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灰色の段階  作者: 星野レイ
11/13

daybreak

ぼくはミネを起こさない様にそっとシーツをめくってベッドから出た。

ガラスのテーブルの上に梨の皮と果物ナイフがある。

この果物ナイフはミネのお母さんが使っていたものらしい。

ミネの両親は北海道で農業をやっているらしく、東京で一人暮らしを始める時にお母さんから貰ったのだと言っていた。

柄の部分にrenoという文字が彫ってある。

おそらくミネのお母さんの名前だ。

灰皿には口紅のついたタバコの吸殻が溜まっている。

ぼくが寝た後、ミネはいつもの様に煙草を吸いながら果物を食べたのだろう。

灰皿と果物ナイフをキッチンに持っていき、煙草の吸殻をゴミ袋に入れる。

水道の蛇口をひねり、果物ナイフを水で洗う。

ナイフを見ていると、一度だけ、リストカットをしたことがあるのを思い出した。


高校2年生の時、ぼくは火傷で皮膚の色が変化している部分を見られたくなかったので夏でも長袖の制服を着て登校していた。

他のみんなはそれが気に食わなかったのか、制服と下着をカッターでビリビリに破られて裸にされた。

ぼくがあまりに無抵抗だったので面白くなかったのだろう、マキちゃんが、破れてビリビリになったぼくのスカートのポケットを探り、スマホを取り出した。

マキちゃんは、入学当初、いつも教室で一人だったぼくに初めて喋りかけてくれた子だ。

パスコード教えてよ、と言ってぼくの手を踏んだマキちゃんの表情は、初めて僕に喋りかけてくれた時の表情と同じで、楽しそうに笑っていた。

人をイジめるのって楽しんだな、とか思った。

ぼくが黙っていると、マキちゃんは手を踏む力を強くした。

痛みに耐えきれなくなりパスコードを教えると、マキちゃんはカメラのアプリを開いて、皮膚の色が変色している部分を撮影し始めた。

一通り撮影し終えると、LINEを開き、ぼくのアカウントを使って、その写真を学年全体のグループラインに送信した。

全ての写真を送信したマキちゃんはスマホをぼくの方に投げて、アスカちゃんって変態だね、と言って笑った。

マキちゃんの周りにいる女達も一緒になって笑った。


その日、ぼくは体操服で学校を出た。

帰るまでの間、どうすればマキちゃん達を苦しめてやれるかをずっと考えた。

ぼくは帰宅して早々、スマホを机の上に固定し、ツイキャスというアプリを使ってライブ配信を始めた。

ぼくはマスクをし、自分で自分の顔をボコボコに殴った。

手の甲が痛くなってきたくらいで、キッチンまで歩いていき、置いてあったナイフで自分の右手首を切った。

細くて赤い線から、鮮血が大量に吹き出した。

ぼくは、5秒ほど血が噴き出す様子を眺めていたが、徐々に鋭利な痛みが鮮明になってきて、死ぬのが怖くなった。

すぐに左手でスマホを掴んだ。

ライブを見ている人は一人もいなかった。

ぼくはライブ配信をやめてアプリを閉じ、救急車を呼んだ。

幸い傷が浅く、大事には至らなかった。

手首にはその痕がまだ残っている。

そして、その日からぼくは一人称を「私」から「ぼく」に変えた。

ぼくは蛇口を閉め、果物ナイフを眺めた。刃の先に透明な丸い水滴が付いている。

果物ナイフで右手の人差し指の先をほんの少しだけ切った。

血がナイフの刃先をつたって先端の水滴と混じる。

水性の絵の具に水を加えた時のように、赤色が薄くなった。

ぼくはもう、大丈夫だ。果物ナイフをしまうと、雨音が止んでいることに気づいた。

ベランダに出ると、心地よい風がぼくの体を撫で、通り過ぎていった。

鉛色の雲はどこか遠くへ行ってしまったようで、遠くの空がオレンジ色に染まっていた。

ベランダから身を乗り出して下を覗く。


駐車場のコンクリートに出来た水溜りが金色の光を反射して燦々と輝いていた。

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