台パン
増援飛行旅団宿営地第五中隊幹部棟。長屋の個室を与えられた世成は井桁少尉の小隊に所属し同期である鷹乃羽鷂の訪問を受けていた。学校時代のメンバーで集まる予定合わせの為にだ。
世成や小乃字小三治は少尉である為に時間がなかなか取れない。その為先ずは尉官待遇を受けた二人で時間を話を合わせたのだ。
「って事で連絡よろしく鷹乃羽さん」
「ああ少尉殿。乙姫が会いたがっていた。確り相手してやってくれ」
鷹乃羽 鷂 が猛禽類の様な目を向けて言う。世成は視線を彷徨わせた。青海波乙姫の好意は理解している。
ウブと言われればその通りで第三者に言われるのは如何にも気恥ずかしい。だが視線を戻せば少し上がった口角に揶揄と理解し苦笑。
「ひでぇなあ。ああ、序でに井桁少尉にコレを頼むよ。あ、頼む」
鷹乃羽 鷂は苦笑い。
「分かりました飛鶴少尉。では失礼します」
「ああ、すまん。頼んだ」
世成は装備申請や功績査定などの書類を処理し、最後に三式変若水の使用感のレポートを済ませる。
身体を伸ばし尉官待遇故の個室が視界に入った。和室にベットやデスクなどを置いた部屋は小さい。だが結婚していない兵などは大部屋なので大分良い待遇だ。
徐に立ち上がり箪笥を開ける。最も見やすい位置の上から二段目の引き出し。この世界に来た際に来ていた服や漫画。
「……」
研究の為に一部が切り取られているそれを触らず眺めた。此方の世界に来て生活して既に三年もの月日だ。元の世界の情の総量に今の世界の情の総量が押し迫る。
「そもそもウンガイキョウが居るのか如何か」
それだけ言いタンスを閉めて部屋を出た。カチャと扉の音を残して部屋が沈黙する。忘れた書類を取りに帰ってくる迄12秒。
さて翌日。
《第五中隊周り込め!!》
「第五中隊了解!! このまま直進!! ヌッペフホフを待ち構える!!」
バイクが唸り世成が率いる30台の群れが木々の合間を縫う様に突き進む。そうして畝る木々を突き抜けて原生林から平原へ出て直進。
《こちら操舵室! 今、平野に出た小隊! そっちにジンメンが向かってる!!》
「な! ……軍曹指揮を任せる!!」
《待てや少尉!! 何するつもりだァッ!!》
箙兜軍曹の返答も無い中で叱責の声を張った六鱗大尉に世成は少し驚きながら。
「ジンメンは視界に納めておかなければ見失い奇襲を受けます!! であれば関知能力の高い俺個人で誘引と監視を担うべきかと!! ヌッペフホフであれば数で圧倒できるでしょう!!」
《……ッチ。飛鶴少尉!! 死んだら殺すぞ。生きて帰れ》
「は! 軍曹!! すまない、頼む!!」
《……分かりました》
世成は掌に火球を浮かばせる。人面は非常に気配を隠すのが上手い。いつ接敵してもいい様に備えていた。
実際に出てきた森の反対側もまた鬱蒼とした森。であれば虎視眈々と狙っていて相違無いのだ。
世成は知覚する。背に誰かが立った時の様な。空気の流れとでも言えばいいのか感覚的なソレ。
「行術発動。数形一線」
ゴっと。それはまるで流鏑馬の様で、スローラム射撃の様。撃ち出された炎の一線。平原の草原を一直線に焼き焦がして進み反対側の森の中へ消える。着弾炸裂して閃光。
それを背に人面が迫ってくる。大地を二碗で掴み二つ脚で駆けて。
「行け!!」
世成のバイクが12時の方向に進む小隊と分離する。1時の方向に向かって進みながら行術を走るバイクの上から撃ちまくった。
「よし!! いい子だ。釣られたな」
ジンメンの目は世成に向いており回り込む様に速度を上げる。降り注ぐ行術を見に受けて小揺るぎもせず前に前に。
世成はバイクをドリフトさせてケツを見せるように停止。そして直ぐにエンジンを唸らせた。背中に地面を砕く破砕音が叩き付けられる。
直線距離であればバイクの方が早い。その背に向かって人面はフクロウナギのような大口を開き。
「ギィアアアアアアアアアアアアアアア!!」
相も変わらず悲鳴の様な咆哮。
「バーカ!! ばーかバーカ!!」
世成は然して意味はないが振り向き煽り散らかしてからスロットルを調節してエンジンへ送る空気量を操り人面を翻弄する。速度を落とし人面が飛び掛かれば速度を上げて置き去り、離れ過ぎれば速度を落として見せて。
「ギィッア“ア”ア“ア“ア”ア“ア“ア”!!!」
「あれ? コレ煽り効いてね? いや音に反応しただけだろうけど……」
世成は直感的に速度を上げた。その操縦に応えてヴオオオオンと唸るエンジンの音が下から。ッゴオオンみたいな音が後ろからした。
「めちゃくちゃキレてるじゃねーか!!」
ウオオオオオオオオオオと絶叫しながらエンジンを噴かす。誘引が目的なので正解なのだが何か想定以上の効果が出てしまった。左右を森に囲われた広大な平原をバイクで疾駆するなど最高のシチュエーションである。
後ろに大口開けた化け物がいなければ。もうエンジンフルスロットルである。だが化け物の悲鳴じみた雄叫びに塗りつぶされた。
着地の度にズンズンと地が鳴動。荒い獣の息遣いと怒りから付かず離れず。
「あーもー!! 超コエーってバカが!! 一番マシな選択だとか思って調子乗ったわクソが!! マジこえぇっちゅうにもォッ!! ウンッコ!!!」
だから尻の下から鳴るブロロロなんて音に負けない大声でアホな事でも言ってないとやってられなかった。
ただウンコとか言えちゃうくらいには余裕がある様だ。
「あ?」
ただ、その余裕は今消えた。
「暗く——マズ!!!」
乗っていたバイクが粉粉に。
「二匹目は酷くない?」
その光景を見ながら世成は口角をピクピクとヒクつかせた。顔面蒼白で着地して即座に地を跳ねる。
「ギィッア“ア”ア“ア“ア”ア“ア“ア”!!!」
目の前をブチギレてる人面の腕が通過して落ちた。跳ねて跳ねて刀を抜く。それは抜刀術だ。身は後ろに下がりながら落ちてくる拳の側面に一太刀。着地して走る。
だが人面の方が普通に早い。勿論だが即座に追い付かれ目で追えない速度で跳ね避ける。
「俺ぁワ◯ワニパニックかクラァ!!」
二匹の人面が入れ替わり立ち替わり拳を叩きつけ、世成の集中力を測った様に的確に変化を加え、尾での薙ぎ払いと噛みつきを加えて攻め立てる。
流石にキツくなってきた。気分的には永遠。延々こえて永遠。
実際は30分くらい。酷く神経が擦り減る。反撃が難しくなっていく。
「しまッ——」
人を丸呑みにできる様な化け物二匹による間髪入れずの猛襲と調子を乱してくる人で言えば崩しと呼ばれる様な奇襲。
それを避ける為に姿勢を低くしたが為に地面を、いや己の足によって倒れた草が全身を滑らせた。
バランスを取る。転けない為の一瞬。バケモノの巨大な拳が迫ってド。
「……っ!!!」
重低などと言う表現を陳腐にする音。内側から炸裂しそうな衝撃。空が流れていく中で咄嗟に刀の向きを変える。直後に落ちてくる化け物の掌。
二匹目のソレは世成を鷲掴みにして地に拳を打ちつけた。化け物の重量と力に合わせて地面まで加えて握りつぶされる。
「ゴヴォ……」
それは世成の声では無い。鼻と口から弾け飛んだ空気の音だ。考えられた事は一つだけ。
『ヤバい』
身体がメキメキと悲鳴をあげる。あんまり痛く無いが声も出せない。死ぬ気こそしないがそれだけ。肺が潰れて圧迫される。何より恐怖が身体を縛った。
適合率の高さ故に世成へのダメージは極めて少ない。だが何も出来ないままに振り回され叩きつけられる。
何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
「イテェわこのクソガッッッ!!!!!」
絶叫。拳の中でだ。しかし何も出来ない。化け物も離すことはしないのだ。虫酸が走り自身の額に青筋が浮かぶ事を自覚するほどに慣れてきていた。
「あん?」
世成はガンガン打ちつけられながらボヤりと浮かび上がる。刀を握る手が熱を持ち漠然と浮かび上がってくる理解。
「りん、う、そうせい……?」
凛と風鈴の様な、しかしそれより尚一層に澄んだ音。
「うわぁチートぉ……」
世成はそういうと人面の掌の中で気絶した。
そして残ったのは二つの塊。それは細切れと言って良い物。血も流れぬ肉塊が風に揺られる草葉の上に鎮座する。
その空には必死に高度を落とす飛行船が迫っていた。




