12 御者台にて
侯爵家次期当主は、いちねえさまが嫁いだ侯爵家の息子だ。
息子、と言っても、いちねえさまが産んだわけではない。侯爵家当主の親戚の人を養子にした、と聞いた。
その侯爵家次期当主がなんと、子爵領に来るという。
「なんで?」にねえさまに聞く。
「レース工房を見たいんだって。侯爵家の事業でドレスをつくっているから、レースを使いたいそうよ」
「すごくいい話?」
「もちろん。うまくいけばレースをこれからも定期的に買ってもらえるわ」
最近のレース工房は活気がある。面接をして選んだ職人の弟子たちは大きなトラブルもなく、みんな頑張って職人の技を身につけようと日々努力している。最近は弟子たちも少しずつ作品制作を始めている。にねえさまによると、技術はまだまだだけれど、職人がよく教えてくれているおかげでそれなりのものが出来上がってきているそうだ。
職人本人も自分の作品の制作をしている。出来上がった新作のレースのハンカチは、お母さまが買い取って、子爵領に水害が起きたときに親切に支援をしてくれた家のほうにお礼の手紙を添えて贈った。後日、誉め言葉が書かれた返礼の手紙を受け取ったそうだ。
侯爵家次期領主はたくさんの荷物と一緒にやってきた。
たくさん食べ物を持ってきてくれて、料理人も連れてきた。この料理人が勉強熱心で、持ってきた食材だけでなくて、地元の食材も使ってみたい、何かないか?と聞くものだから、私も山の恵みの話をしたら、採りに行ってみたい!と言うので、護衛もかねておじいとおばあを連れて、料理人と山に登りに行った。
料理もたくさん作ってくれた。私はおばあの味が好きだけれど、料理人の料理もおいしかった。おばあは料理人に新しいレシピを聞いて、今度作ってみよう、と嬉しそうにしていたし、料理人は食材を日持ちするように加工してたくさん置いて行ってくれた。
そうして、侯爵家次期当主は嵐のように去っていった。
私は公爵家次期当主とはほとんど話をしなかったけれど、料理人とはかなり仲良くなったので、また会えたらいいなと思った。
その後、レース工房に遊びに行くと、知らない顔が増えていた。聞いてみると侯爵領の孤児院で暮らしていた子供たちで、レース職人の弟子になりにわざわざ子爵領まで引っ越してきたそうだ。
弟子の中に、侯爵家次期当主が作品を買い取ってくれたと喜んでいた人もいた。また買い取ってもらうんだ、と新たな作品制作に取り掛かっている。レース工房は和気あいあいとしていてみんな楽しそうだし、うまくいっているようで何よりだ。
私は、念願だった御者のやり方をテオに教わった。
御者席に座るの初めて。最近は馬にばかり乗っているので、乗り物に乗るのは久しぶりだ。
街中で練習するのは危ないので、街はずれまで馬車を移動させる。テオがお手本がてら、運転してくれた。
「ちょっとコツはいるけど、エーヴァならすぐにできるようになるよ」
そう言って、テオは馬に取り付けられた手綱を私にほいっと渡す。
手綱を受け取って、テオに言われるまま手綱を引くと、馬が歩き出した。手綱の引き方によって、スピードが上がるし、止まるときの指示も覚えた。
「基本はこれだけ覚えておけば、あとは何とかなるんじゃないかな。今度は俺は何も言わないから自分でやってみて」
「はーい」
手綱を握って、馬に指示を出す。馬はゆっくりと歩き始めた。町はずれの街道を馬車はゆっくりと進んでいく。
「いい感じだね。ねえ、エーヴァはなんで御者ができるようになりたいの?」
「復興の木材運ぶのとか、馬車で運ぶじゃない?私もできるようになったらいいかなーと思って」
「エーヴァって何を目指してるの……」
「目指すって、レベルアップ?」
「……エーヴァは貴族の令嬢でしょ?これからもっと大きくなったら貴族の学校とかに行くんだろ?」
「ああ、王立学園ね。ねえさまたちも行ってるから、私もそのうち行くんじゃないのかなぁ」
今は、にねえさまと、さんねえさまが王立学園に通っている。二人とも淑女らしい淑女だから、普通に学園生活を楽しんでいると聞いているけれど。そっか、私もそのうち行くのか。今10歳だから……5年後かな。
「領地で過ごすのが楽しすぎるし、今は水害の復興で忙しいし、将来のことなんてなーんにも考えてなかったよ」
「そっか」
「テオは?テオは何を目指してるの?」
「俺?俺は父さんみたいな立派な商人かな。この間父さんと伯爵領に買い付けに行ったときに、そのうちまた伯爵領から王都に商品を運ぶ予定だからそのつもりで、って言われた」
「えー、テオ、子爵領からいなくなっちゃうの?」
「もともと母さんの療養のために滞在してたからね。母さんが回復したら元の生活に戻るだけだよ」
「そうなんだぁ……寂しいねぇ」しょぼんだ。
「俺としては母さんは体のためにずっと子爵領にいたほうがいいと思っているけど、仕事しないと暮らしていけないし」
「商人以外のお仕事は考えてないの?」
レース職人に弟子入りした人たちはみんなレース編みをやったことがない人たちだった。
「フツーは親の仕事を継ぐものじゃない?俺、商人以外の仕事なんてわからないし」
テオは、平民は基本的に親の職業を継ぐ人が多いという。よく考えたら貴族もそうだった。
「テオならいろいろできそうだけどなー。そうだ、おじいのあとを継ぐ気はない?」
「おじいのあと?」
「そう。子爵領の管理の仕事。山の管理をして獣が増えすぎないようにしたり、川の管理をしたりとか。テオも私と一緒に管理人の仕事見てきたよね?」
「でも、おじいの子供とかが継ぐんじゃないの?」
「それがねえ、おばあが言ってたんだけど、みんな自由人で別々のところにいて帰って来る予定ないんだって。おばあはおじいと二人だけだと仕事が多くて大変だから、跡継ぎの育成もかねて誰か手伝ってくれないかなって言ってた」
「そうなんだ。……今まで商人になることしか考えてなかったからなー。いきなり言われても」
「そうだよねぇ。でもさ、テオはおじいから信用されてるし、喜びそうだけど。一回話を聞いてみるだけでも聞いてみたらどう?」
「うーん、まあ、気が向いたら?」
「テオが子爵領にいてくれたら嬉しいんだけどなぁ」私がつぶやくと、
「……エーヴァだってずっと子爵領にいるわけじゃないだろ?お姉さんみたいに嫁いだら別のところで暮らすことになるだろ?」
「…………それは考えてなかった。……うん、さっきテオがいきなり言われても、って言った気持ちが少しわかったかも」
「そう」
「うん」
その後、私は将来のことをぼんやりと考えていた。テオと話が弾まなかったのは初めてだった。
レベル1:狩り、解体、御者。
レベル2:山歩き、木工細工、竹細工、刃物の扱い、山の収穫、相場の把握。
レベル3:家畜の管理、木登り、天気読み、おもてなし。
レベル4:乗馬。




