5 北の集落の大おばあの警告
まだ春には早い季節。
なのに急に暑くなって、変な感じがする日だった。おじいとおばあに聞いても、こんなのは初めてだなという。
天気のことといえば北の集落の大おばあが私の師匠だ。胸騒ぎがして大おばあのところに馬を走らせた。
大おばあは私の顔を見ると、ハッとした顔をしてヨロヨロと近づいてきた。
「大おばあ、焦ると転んじゃうよ」私が嗜めると、
「これが焦らずにいられるかい。いいかいお嬢さま。ずっと昔の話だけど、前にもこんなふうにまだ寒い季節に急に暑くなったことがあったんだ」
「うん」
「その日の夜、山から水が大量に流れ込んで川が溢れた。今日の気温はその時によく似ている」
「えっと、その時はどうなったの」
「川の水が溢れて、家が流された」
「大変じゃない!」
「そうだ。その時は人も流されてしまった」
「ええっ」それはダメだ。
「お嬢さま、絶対に前のように水害が起きるとは限らないが、私は嫌な予感がするよ」
「私も!私もなんだか変だなあって思ったから大おばあに会いにきたんだよ。どうしたらいいの」
「家は動かせないが人は動かせるよ。万が一のことを考えると、川の近くにはいないほうがいい。大おばあは動けないがお嬢さまは動けるだろう。みんなに知らせてくれないか」
「わかった」
大おばあにその時に被害が出た場所を教えてもらって、子爵家の屋敷に大急ぎで戻った。
お父さまに大おばあの話をすると、「あのおばあさんか。あの人の言うことは信用している。万が一に備えて、川の周囲の集落に注意喚起しよう」
と言って、執務室におじいを呼び出す。領内の地図を見ながら水が出たら危なくなる場所を確認していく。話し合いをしている時に話を聞きつけた、にねえさまもやってきて、書庫の記録を調べて以前の水害の記録を見つけた、と見せに来てくれた。大おばあが注意してくれた場所以外にも危なくなりそうなところがあったり、川の工事をしたから今は大丈夫そうなところがあったり、と情報を合わせながらどこに知らせに行くかを決めていく。
「よし、手分けして知らせにいくぞ。集落の長に伝えればあとは長が采配してくれるだろう」お父さまが言う。「川のこちら側と向こう側、一人で回るにはちょっと時間が足りないだろうから、最低2人ずつほしいな。そうすると4人は必要だ。私とおじいと、そうだな、この近くに住んでいる若い衆で誰か見繕って……」
「私が行く」びしっと手を挙げてアピールをする。
「いや、お前は家に残って……」
「家にいたって何もできることないもん。おじいと一緒に領内回ったから、集落の場所も、集落の長の家も知ってるもん。それに早く知らせなきゃいけないでしょ。私、乗馬レベル3になったんだよ」
「いや、でも……」お父さまは躊躇ってから驚いた。「え、乗馬レベル3って何?」
お父さまの言葉は無視して、「集落の長だって知らない人が行っても信用してくれないかもよ?私はみんなの顔わかるし、向こうだって私のことを知っている」とたたみかけた。
この一年で、私は領地のみんなと知り合って、仲良くなった人たちもいる。その人たちが水に流されてしまうなんて耐えられない。家でじっと待っているなんてできないよ。
「領主さま、お嬢さまの言うことも一理ある。お嬢さまが言う通り、領地の者に顔が知れている者たちが行ったほうがいいでしょう。きっとお嬢さまの言葉なら皆冗談ではないと聞いてくれます」
「おじいがそう言うなら……だがあともう1人は」
「私がいくわ!」騎乗服に身を包み、颯爽と現れたのはお母さまだった。後ろから、にねえさまが顔を出す。
「お母さま!?」私はびっくりした。「お母さま……馬車に乗っている姿しか見たことがないのですが」
「見くびらないで頂戴な。私、これでも子供のころはお転婆だって言われていたのよ!」ふふん、と胸を張るお母さま。
よく考えると高らかに宣言するようなことではないのだけれど、お母さまの知らない一面を見て、この時の私はなんだか感動してしまった。
私とよんねえさまは娘たちの中でもお転婆だ、活動的だ、と言われていた。上の3人の姉たちは淑女なのになぜ私たちは違うんだろう、と不思議だった。でも、お母さまの血を受け継いだだけだったのかもしれない。
「わかった。4人そろったからそれぞれどう動くか決めよう」お父さまが決断した。
「まずは川岸の向こう側とこちら側のチームに分けて、その中で両側上流から知らせるものと、と下流から知らせるものに別れたらいいと思います。途中で合流したら、川沿いのすべての場所に知らせることができたと判断できます」おじいが説明する。
「うん、それでいいな。では川の向こう側は私とおじいが行く。川の手前側はお前たちに任せる」
お父さまはお母さまと私を一瞥した。
私はお母さまに向き直る。
「私のほうが体重が軽いです。私のほうが早く移動できるので下流のほうに行きます」
「たいじゅ……っ、……そうねあなたの言う通りだわ。ここでもめても仕方ないし、さっさと馬を準備していきましょう」お母さまはちょっと頭を抱えたけれど、すぐに切り替えた。
「はーい!」
私はいつも作業に着ている服の上に雨具を着て外に出た。
生暖かい気温と、灰色の雲が空を覆い始める中、愛馬に乗って出発したのだった。




