15 貴族学園に入学した野生児、被っていた猫が逃げ出す
王立学園に入学した。
私は1年生。よんねえさまが最終学年の3年生だ。学生の間は、王都のタウンハウスから学園に通う。よんねえさまがタウンハウスの隣の男爵家の令息と婚約しているので、朝は隣の馬車に同乗させてもらって学園へ行くことになった。
学園は入学前に行われた成績を元にしてクラスが分かれている。私は一番成績が低い人たちの集まるクラスに配置された。学校の勉強はあまりしていなかったから当たり前だ。
高位貴族はしっかり教育されているから、上のクラスにいる。私のクラスは子爵家や男爵家の令息、令嬢だけだった。少しは気楽かと思ったけれど、みんな貴族らしいふるまいなので、私も気が抜けなかった。猫をいっぱい被って、おとなしく過ごしている。
いつもは昼休みはランチを食べて、女の子たちで集まっておしゃべりをすることが多い。みんないい子たちなんだけれど、私は話題についていけないのでニコニコとしていて、時々相槌を打つ程度しか参加できない。それで時々おしゃべりを抜けて、外の庭に散歩に出る。心地よい風を感じながら、ぶらぶらと気の向くままに歩くと、子爵領を思い出してほっとするのだ。
貴族の令嬢たちは散歩に行かない?と誘うと、「日焼しちゃうわ」と言って断られるのだけれど、たまに男爵令嬢のローリが一緒に行く、と言ってついてくることがある。令嬢たちから情報収集するのも大事なんだけど、いつも一緒だとちょっと疲れちゃう、だそうだ。
ローリの家は商家で、貴族の令嬢たちの間でどんなものが流行っているかローリが情報収集する担当らしい。家族みんなで商家を盛り立てているそうだ。王都以外にも支店があるという。
ローリは商家の新商品なの、と言っていた日傘を差している。傘の縁がひらひらとしていて、小さなリボンもついている。かわいいものが好きな令嬢は欲しがるかもしれない。これも営業よ、とローリは微笑む。
「ローリはすごいなぁ」
「そんな、褒められることでもないのよ。エーヴァも頑張ってるでしょう。領地のレース工房の噂、聞いてるわよ」
「工房かぁ。立ち上げようって言い出したのはおねえさまなの。私は時々顔を出すだけよ」
「領地のことを気にかけているんでしょう。頑張ってるわよ」
のんびりあるきながら、たわいもないおしゃべりする。
ローリと二人の時は敬称も敬語もなしにしようと合意している。気楽に話せる相手がいて嬉しい。
歩いていると、進行方向で女性の声が聞こえてきた。よく見ると、女生徒たちの木の上に帽子が引っかかっている。
「木の高いところに帽子が引っかかっているわね。風で飛んでしまったのかしら」ローリが眉を顰める。「エーヴァ、あの方たちかかわらないほうがいいかもしれないわ。上級生の上位貴族のご令嬢よ」
「うーん、でも、困ってるよね?あれくらいなら楽勝なんだけど」
「楽勝……?」
ローリが戸惑っているのに気づかず、私は木に近づいた。うん、余裕で登れるわ。
木の下にいる令嬢たちに一礼してから木に登る。節があるし、枝分かれしているから登るのは簡単だった。下から小さな悲鳴が聞こえたけれど、全然怖くないって、これくらい。
手をのばして枝に引っかかっている帽子を取った。パッと見た感じ、汚れや引っ掛かりはない。帽子を大事に抱えて木をささっと降りると、上級生の令嬢たちは皆目を丸くしていた。
「どなたさまのものでしょうか?」
声をかけると、令嬢たちの中でも一際上品な令嬢が進み出た。その令嬢に帽子を渡す。
「失礼します」
また一礼してローリのところに戻ると、ローリも目を丸くしてこちらを見ている。
……あれ?
後ろにいる、上級生の令嬢たちを振り返る。さっきと変わらない。
ローリを見る。まだ目を丸くしている。見ているのは……私?
………あ!ここ学園だった!
やっと気が付いた。令嬢の行動じゃない!お散歩してたら子爵領にいる気分になってた!
今更羞恥心が出てきた。……これはまずいかもしれない。木登りは貴族令嬢にあるまじき行動だ。
…………よし、逃げよう。
私はダッシュでその場から走り去った。
どうしようどうしようどうしよう!
もう学園に行けないかも。恥ずかしい!
あの後、学園の敷地を出て、気が付いたら街中だった。学園の制服が目立っていることにも気が付かず、ふらふらと街中を歩く。
どうしよう。退学?学園の生徒にふさわしくない行動をしたって退学させられるかも!?家に帰ったら学園から退学ですって通達が来てるかも。
どんどん思考がネガティブなほうに行ってしまう。
大おばあが学ぶ機会があるなら逃さないようにしたほうがいいと言われたから、頑張って学園に通っていた。
よんねえさまが猫を被るといいと言ったから、猫を被っておとなしく令嬢らしくしていたのに!
私の猫ちゃん。あっという間にどこかに行っちゃった……。
もう。どうしたらいいの?
とぼとぼと歩いていると、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「エーヴァ?」




