19 一生のお願い
「テオと? 結婚?」
「そうだよ」
「テオと結婚したら寂しくないんじゃないかい?」というおばあの言葉をおうむ返しにした私に、おばあは力強く頷いた。
「お嬢さま、テオのことが好きだろう? いっそのこと結婚したらいいんじゃないかって思っていたんだけどね」
「テオのことは好きだけど……結婚?そうか、平民になるってそういうことか」
「なんだか考えたことなかったっていう反応だね」
「うん。考えたことなかった」
貴族だから、貴族と結婚するものだと思っていた。平民になることは考えたけれど、平民と結婚することは考えてもいなかった。そうか。平民は自分で結婚相手を選べるんだ。
そっか。そうなんだ。私、平民になったらテオと結婚することができるんだ。
「あ、でも、私と結婚してもいいのかテオに聞いてみないと」よんねえさまは合意が大事だって言っていた。
「それはそうだね。もうしばらくしたらテオがこの家に来る予定になってるから、聞いてみたらいいんじゃないか」
「うん。聞いてみる」
「がんばりなさい」
「はーい」
おばあは仕事があるから、と管理小屋を出て行った。私は管理小屋のダイニングに残されている椅子に座って、スキル表を眺めながら平民になることについて考えてみた。
家族はどうかな。私より上の4人はみんな結婚してしまって、会う機会が減っている。たまに会えたら嬉しいけれど、私が平民になっても、分け隔てなく接してくれるはずだ。みんな領民たちにも優しいもの。だから大丈夫だ。
よく考えたら私は子供のころから平民と接することの方が多かった。よんねえさまに連れられて王都の平民たちと交流していたし、領地に置き去りにされた後はおじいたちと3年間平民の暮らしをしていた。うーん。抵抗感がない。
貴族はどうかな。王立学園で仲良くなった男爵令嬢のローリの顔が浮かんだ。私が平民になったらローリと気楽な付き合いは出来なくなってしまう。そもそも相手にしてもらえなくなるかも。それは寂しいな。
ローリのことは寂しいな、と考えていたら、管理小屋の玄関が開いた。
「あれ、エーヴァ?」
テオが来た。
「いらっしゃい?お帰り?どっちかな」
冗談めかして言うと、テオもうーん、と考えた。
「どっちでもいいよ。エーヴァ、こっちに帰ってきてたんだ」
「うん。……まあ、座ってよ」
そういってテーブルを挟んだ向かいの席を指すと、テオは言われた通りに座った。
テオが来るまで、なんて話そうか、って考えていたけれど、本人を目の前にしたらするっと言葉が出てきた。
「ねえ、テオ。私の一生のお願い聞いてくれる?」
「……前にも言ったけど、一生のお願いは気軽にするものじゃないよ」
「わかってるよー。気軽なお願いじゃないから。一生のお願い」
「お願いの内容による」
テオはつれない返事だ。
しょうがない、受け入れてもらえるかは聞いてみないとわからないものね。
「私をテオのお嫁さんにして」
「……は?」
「あれ?聞こえなかった?」
「聞こえた、けど。エーヴァは貴族だろ」
「うん。学園を卒業したら平民になろうと思ってるの」
「……は?え、どういうこと?」
かいつまんで話す。私の話を一通り聞いたテオは、「なるほど?」と言って、黙って頭を抱えてしまった。
テーブルに肘をついて頭を抱えているテオのつむじを見ながら、なんだか穏やかな時間を過ごしているなぁと、とりとめもないことを考えていた。たまにはこんなふうにゆっくりと時間を過ごすのもいいものだ。
テオのつむじを見ていると、無性につつきたくなってしまった。テーブル越しに手をのばして、つむじに触れる。
「な、なにするんだよ」顔を上げたテオの頬は真っ赤だった。
「テオ、顔赤い」
「……だろうな」テオはテーブル越しに私の手を取った。私の手を握りながら、「俺でいいのか」と呟いた
「うん。テオがいい」
「平民になるんだぞ」
「貴族でいるよりテオと一緒がいい」
「わかった。後悔させないように頑張るよ」テオは私の目をまっすぐに見つめた。
「うん。よろしくね」私は握られた手をぎゅっと握り返した。




