酒保
前線基地には続々と増援が集まっていた。鎮守府の戦力の九割と各衛戍府より良業物保持者の三割を抽出した戦力。
「クソが。一個中隊がウンガイキョウと鉢合わせて文字通り全滅したらしい。はぁ……」
「元帥が着陣なされた。早速西部の妖を切り殺したそうだ。天下五剣の内の三人が揃ったな」
「酒保の品揃えが変わってたぜ。この前の飛行船は第六衛戍府だ。羊羹と迷うぜ」
世成は窓を閉めた。雑騒と言うには価値のある音を一旦だが聞くのを辞める。ハイビルのコンクリート壁に木で作った窓をハメ込んだ部屋は書類と共に生活感があった。机と椅子はあるが寝具などは遠征用の物とは言え風雨を凌げるだけで随分と気楽。
世成は目を瞑り思考する。ゆっくりと10数える時間。ようやく目を開けて頷おた。
「第六衛戍府だったらアイスがあるな……」
姿が消える程の速さで酒保に向かう。増援飛行旅団には休息が与えられていた。今まで担っていた第二衛戍府の先遣隊と共に基地周辺の妖を掃討し工兵を護衛しながら規模を拡大する任務。その辺が一段落したので一先ずゆっくりしてねって感じ。
何せ随分と妖を倒した。だからボーナスも割とガッツリある。顰蹙買う一歩手前まで買って。
「あいふほふぁいふふりあほ」
自室で詰め込む様に食う。当然腹を壊した。残念でもないし当然、そう残当。
「バカめ」
笹竜胆黎明が呆れ顔で言った。小乃字小三治も頷いている。世成は大きく溜息を吐いて。
「何も言えねぇ。で? どうしたんだよ。二人とも休みなんて珍しいじゃねぇの。今羊羹出してやっから」
笹竜胆黎明が首を左右に振った。好物の拒否に少し驚いて顔を見れば。
「飛鶴、三蔵の中隊が壊滅した」
「…………は? ……!! 三蔵は!!?」
小乃字小三治が機嫌悪そうに。
「落ち着けよ。無事だ。一先ずは、だけどよ」
「一先ず? 何があったんだ」
小乃字小三治がガリガリと頭を掻いてから。
「噂になってるだろ。ウンガイキョウだ。アレに偶発的に会敵しちまったらしい。それで、見た目通りになっちまってる」
「……見た目通り?」
「いや、心が折れちまうとか塞ぎ込むってよりは良いんだが、こう。何つーか、なぁ……?」
「ああ。吃驚したよ。ほんと、うん」
心配より困惑が僅かに勝ってきた。
「まぁ兎も角だ。百聞は一見にしかず。付いてきてくれ飛鶴」
「それが良いな」
「……お、おう」
二人に先導された先は練兵場だった。練兵と言っても主に身体を動かす為に飛行船発着場を用いているだけだ。そこで気迫と共に刀を振り下ろす男がいた。
「アレ三蔵?」
気迫というか鬼迫である。元より強面ではあるがいっそ般若の様な顔で一心不乱。滴る汗どころか血さえもそのまま。己を追い込むというよりは殺す様。似ても似つかない。
だが笹竜胆黎明も小乃字小三治も訂正しなかった。
「おい三蔵!」
少し戸惑ったが世成は平素の様に毛をかけた。するとグワっと顔が向く。三毛別羆事件の熊の様な顔、それが2秒。直ぐにテディベアに変わった。
「飛鶴中尉」
そして敬礼。上下の領分を犯す物では無いが同期同室だった気やすさ。ダチのそれ。
世成はツンのめった様な気持ちになり若干の困惑を乗せて。
「大丈夫か?」
三階菱三蔵は親友達から心配された気恥ずかしさを誤魔化す為に後頭部を掻いて。
「皆んなの仇討ちをね」
増悪も憤怒も無く言った。
「今のままじゃあ一太刀報いる事も出来ないから」
剣衛とは人類を生き残らせる為なら死ぬ。無感情かつ実直に言って仕舞えばそう言う仕事である。そして妖と言う怪物達は往々にして強い。
戦えば誰かが死ぬのは当然だ。だから妙にカラッとした物言いで仇討ちと言う気概を語った。軽くは無いが重過ぎない平素では無いが平静なそれ。
今度は世成の方が感情によって小さな所作を取る。額に掌を乗せて軽く深呼吸したのだ。それは申し訳なさと僅かな罪悪感。
「まぁ変に気負ったりはしてないみたいで安心したわ」
世成の言葉も平坦では無いが平静だった。だが実態としては世界の残酷さを垣間見て生じた感情を隠した物だ。生死の遠近と言う感性が未だ染まりきっていなかったのである。
「随分と鍛錬してただろ。息抜きにどうだ? 付き合えよ」
ただダチの息抜きの前にはそんな物は些事である。だから世成は言って笑って見せた。したり顔の横に四枚の優先使用券をヒラヒラさせながらだ。
三人の目が見開かれる。
剣衛軍人欲する物。酒保とは飲食を中心とした売店である。後は品がないと言うには必要に過ぎる物。それと十二分な心身の休息。要は三代欲求。
それらを揃えた慰労区画への切符である。正直言って前線も前線な為に大した物では無いが希少性は群を抜く。風呂と飯と望めばソッチの世話も頼める施設。
スゲェ雑に言えばデカめの銭湯とバチクソ腕の良い料理人の拵えた温かい飯食いに行こうぜって言う。夜の方は御好きにどうぞって感じだが。
野郎の風呂とか誰も求めてねぇから略。
「お待ちど……」
燻銀な職人っぽい感じの爺さんが大きな盆を置いた。蕎麦と丼が並び味噌汁と漬物に茶だ。これと甘味はおかわり自由。
取り敢えずは蕎麦だ。伸びてしまっては勿体無い。四人は蕎麦つゆに江戸っ子の流儀でチョンと付けて啜る。
蕎麦の静かだが確かに存在する風味がつゆの合間から主張した。なるほど蕎麦に詳しく無い世成に言わせれば違いは喉越し。
「なんか分かんないけど美味い。特に噛みごたえとツルって感じがすごい。高いとこうなのか」
「いや飛鶴。勿論技術もあるしこの蕎麦は、その腕に由来する物だけど喉越しは何方かと言えば割合の話だぞ。違いは香りだ。これは凄いぞ」
「はへー。なるほど。美味」
世成は初めての蕎麦なので笹竜胆黎明の話に納得する。奥の方では盆を置いた爺さんが料理をしながら凄い嬉しそうにニヨニヨしてた。その喉越し故か早々に蕎麦を食べ終え。
「美味そうだなオイ」
いの一番に丼の蓋を開けた小乃字小三治が言う。釣られて丼の蓋を開ければ甘じょっぱい香り、衣を付けて揚げた豚肉と玉ねぎ、それらをツユと出汁を合わせた卵が包む。カツ丼である。
無言で喰らった。
美味いから食った。
それ以外の言葉は無粋だろう。
最初の盆の上を浚えた世成は最終的に丼を七つ、笊を五つを重ねて善哉を十二杯飲み干していた。
「また奢ってよ」
ボール。いや三階菱三蔵が爪楊枝を咥えながら言った。憑き物の取れたような顔にボールは。失礼、世成はニッと笑う。
「おう。任せとけ」
コメディチックに言えばほぼ球体の軍人。四つのボールが歩いて帰った。控えめに言って食い過ぎである。




