってきた。体は痛いけれど、動きたい気分である。領民の皆が無事に逃げられたのか、話を聞かないと落ち着かない。
「とりあえず馬に会いに行こうかな」
ひとりごとを呟いて、厩舎へ向かう。中に入ると、昨日私を乗せてくれた馬が軽く嘶いた。おはよう、とあいさつすると、顔を近づけてくる。うん、元気だね。馬には筋肉痛はないのかな、とか考えながらひとしきり撫でる。馬房の様子を確認すると、掃除や餌やりはすでに終わっていた。おじいかおばあがやってくれたんだろう。隣の馬房にはいつもおじいが乗っている馬がいるのだけれど、今は空っぽだ。被害状況を確認しに行っているってさっき聞いたっけ。
管理小屋に行くと、誰もいなかった。おばあも出かけているようだ。
地面はぬかるんでいて、歩きづらい。屋敷の中に戻ることにした。
お父さまの執務室に行くと、お母さまがいた。読んでいた資料から顔をあげる。
「おはよう。体は大丈夫?」
「すっごく痛いよ。お母さまは?」
「私も体痛いわぁ。あんなに馬に乗ったの久しぶりなんだもの。あなた、ご飯は?」
「さんねえさまが用意してくれたよ」
「そう。まだまだ疲れが取れていないだろうから、無理しないでね」
「うん。お母さまは?」
「お父さまたちが帰って来るまでに状況整理をしようと思ってね。上流のほうは被害の報告はなかったけれど、下流のほうはどうなってるかわからないから」
執務机の上には昨日打ち合わせした時に広げられた地図が残っている。地図の上には昨日にはなかった小さな木札が置かれている。
「ねえ、この木札はなんで置いてあるの?」
「これはね、無事だった場所は✓が書いてある札が置いてあるの。×が被害が確認されたところ。でも、被害と言っても建物が水に浸かったとかで、今のところ人はみんな無事だったわ。まだ状況が分かっていないところは何も置いてないの」
大おばあのいる北の集落には✓の木札が置いてあった。私が昨日行った川の下流のほうはまだ何も置いていない。
「大おばあのところに行ってくる。昨日大おばあが教えてくれたから水害がくるよって知らせられたし」
「大丈夫?疲れているでしょう?」
「大おばあの集落は近いもん。馬に乗っていけばすぐだよ」
「……じゃあ、大おばあによろしく伝えてね。大おばあのおかげでたくさんの人を助けられたかもしれないって」
「はーい」
再び厩舎に行くと、馬がまた歓迎してくれた。
「少しだけお出かけしたいから乗せてくれる?」と聞くと、馬は元気に嘶く。
昨日と違って急ぐ必要がないので、ゆっくりと馬を歩かせる。北の集落に行く道中、川の近くを通ったらいつもより水量が多いのが分かった。
ぼーっと馬に乗っていたら、いつの間にか北の集落に到着した。
大おばあはいつものように家の外のベンチに座っている。馬から降りて、大おばあに近づいた。
「大おばあ、昨日はありがとう。お母さまが、大おばあのおかげでたくさんの人が助かったかもしれないって言ってた」
「お嬢さま、みんなに知らせてくれたんだね」
「うん、お父さまとお母さまと、おじいと私が行ったの。みんな大おばあが危ないって言ってたって言うと話を聞いてくれたよ」
「そうかいそうかい。よかったよ」大おばあはしわくちゃの顔をもっとしわくちゃにした。
「ねえ、大おばあ。なんで川の水が増えたの?」
「ああ、それはね。山の上には冬の寒いときに雪が降ってが解けないで溜まっているんだ。いつもの天気ならゆっくり温かくなるから、雪も春に向けてゆっくり溶けていくんだけれど、昨日のような暖かい日があると山の雪が急にたくさん溶けてしまう。おまけに昨日は雨が降っただろう。すっごくたくさんの水が川に流れてしまったんだよ」
「へえ、そうだったんだ。大おばあが子供の時もそうだったの?」
「そうだね。まあでもそのおかげでいろいろなことを学んでみようと思って、天気も当てられるようになったんだ。……学べることは学んでおくといいよ。いつどこで役に立つかわからないからね」
そういえば大おばあは天気のことだけでなくて、ほかにも難しい話をしてくれた。難しくてよくわからなかったけど。
「ねえ、大おばあって何者なの?」
「何者って大おばあはただの年寄りさ」
「ほんとにぃー?」
「そうだよ。ただの年寄りだ。ちょっとばかし若いころは元気だったけどね」
「げんき」なんだか裏のありそうな言い方だ。
「まあ、気にしないでおくれ」大おばあに笑ってごまかされた気がする。
夜までにお父さまとおじいが屋敷に帰ってきた。
領内の川沿いの集落は、事前に私たちが知らせに言ったおかげで、奇跡の人的被害ゼロ。
ただ、たくさんの水が急に流れて、水が大量に押し寄せたから物的被害はあった。下流で橋が流されたり、家が流されたりした。流されなくても水に浸かってしまった家もある。食料が流されてしまったりして、早いうちに援助が必要な集落を情報を突き合わせて整理してく。
お父さまは大きなため息をついた。貧乏領地だから、こういう突発的な出費はすごく痛い。多分足りなくて借金になるな、と呟いた。
でも、集落によっては穀物などの食料や家畜も移動できるものを高いところに移動したため、住居以外の被害がほとんどなかったところもあったらしい。
事前に知らせられたし、集落の長たちも自分の集落の住民を守ってくれた。おかげで被害は最小限だった。
大おばあとエーヴァのおかげだな、と集まっていた大人たちは微笑みあった。
そのころ私は疲れて寝ていたので、これは翌日になってから聞いた話だ。
レベル1:山の収穫、竹細工、おもてなし、相場の把握、狩り、解体。
レベル2:山歩き、木工細工、刃物の扱い。
レベル3:家畜の管理、木登り、天気読み。
レベル4:乗馬。




