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灰色の段階  作者: 星野レイ
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Shinjuku

一定のリズムで、鉄筋を打ち込む鈍い音がどこかから聞こえてくる。

辺りを見回しても、工事をしているように見える建物がいくつもあって、どの建物から聞こえてきてるのかが分からない。

耳を澄ましてみても、どの方向から聞こえてくるのかすらわからない。

それが、この新宿という街。ぼくが音楽家になった街。


三年くらい前、YouTubeに自作の歌を投稿していた。偽名を使い、顔は全く出さなかった。

特別な音楽ソフトなんか買う金がなかったから、パソコンにあらかじめついているような安い音楽ソフトを使っていた。

それでもぼくの歌は、一部では熱狂的な支持を得ていた。

教祖とか、そんな感じの扱いだった。

クリエイターが教祖、フォロワーが信者、という構造はなぜか鼻につくらしく、批判されやすい。

アンチがコメント欄にぼくを誹謗中傷するような書き込みをすると、フォロワーが激怒し、通報しまくってアカウントを凍結し、ぼくを守る、といったことがよくあった。


ぼくの曲が好きな人は「イタイ」「厨二病」「地雷」というレッテルを貼られていた。

歌詞がメンヘラだとか、メロディが狂気的でキモいみたいな感想に嫌気がさしたぼくは、ただMPCが生み出す単調なビートに合わせて呼吸をする、という動画を投稿した。

その動画を投稿した五時間後くらいに、来週、新宿でオーディションを受けてみないか、というメッセージが届いた。

今、ぼく所属しているレコード会社からだった。

ぼくは、言われた通りに新宿駅構内の、今はもうなくなってしまった喫茶店に行った。

ぼくを見つけ出してくれた人は、佐藤さんという男の人だった。

藍色のしっかりしたスーツを着て黒縁メガネをかけていて、とても清潔感があり背筋がピンと伸びていて、こんな小娘にも物腰柔らかく、敬語を使ってくれた。

毛玉がついた灰色のパーカーによれよれの黒いスカートを履いていた自分が恥ずかしくなるほど、佐藤さんは、社会で生きている人間の格好をしていた。


ぼくは、佐藤さんに連れられて、喫茶店を出た。

季節は初夏で、駅の外に出た途端に汗が噴き出して、歩くのが億劫になった。

佐藤さんの隣を歩いていると、すれ違う人々がみんなこっちを見ているような気がしてきて、すぐに佐藤さんの後ろを歩いた。

ぼくが急に後ろを歩き出しても、佐藤さんははぐれないようにしてくださいね、と言っただけだった。

新宿駅から十分くらい歩いただろうか佐藤さんは、どこにでもあるようなコンクリートむき出しのひっそりとしたビルの前で立ち止まり、ここがオーディション会場です、と言った。

ぼくの他に若い女は誰もいなかったし、張り紙も何も出ていなかった。


佐藤さんと一緒に中に入り、暖色系のライトに照らされた廊下の一番奥の部屋の前まで歩いた。

佐藤さんが部屋を指差し、どうぞ、と言うので取っ手が異常にでかいハンドルを回して、分厚い扉を押し開けた。そこはかなり格式高いレコーディングスタジオだった。

ぼくの体より大きなスピーカー、大量のエフェクター、かなり高級そうなアンプ、その他にも見たことがないような機材がたくさんあった。

クジラみたいに大きなミキサーの前にあるソファーで数人の偉そうな人達が手を叩きながら楽しそうに喋っていて、ぼくは少し逃げ出したくなった。

その中のアロハシャツを着た白髪の男がぼくに気付き、おー来たか、と言って、べっ甲柄のメガネをかけた銀髪の男を肘でツンツンとつついた。

銀髪の男は、足を組んだまま会釈をした後、翼をください歌える?とぼくに聞いた。

ぼくが頷くと、すぐにピアノの伴奏が流れてきた。

本当は、翼をくださいを歌うのは小学校の卒業式以来で、歌詞もうろ覚えだったけど、その銀髪の男と会話をするのが怖かった。

最初のサビを歌い終えたところで、伴奏が止まった。

落ちたかな、と思ったけど、銀髪の男が拍手をしていて、合格だと言われた。白髪の男も満足そうに頷いていた。

本当にいい歌声の波長の持ち主は、息を吸う時の音が綺麗なんだ。

銀髪の男は、たしかそんなことを言っていた。

その日から、ぼくのデビューアルバムの作成が始まった。


白髪の男に、デビューする条件として、YouTubeでの活動は休止して、今あげてる曲も全部消してくれ、と言われた。YouTubeで活動するのと、ここでプロになるの、どっちの方が自由ですか?とぼくは恐る恐る聞いた。君はそこが自由じゃなくなってきたからここにきたんじゃないの?銀髪の男は、ニヤニヤしながらそう言った。


ツインテールの女の子がぼくの足にぶつかった。

ぼくは思わず振り返って女の子に頭を下げたけど、女の子は前を向いたままだった。

鉄がぶつかる鈍い音は聞こえなくなっていた。

遠くの方で、魔女コスプレをした女が無料でエナジードリンクを配っていて、長蛇の列ができている。

前からベージュのチェスターコートを着た女がピンクのスーツケースを引いて近づいてくる。

女はスマホをつつきながら歩いているので、ぼくがこのまま真っ直ぐ歩けばぶつかるだろう。

ぼくはクルッと曲がって、タワレコがあるビルに入った。

昨日、ストリーミングでたまたま聞いたアルバムがとても良かったから、ここのタワレコでレコードを探すのだ。

店内に入ると、角を取り除いたようなEDMがかかっていて、すぐにカバンからワイヤレスイヤフォン取り出して耳に付けた。


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