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第2章 転機

 この広い街で、知り合いと偶然会う確率はどれほどあるのだろうか。

 よく分からないけど、家を出てからここに来るまでに数え切れないほどの顔も名前も知らない人達とすれ違っているのだ。

 だからその中に知り合いがいたって、別におかしい話ではない。

 全然、おかしくはないんだけど・・・。

「びっくりした!お姉ちゃんとこんな所で会うなんて!もしかして、お姉ちゃんもデート中?」

 ニコニコと笑って私を見上げる千月の後ろには、苦虫を噛み潰したような顔の高瀬君。

 私の隣には、ハートのサボテンを持って無表情で千月を見下ろすハル君。

「デ、デートなんてっ!」

 なんて事を言ってくれるのかと、おそるおそるハル君を見ると、相変わらず無表情のまま。

「あの、はじめまして。妹の千月といいます。」

 恥ずかしそうにはにかんでペコリと頭を下げる千月に、周りにいた男達の視線が集まる。

 それを不愉快そうに睨みつける高瀬君に、男達は次々と気まずそうに視線を逸らしていった。

「えっと、姉とはどういうご関係ですか?」

 もじもじとしながら訊ねる千月は、文句なく可愛い。千月を見ながら、私はここに来た事を後悔した。


 最低限必要なものは揃ったから、今日はのんびり色んなものが見たいというハル君の希望で近くのアウトレットモールに来ていた。

 雑貨も多いし、カップルで来ている人達も多い。

 でも、まさか同じ日の同じ時間に千月が来ているとは思いもしなかった。

 可愛い千月とこうして会った後で、それでもハル君は私をかまってくれるだろうか?

 答えの分かりきった疑問に、楽しかった時間の終わりを感じて心の中で肩を落とした。


「千月ちゃん、邪魔しちゃだめだよ。行こう。」

「え~、でも・・・こんなこと、滅多にないもん。ねえお姉ちゃん、良かったら一緒にお茶でもしない?駄目?」

 両手を合わせて頼み込む千月に、高瀬君は困ったような、それでも愛おしさを込めた表情で溜息をついた。

 ここで断ったら、どうせまた高瀬君や母に色々文句を言われるのだろう。

「えっと、ハル君、どうかな?」

 とにかく、私一人で勝手に決めるわけにもいかない。

 無表情のハル君は、手に持って眺めていたサボテンを棚に戻すと私を見た。

「ヒナは行きたいのか?」

「えっ?えっと・・・うん、そうだね。もしハル君さえよければ・・・。」

 自分を守るためにハル君を利用しているような気がして、言葉尻が小さくなってしまう。

「俺は別にどっちでもいい。」

 ハル君のやや消極的な返事に、千月は手を叩いて喜んだ。

「やったね!私、前から行ってみたかったお店があるの!」

 嬉しそうな千月に、高瀬君の表情もゆるゆるになる。

 チラリと横目でハル君を見ると、ハル君はそんな千月をじっと見て、何かを考え込むかのように目を細めていた。

 その真剣な表情に、ズキリと胸が痛んだ。



 モールの中にある喫茶店に入った私達は、かなり周囲の視線を集めていた。

 モデルのような男女3人の中に、ごく普通の女が一人。一体どういう集まりなのかと疑問に思われても仕方がない。

 千月はイチゴのショートケーキにミルクティーを頼み、高瀬君はコーヒーを飲みながら、美味しそうにケーキを食べる千月を眺めていた。

 ハル君も高瀬君と同じく頼んだのはコーヒーだけで、私は千月に付き合ってモンブランと紅茶を頼んでいた。

「お姉ちゃん、こんなかっこいい人といつ知り合ったの?私、全然知らなかった。」

 いつって、あなたがある事ない事高瀬君に吹き込んだせいで、お母さんと派手に喧嘩した時だよ。

 そう言ってやりたい気持をぐっと押さえ込んで、曖昧に微笑んだ。

「ねえ、あの、名前、何て言うんですか?姉とは、その・・・・・」

 上目遣いでチラチラとハル君を見ながら問いかけると、ハル君は窓の外をぼんやりと眺めていた視線を千月へと向けた。

「お前には、関係のないことだ。」

 淡々とした言葉には一切の温かみがなく、私は内心かなり驚いた。

 いつも穏やかに、優しく話しかけてくれるのに・・・・どっちでもいいと言っていたけど、本当はお茶なんてしたくなかったのだろうか?

 ハラハラした気持ちで視線をさ迷わせると、高瀬君が警戒するような、硬い表情をしているのが目に入った。

 ハル君が高瀬君に何かを言ったあの日から、二人の関係は微妙な距離を保っていた。

 まるで張り合うように朝家の前に立ち、言葉どころか視線を合わすこともない。

 高瀬君はハル君が千月を狙っているというのだという想像だけは違うと分かってくれたようで、私に対してももう何も聞いては来なかった。

 千月はハル君の反応が予想外だったのか、珍しく本気で驚いたように目を大きく見開いていた。

「・・・・・お姉ちゃん、あんまり友達とか、私には紹介してくれないから・・・。でも、良かった!最近よく遊びに行ってるみたいだから。ほんとはね、お姉ちゃん、あんまり明るい方じゃないから、友達ちゃんといるのかなって、実はちょっと心配してた。」

 この状況でいち早く立ち直ったのは千月で、私は内心、感心した。

「でもダメだよお姉ちゃん、せっかくこんなかっこいい人と一緒にいるんだから、もっとおしゃれしなきゃ!お姉ちゃんは、可愛い服着て、ちゃんとお化粧すればすっごく美人なんだからね!私が色々教えてあげる!」

 自他共に認める天使並の美少女に言われても、とても本気で言っているとは思えない。

 褒められているようでけなされているように感じるのは、私の気のせいではないだろう。

「確かに、相沢はもっと妹を見習った方がいいな、色々と。」

 色々、の部分をやけに強調しながら、高瀬君が私を睨んだ。

「将っ!そんな言い方、しないで?お姉ちゃんには、いい所もいっぱいあるんだよ?」

 そう言って、思わせぶりに私を見て、落ち込んだように俯いた。

「千月ちゃん・・・・・。」

 ・・・一体私は、ここで何をしているんだろう?

 そっと溜息をつくと、ハル君が不思議そうに私を見た。

 私は姉という立場上ある程度仕方ないと割り切っている部分もあるけど、妹の茶番にハル君までつき合わせるのは非常に心苦しかった。

 でもそれよりも、ハル君が千月の演技に騙されて、私に冷たくなるんじゃないかと思うと泣きたくなってくる。

 妹に心配されるような情けない姉だと、そう思ったんじゃないだろうか?

 何も言えないでいると、高瀬君が舌打ちして私を睨んだ後、ふとハル君に目をやってニヤリと口元を吊り上げた。

「こいつが千月ちゃんと血が繋がってるなんて、悪い夢だと思いたいね。あんた、知ってるか?こいつが妹の千月ちゃんに、何をしているか。」

 ・・・・・ああ、終わったな。

 思い浮かんだのは、そんな言葉だった。どうせなら、詳しく教えてもらいたい。

 私が、千月に、いったい何をしているというのか。

「こいつは俺を千月ちゃんに取られて、嫉妬に狂ってるんだ。」

 視界の端で、ハル君が高瀬君に顔を向けるのが見えた。そして、俯いた千月の口元に笑みが浮かぶのも・・・。

「もし千月ちゃんがいなくても、俺がこんな奴相手にするはずないのにな。」

 私だって、千月がいようといまいと、高瀬君なんて好きにならない。いくらかっこよくても、高瀬君にドキドキしたことなんて一度もない。

 恐怖という意味なら別だけど・・・。

「こいつは、俺が好きなんだってさ。冗談きついだろ?」

 高瀬君が言い終えた瞬間、それは起こった。



 ブゥンという音がして部屋が突然暗くなったと思ったら、バシャンという空気を裂くような高い音と共に、店の窓という窓が粉々に砕け落ちる。

「きゃぁぁっ!」

「何っ?爆弾っ!?」

 店内のあちこちで悲鳴があがる中、私は驚きすぎてただ心臓のあたりを押さえることしかできなかった。

「・・・は、ハル君、怪我はない?」

 廊下側に居た私と千月はともかく、窓側に居たハル君と高瀬君はまともにガラスを被ったのではないだろうか。

 そう思ったのは少しの間で、すぐに二人は大丈夫だと分かった。ガラスは、全て外側に落ちていた。

 まるで、店の内側から何らかの圧力がかかったかのようだった。

「テ、テロか!?」

「早く救急車呼ばなきゃ!」

「おいっ、けが人はいないか!?」

 周りが次第に冷静になるにつれて、体が震えてくる。

 テレビのニュースでしか見ないような出来事が、まさか自分に起こるなんて思ってもいなかった。

「千月ちゃん、大丈夫?」

「・・・う、うん・・・・・。」

 千月も流石に、動揺しているようだった。


「・・・・・ヒナ、すぐに警察が来る。面倒になる前に先に出よう。」

「えっ?でも・・・ハル君?」

 私の背を押して廊下側に出たハル君は、そのまま私の手を取って足早に店を後にした。

「いいのかな、勝手に出たりして・・・。」

 こんな時、警察が来て事情聴取とかしたりするんじゃないだろうか?

「金ならテーブルに置いてきた。どさくさに紛れて手癖の悪い奴が現われなければ大丈夫だ。」

 そういう問題じゃないんだけど・・・。不安はあったけど、そうこう言っている間にモールの外まで出てきてしまって、今更戻ろうという気にもなれなかった。

 これ以上事件に巻き込まれたらと店の外に出て行った人は他にもいたみたいだし、野次馬が集まり出していてモールの中はすごい事になっていた。

「でも、何だったんだろうね?」

 本当にびっくりしたし、怖かった・・・。きっと、明日の新聞に載ってたりするんだろうな。

「さあな。」

 まるで興味がないように言って、ハル君はタクシーを止めた。いつもは電車なのに、今日はどうしたんだろう?

 私がたずねる前に、ハル君は少し強引に私をタクシーへと乗せた。

 ハル君が運転手の人に伝えた住所は聞き覚えのないもので・・・。

「・・・ハル君、どこに行くの?」

 少し小声になってしまったのは、なんとなくハル君が不機嫌になっているような気がしたからだ。

 いつもより口数が少なく、話しかけても私の方を見てくれない。

 ハル君は私の問いには答えず、ようやく口を開いてくれたのは、目的地についてからだった。


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