僅かな成長大きな馴染み
「第二男子寮13号室 。飛鶴世成です。よろしくお願いします」
訓練兵最後の実地訓練は自分たちの後輩の指揮と護衛であった。指揮官適正が高いと判断された者が訓練生を指揮する。それ以外は周辺の警邏と異形化した妖がいた場合の伝達が任務。
世成は前者であり先達の新任下士官である伍長や下士官候補の上等兵の指揮下となるのだ。仮軍曹の麾下で伍長相当として訓練生の指導先導を行うと言う形。
当然だが事前に自身の指揮官となる相手との対面が予定されており、それが実行された形であった。
「んあー。君が飛鶴君か」
世成の短い自己紹介にユックリと目を見開くのは眠そうな顔の男。覇気が無く物臭な印象を受ける糸の様な垂れ目の上等兵だった。そんな筈は無いのだが何処か緩慢とした雰囲気がある。
「訓練兵の初の実地訓練で勲章を貰った子の内の一人だったかな? 妖を見ず候補生になる事もあるって言うのに。それを倒す手伝いをしちゃうなんて、うーん。何というか、そう! 凄いねぇ。
ああ、遮っちゃってゴメンよぅ。次の子もお願いできるかな?」
全員が挨拶を終えると上等兵は気持ちユックリと頷き。
「えーっとぉ、私は抱茗荷上等兵だよぉ。よろしくねぇ」
ふにゃ、っと。笑う。凡そ軍人らしからぬ。そう言った雰囲気。
「さて、作戦概要は君達の知っての通りだよ。先ずは何よりもだけど肥大化くらいの妖は出るから注意する事。訓練生がパニックを起こす事が一番拙いからね」
そう言って地図を指差す。
「伐採林へ出向いて木を倒してトラックに積むのが任務。経験を積んでるだろうけど、だからこそ気をつけて。君達は如何だったか知らないけど初めてっていうのは、そう浮足立つものだからね」
で。
「そうそう。俺の時に先任伍長やってくれた亀甲って先輩がコツを教えてくれたんだけど30度から45度くらいの切れ込みを入れれば良いから。そうすりゃ勝手に落ちるし倒れてくれる。
あ、一応言っとくけど幹の方に立って切るように。あと行術は使わないようにする事」
世成が言えば訓練生達が「はい!」と元気よく返す。作業が問題ないのを確認して自身も周辺警戒をしつつ枝を切った。刀を振れば切れる。
刀が当たらずとも剣線が伸びて枝を落としていく。まだ1㍍少々の距離だがしゃがまずに立ったまま。
「我ながらファンタジーしてんなぁ……」
改めて考えれば妙な感覚だった。スポーツをしていると分かるだろうが動作は反射的なものだ。例えば試合の最中には「ボールを蹴るぞ」ではなく「ボールをゴールに飛ばすぞ」と考えて動く。
訓練などではまた別だがわざわざ「軸足で土を踏み締め、ボールに足を添え救い上げるように蹴るぞ」などとは考えない。それと同じで自分の身体に刷り込んだ動作を反復すれば同じ結果が出る。その結果が少年漫画のキャラクターの様に当たってもないのに枝ポトポト落とすという結果を生む。
何とも感慨深いようなそうでもないような独特の感覚を覚えたのだ。
「さてと」
世成達は枝葉を集めて天に向かって伸びる巨木から離れて立つ。抱茗荷上等兵が刀を振るった。三角の切れ込みが出来るが不動。その受け口の反対側に追い口を入れれば雷鳴の様な音を立てて木が倒れた。
後は警戒と切り取りに運搬である。入れ替わり立ち替わりで材木を運び出してトラックに乗せていく。こうして訓練兵最後の実地訓練が終わりカフェー・オッティモで恒例の打ち上げの後に3年目を迎える。
「剣衛は一律で尉官としての教育を受ける。これは適正の高さに応じて耐久力が高い事が多く、その為に妖と相対して生き残る確率が最も高いのが剣衛だからだ。即ち万一の場合に周辺人員を統合し撤退指揮を取る為の物。
しかし実際に尉官試験を受けて合格すれば新任少尉として配属される。諸君もそれを目指して頑張ってもらいたい。
また軍学校の成績優秀な候補生や先達である尉官候補者達も君達と席を同じくする。前者はこれからの戦友であり後者は先達剣衛および軍で実戦を経験した者達だ。
特に後者の積んだ経験は君達の及ぶところでは無く、実戦を重ねた相手である事を忘れず無礼のないように努めよ」
訓練場で朗々と語るのは大業物と大佐の階級章を付けた教導官の老人。いわゆる魔法的な物である行術の達人でバッキバキにムッキムキな山の如き体躯を誇る義足のハゲた強面爺さんである。名前は違幣大瀑斎忠剛。
年によって違うが最近では調子乗り殴殺機、行術使うより殴った方が強そうジジイ、死、などと鼻っ柱の伸びた者達に呼ばれていた人物。
「また剣衛候補生諸君は佩刀式より二年が経ち身体が馴染んだ事だろう。印地行術は既に使える者も多いだろうがこれからは置楯行術および捕物行術も指導していく事になる。
そこで君達の行術能力の査定をこれから開始し行術訓練の振り分けを行う」
違幣大瀑斎忠剛が言葉を切ると訓練場の端に鉄の柱が広がった。
「先ずは印地行術を見る。最も強力な一撃を叩き込め」
世成は「尉官教育っつってもあんま変わんないのかな」などと思いながら自分の順番で鉄の柱をブチ抜く。
この後の主に頭使う系の教育で(精神的な)死を迎える事になった。てな訳で隙間時間は勉強会である。基本的には小乃字小三治が先生だ。
「祓滅史とかは得意だろ? じゃあ特に問題ねぇよ。世成が苦手な物資申請書類だの功績申請書類とかは正直言やぁ慣れだ。慣れ」
「小三治は何で慣れてんだよ。改めてスゲーなオマエ。頭どうなってんのマジで」
「おい最後の微妙に悪口だろテメェ。三蔵が顔広いから色々と教えてくれんだよ。先輩方が言ってたってだけだ。
……まぁ、だいたい提出先の連中に合わせて書くモンらしいし、授業って体でやってるが実際に慣れさせる為のモンだからな。今は指示通り書けば問題ねぇよ」
「そっか……でも尉官になったらコッチのが大事じゃね? 物資と評価と褒賞は士気に関わるしな」
「まぁそりゃそうだ。だが俺達ぁ尉官候補生になったばかりだからな。限度があるだろ」
「そうかぁ?」
「それより世成よぉ。アッチのが問題だろ。どう考えても」
「……そだね」
世成と小乃字小三治が同じ方を見る。
「車の構造なんて……覚えられる訳無いじゃないか……」
「分散進撃? 進軍……えーと?」
笹竜胆黎明はいつも通り。だが三階菱三蔵も苦戦していた。
「まぁオメーが割とゲンナリしてたから危惧はしてたがよ」
小乃字小三治がどうしようか悩みながら言えば世成もこめかみを抑えながら。
「まぁ、黎明は言わずもがな三蔵もどっちかって言うと機転が効くってタイプだしな。長期的な記憶っての? 覚える事が多くなるとしゃーねぇよ。俺もこのザマだし。無理」
「戦場じゃ頼れるんだがなぁ……。まぁ黎明なんかは剣の腕一本で尉官相当にはなれるだろうがよ。あぁ……それで言えば三蔵もか」
「まぁ体動かしてる方が楽だよなぁ」
「そうだな。俺だってそう思うわ」
尚、剣衛士官候補生に限り剣刀士でも定期的にゲロる様な鍛錬が始まるが彼等はまだ知らない。




