軟体
古賀たちは二回の窓からガラスを割り、組長室へ侵入した。先に侵入したエリオットたち先発隊は役目を終え退散し、今はバックアップにまわっている。
彼らがブレーカーを落としたらしく、真っ暗だが中に組長がいるのが見える。怯えた顔でこちらに銃を向けているのが哀れだ。
「組長さん、悪くはしないから勘弁してくれや」
永劫が刹那を従えて組長に近づく。
古賀もそれに続こうとしたその瞬間、部屋に三人の人影がなだれ込んできた。顔は暗がりでよく見えない。
「かかったな、ヤギシフの御庭番衆!」
「お前らの行動なんて読めるっつーの」
「今帰れば命だけは助けて差し上げましょう」
口々に口上。フラグを立てたいのだろうか。
「やっぱりアンザイか。あそこのトッチャンボーヤは元気か?」
永劫が挑発する。これも作戦のうちなのだ。
「舐めやがって!」
三人が襲いかかってきた。永劫が振り向いて早口で古賀に言う。
「一人が一人を担当しよう」
永劫は敵の攻撃を寸前でかわしながら、窓から外へ飛び出した。戦うには組長室だと狭すぎるのだろう。
刹那も窓から屋根に躍り出た。追跡者もあとを追う。
そして、古賀の前にも一人の敵。暗順応で見えた相手はどうやら女。刹那といい軽い女性恐怖症気味の古賀には厄介な相手かもしれない。
「うぉぉ!」
その心配は無用のようだ。古賀は相手に殴りかかった。メガエネルギーをまだ少ししか摂取していないので古賀には能力がまだない。勝てるのだろうか……。
「どうしました? 痛くないのですが?」
戦闘開始から数分。古賀の攻撃は相手に全く効いていなかった。殴っても蹴っても手応えがないのだ。相手もメガエネルギーを摂取した能力者なので一筋縄ではいかないと思ってはいたが……。馬鹿にした態度が本当に忌々しい。
「くそっ!」
またも古賀の突きが空を切る。まるで蒟蒻を相手に戦っているようだ。とらえどころがない。
「こないならこっちからいきますよ?」
相手が急に背後にまわってきた。あまりの速さに、古賀にはその動きがとらえられなかった。あっという間に背後から関節を固められてしまう。古賀は指一本動かすことができない。
「ここで私の能力です。メガエネルギーはこの体の硬度を自在に変える術を授けてくれました。いうならば、私はナメクジ兼ダイアモンドといったところでしょう。今は普通の人間の硬さですが」
「くっ……。は、離せ……」
「そうはいきませんね。せっかく忠告してさしあげたのに。さて、そろそろ私の硬さを味わってみますか?」
古賀に背後から抱きついたまま、敵は体を一気に硬くした。
「ぐぁっ!」
体中が締め付けられる。生身の人間と大差ない古賀には致命的な威力だ。
「名付けるなら死の抱擁でしょうかね?」
痛みのあまり、敵の言葉もよく聞こえない。古賀はだんだん意識が遠くなってきた。自分にはまだこの任務は早かったのだ。そう思えてきた。
そして。
「いや、そのネーミングセンスはどうかと思うなぁ。なあ、刹那?」
「全くもってその通り」
いつの間にか二人が組長室に戻ってきていた。古賀は寿命の延長を悟った。