18 将来のこと
その後の学園生活は恙なく過ごせ……なかった。
帰宅時間に馬車乗り場を通りかかったら、御者が迎えに来たのに体調不良で帰りの馬車の運転が出来なさそうだ、急いで帰れないと困るのに、と言っている侯爵家のご子息がいたので、体調不良になった御者の代わりに侯爵家まで馬車を運転した。
この話をテオにしたら、また大笑いされた。だけど私はいちねえさまに言われていた。「私は困っている人を助けたから高位貴族に嫁げたのよ。いっぱい援助もしてもらえたから子爵家の領地も助かったでしょう。親切はできるときにしておきなさい」って。だから困っている人がいたら、できるだけ助けるように心がけている。
この侯爵令息は本当に大急ぎで帰る必要があったらしくて、私が馬車で帰れるように助けたことをいたく感謝してくれた。この令息もなにか困ったときは助けになるから、と言ってくれた。ありがたい。
学園の敷地に野生動物が侵入したこともあった。たまたま外を歩いていて、たまたま近くで令息たちが剣や槍や弓を持っていたので借りてサクッと狩って、サクッと解体していたら、辺境伯家の令息に「いい腕前だな!俺の領地に来ないか?」とスカウトされた。
辺境伯家は私の王都から見て子爵家と逆方向だ。スカウト自体は嬉しいけど、子爵家から遠くなってしまうのはやだなあと思ってその場で断った。そしたら、お父さまから連絡があって、「辺境伯家から釣書が届いたぞ!何をしたんだ!?」と言われた。何をしたんだっていう言葉から私への信頼度がわかるというものだよね。うん、やらかしましたけど。
子爵家はもう水害からほとんど立ち直った。援助してくれた人たちの助けもあるし、おねえさまたちが嫁いだ家からの援助もたくさんいただいたし、おじいたちを含めて領地の皆が頑張ったので、ほぼ水害前の状況に戻った。
戻った、といっても変化したこともある。川にかかっていて流されてしまった橋は以前よりも立派で丈夫なものが作られたし、今まで川沿いに建てられていて流されてしまった家はほとんどは移転して川から少し離れた高台の上に再建された。
ほかにも変化があった。おじいとおばあが引っ越しをしたのだ。引っ越しと言っても領を移動したわけではない。今まで住んでいた管理小屋の近くに新しく小さな平屋を建てて、そこに移動したのだ。子爵家の管理人なのは変わらない。けれど、私がおじいとおばあと過ごした管理小屋は今はだれもいない。管理小屋は新しくはないけれど、まだまだ住み替えるにはもったいないくらい丈夫で傷んでいない。
「ねえ、どうして引っ越したの?まだまだ住めるでしょう?」
学園の長期休みに子爵領に戻っていた私は、管理小屋の換気をしていたおばあに問う。
「この家はテオが住むことになったんだよ」
「テオが……テオって、私の知ってるあのテオ?」
「そうだよ。商人の息子のテオだよ」
「え?なんで?」
「おじいの跡を継がないかってお嬢さまが言ったんだろう?」
「そういえば言ったけど……本当に?」
「嘘を言ってどうするんだい。テオのお母さんの体調を考えて旅商人はやめて、子爵領で暮らすことに決めたんだとさ」
「えーそうなの?この間王都で会ったときはそんなこと言ってなかったのに……」
「まあ、いろいろ思うところがあったんじゃないかねぇ」
「思うところ?」
「うーん、まあ、テオの問題だからね。私からは何も言わないよ。それよりお嬢さま、これ見て」
そういっておばあが指をさしたのは私のスキル表。おじいに教わりながら木札を自分で作って、おばあがレベルアップしたと認めてくれたらレベルを1つ上げてもらっていた。
レベル1:
レベル2:木工細工、竹細工、相場の把握、料理、狩り、解体、御者、相談力。
レベル3:家畜の管理、天気読み、おもてなし、山歩き、刃物の扱い、山の収穫。
レベル4:乗馬、木登り。
最近は学園の勉強ばかりしていて、こっちのレベルは変化なしだ。
「引越ししたのにこれはそのままなんだね」
「これはお嬢さまのものだからね。これがすべてではないけれどお嬢さまができること、得意なことがこんなにたくさんある。これはお嬢さまが頑張って身に着けた大事な宝物みたいなものだろう?」
「うん」
改めて木札を眺めていると、子供のころの記憶がよみがえってきた。
きっかけは家族に置いて行かれたことだった。
おじいとおばあの孫になると言った日。
初めて山登りをした日。
水害が起きたとき。
たくさんの思い出がある。レベルアップしたと認めてもらったときは本当にうれしかったなぁ。
思い出に出てくるのは、おじいとおばあ、大おばあに、集落の人たち。レース工房の人たち。そして、テオ。みんな大好きな人たちだ。
「お嬢さま、このスキルは貴族令嬢に必要なものかい?」
「……普通の貴族令嬢は必要ないよね。辺境伯家では喜ばれるかもしれないけど」
「そういえば辺境伯家のご令息から求婚されてるんだって?」
「まあね」
「辺境伯なんてずいぶん格上の家じゃないか。でも、あんまり嬉しくなさそうにみえるね」
「子爵領からすごく遠いんだよ。気軽に帰ってこれないじゃない」
「おや。場所が問題なのか。お相手の令息はどんな人なんだい?」
「うーん、よくわからない人かなぁ」
学園にいるときは追いかけられたりするので、どちらかと言うと苦手かもしれない。
「お嬢さま。この間、お嬢さまのお父さまの領主さまとも話をしたんだけれどね。お嬢さま、学園を卒業したらどうするつもりだい?」
「子爵領に戻ってきて、暮らしたいけど」
「貴族としてこの子爵家で暮らしたいというならご当主が却下するよ。跡継ぎの弟君の邪魔になってしまうからね」
「そうなんだよねえ。弟の邪魔はしたくないよ。でもさ、結婚したら夫のところで暮らすのが普通でしょう?結婚しちゃうと子爵領で暮らせないんだよ。困ってるの」
「一つだけ解決策があるんだけど、知ってるかい?」
「……知ってるよ」
前に大おばあが言っていた。平民になったらいいって。でも、それは不安がある。一人だと寂しくなっちゃいそう。
「ねえ、おばあ。私が平民になったら正式におばあの孫にしてくれる?一緒に暮らしてもいい?」
「……おや?私たちと暮らしたいのかい?」
「一人だと寂しいかなって」
「……これはどうしたものかねぇ」おばあが困った顔をした。
「私が一緒にいるの、嫌?」
「嫌じゃないよ。嬉しいさ。そうなんだけど、なんて説明したらいいのか……いや、まあいいか」
おばあは覚悟を決めたような顔をする。
「おばあ?」
「お嬢さま。テオと結婚したら寂しくないんじゃないかい?」




