31 試練
父と女性はソファーで休み、兄と青年が2人で台所で立ち働いていた。
始めのうちは青年ではなく、女性が兄の手伝いをしていたのだ。
しかし、何も無いところで転びかけて食材をぶちまけかけたり(青年が転ぶ前に取り上げていた)、手を滑らせて食器を落としかけたり(青年がとっさに手を伸ばし受け止めた)、手からすっぽ抜けた包丁が飛んだり(危うく当りそうになった兄の前に青年が立ち塞がり、鍋の蓋で防御した)と、ハプニングの連続だった。
流石に危険すぎるからと、手伝いを買って出た女性はあえなくお役御免となり、ソファーへと強制送還されたのだ。
「大丈夫。僕も邪魔だって追い出された口だし、元気出して」
ションボリ落ち込む女性を父は励ました。
「ごめんなさい……」
「しっかりものの君にも苦手な物があったんだねぇ」
「そうなの。息子にも余計な仕事が増えるから、家事はするなって言われてて……お手伝いぐらいなら出来るかと思ったのに、まさかそんなことも出来ないなんてショックだわ」
情けない親組みを尻目に、子供組みはもくもくと手を動かしていた。
「母がご迷惑をお掛けしました」
「もしかして、普段は君が家事を?」
「そうです。食事から洗濯掃除まで、全部。食事は先程のあれでお判りでしょうが、洗濯をさせれば皺くちゃにさせるのならまだしも、破いてしまったり焦がしてしまったりしますし、掃除は綺麗にするより散らかす方が多いですから」
青年は淡々として言う。
「ウチも妹と2人で、分担して全部やってる。この下処理も殆ど妹がやったんだよ」
「妹さんは料理が得意なんですね」
「普通だよ」
「ところで……」
「何かな?」
「母は合格ですか?」
青年の言葉に、兄は真意の読めない笑みを浮かべた。
「貴方なら、時間までに全部の準備を整えることは、難しくないでしょう。母を試したんですね。もし不合格なら、妹さんが戻る前に追い返すおつもりで、早めに時間を指定した。……違いますか?」
「どうしてそう思うのかな?」
「母から、貴方は妹さんを”非常に”大切にしていると聞きました。気の弱い妹さんを1人で、大勢の人が行きかう駅に迎えにやるのは、不自然かな……と」
「強面の見た目で誤解される事多いよね、君」
「そうですね」
「大正解。実母のようなろくでもない相手なら、そうしようと考えていた」
「じゃあ、」
「合格。君を含めて」
今の所はと、兄は声に出さず付け加えた。