20 テオと結婚
家族とも話し合って、結婚は王立学園を卒業してからということに決まった。
テオは結婚するまでは、おじいたちの仕事を手伝いながら商人の仕事をすることになった。
私は、王立学園を無事に卒業しないといけない。めったにないけれど、留年とかしたくないもの。勉強、頑張らないと。
卒業後、平民になることは、お世話になった人と親しい人には事前に知らせることにした。
木に引っかかった帽子を取った公爵令嬢のヒルデガルドさまには手紙を書いた。今は結婚して侯爵家の次期当主の妻だ。ちなみに嫁いだ侯爵家次期当主はいつだったか馬車の御者をした令息だ。世間って狭い。
頂いた返事には、夫婦で婚約を祝福します、という言葉と、結婚するころにささやかな贈り物をします、と書かれていた。
返事が来ただけでもありがたいのに、祝ってもらったし、贈り物までしてくれるという。正直無視されるかもしれないと思っていたので、嬉しい誤算だった。
求婚してきた辺境伯家にはお父さまのほうから手紙を書いてもらった。
私には届いた返事を直接みせてくれなかったけれど、要約するとすごく残念だ、ぜひ嫁に来てほしかったのに、と書かれていたそうだ。
学園で一番親しくなった商家の娘のローリには直接話した。
ローリは目を瞬いて、「うん。おめでとう」と言ったきり。その後、卒業まで私が平民になることや結婚について話すことはなかった。
普通の貴族は平民と交流しないし、私は王都から離れてしまうので、卒業したらローリとはもう会えないんだなぁとちょっとしょんぼりしたけれど、学園にいるときは普通に接してくれるので、今だけの期間限定でローリとの時間を楽しもうと決めている。
時間は過ぎて、私は王立学園を卒業した。
試験をパスできてよかった。この国では王立学園を卒業した人だけが貴族として認められる。私は晴れて貴族の子どもから貴族になった。
といっても、テオと結婚するから、すぐ平民になっちゃうんだけれど。学園で学んだことはきっと、これからの私にとって役立つこともあるだろう。
結婚式は領地で執り行うことになった。
貴族の結婚は王に婚姻届を提出することで成立する。皆へのお披露目として教会で結婚式を行う夫婦が多い。
平民の結婚は届け出は必要ない。その代わり、親しい人を招いて結婚式をするのが一般的だ。
ということで、私とテオは子爵家の領地で、結婚式をすることでみんなに夫婦だとお披露目することになった。貴族籍はお父さまに手続きしてもらって籍を抜いてもらうことになっている。
子爵領に住む人たちは、レース工房の人たちや、親しくなった集落の長や集落に住む人を招待した。
お父さまは当主だし、お母さまと弟は家族なので参加するけれど、姉たちは平民の結婚式には来ないだろうと思っていた。皆嫁いでしまったし、子爵領は王都からそれなりに離れているからだ。そしたら全員来た。全員である。
いちねえさまとにねえさまは同じ侯爵家で暮らしている。二人とも夫婦そろって、子供たちも連れてきた。私とテオの結婚式なのに、にねえさまの夫婦はレース工房の職人たちとばかり話をしている。あれ、歓談じゃなくて、仕事の打ち合わせじゃないかな、とちょっと遠い目になった。
さんねえさまは嫁いだ先の義理の息子や自分の娘たちと一緒に来ていた。王都で暮らしていてなかなか外に出る機会がない子どもたちに自分の故郷を見せるいい機会だと連れてきたそうだ。
よんねえさまも子どもを抱えながら夫婦で参加してくれた。よんねえさまは子どもを夫に預けて、平民たちと一緒に踊っていた。楽しんでるなぁ。さすが王都で腰巾着を連れて歩いていた女である。
貴族の家族と、平民の親しい人たちが入り混じって結婚式に参加してくれて、食事やダンスを楽しんでいるのを見ると、なんだかとっても嬉しくなって涙が出てきた。
テオが、「エーヴァ、鼻水出てるぞ」と言って、化粧が落ちないようにきれいにしてくれた。
「ありがと」
「泣きたくなるのもわかる。いい光景だよな」
「うん」
テオと特等席に座って、幸せな光景を眺めていると、ここにいるはずのない人が現れた。
「ローリ!?」
「エーヴァ!おめでとー!」
ローリは大きな花束を私に渡す。私は驚いた口をあんぐりと開けたままだ。なんでここに、と聞く前にローリは話し出す。
「本日よりこちらの子爵領で私の家の商店の支店を開店することになりました!支店長は私よ。今後もよろしくね!」
「……え?」
頭が追いつかない。
「そういえば、商店の並びにやたら大きい建物を建ててたけど、もしかしてローリさんのお店ですか?」テオが聞く。
「そうです!初めまして、エーヴァの旦那さま。エーヴァとはフラットに話す仲なの。貴方も気を使わないで話してほしいわ」
「じゃあよろしく。俺はテオです」
「私はローリ。よろしくね」
親友ローリと夫テオが仲良くしゃべりだした。商家のローリと、旅する商人をしていたテオは話題が合うらしい。話が途切れない。
浮気ではないと思うけど、なんだか腹立たしくなって、テオの腕にぎゅっと抱き着いた。ローリが私に気が付いて笑う。
「あー、ごめんごめん。エーヴァとテオはこれから子爵領の管理人になるんでしょう?困ったときはうちの商店が品物をそろえるから大船に乗った気でいていいわよ」ローリは自信ありげにほほ笑んだ。「あと私も婚約したのよ。この子爵領で結婚式をする予定だからよろしくね」
「え?初耳」ローリは婚約したなんて教えてくれなかった。
「もちろん初めて言ったもの。こっちが私の婚約者」
そう言ってローリが腕を取った男性は見たことがない人だった。お互いに初めましての挨拶をする。
式の会場の端の方ががやがやと騒がしくなった。目を向けると、大きな馬車がいた。馬車の御者から話を聞いたらしいよんねえさまが私の方に走ってきた。
「お祝いの品を乗せた馬車だって。辺境伯家さまとヒルデガルドさまからって言ってる」
「そういえばヒルデガルドさまからは結婚のお祝いにささやかな贈り物をしますってお手紙を頂いたけど……ささやか?」
馬車は大きい。子爵家で王都と移動するときに乗っている馬車より大きい。
馬車の大きさに圧倒されていると、御者が手紙を持ってきた。二通。それぞれヒルデガルドさまの嫁いだ侯爵家の印璽と、辺境伯家の印璽が押されている。
辺境伯家のほうはよくわからないので後回し。気が利く、いちねえさまが手渡してくれたペーパーナイフを使って、ヒルデガルドさまの手紙の封を開ける。
結婚を祝う言葉と共に、隣国から手に入れた珍しいレース糸を送る、今後もレース工房の作品を楽しみにしている、と書かれていた。目録を見ると、木箱30箱分ほどのものを送ってくださったらしい。侯爵家のささやかがすごい。
レース糸が贈られてきたと、にねえさま夫婦とレース職人たちに教えると、みんな目の色を変えて馬車のほうに向かった。
あー、うん、みんなイキイキしている。楽しそうで何より……。
もう一つの手紙、辺境伯家の方の封も開けた。
今後の活躍を祈る、役に立ててほしい、と書かれていて、目録を見ると狩りに使える道具が書いてあった。立派な銘がついている弓とかリストに入ってるんだけど……こっちは開けるのが怖いなあ。
とりあえず馬車から荷物を降ろさなければ、ということで、結婚式に集まってくれた人たちが子爵家の屋敷に運び込んでくれた。私たちの住む管理小屋だと荷物を収納しきれないので仕方ない。
着飾った人たちが嬉しそうに荷物を運んでいる光景はけっこうシュールだった。
レース糸の入った木箱の一部はレース工房に早速運び込んで、作品制作をするらしい。職人たちと、にねえさまたちがレース糸を見て興奮している。どんな作品が出来上がるのか今から楽しみだ。
ローリが来たり、贈り物が届いたりと、にぎやかな結婚式は無事に終わった。
後片付けをして自宅に帰る人たち、子爵家の屋敷に泊まる人たち。集まってくれた人たちを見送ってから、私とテオは手をつないで管理小屋に帰ったのだった。




