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界傷の祓い人  作者: 安曇 東成


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暗室での戦い(後半)


 灰色の核まで、あと五歩。


 一歩目で床が穴の写真に変わり、界喰(かいばみ)が穴だけを喰った。二歩目で写真の束が頭へ被さり、若槻澪、朝倉遥斗、知らない少女の声が耳の奥を引っ掻いた。俺は舌を噛み、血の味で意識を戻す。


「正面じゃない! 左の泣き顔の裏だ! 笑ってる口の下に縫い目がある!」

「注文が細かい!」

「外したら澪の記憶ごと削る!」


 余計な返事をする余裕が消えた。


 三歩目。核の表面に若槻澪の顔が浮かぶ。助けを求める顔。その横から朝倉遥斗の腕が伸び、俺の外れかけた肩を握り潰す。視界が白くなった。


 こよりが横から飛び込み、指を一本ずつ砕いた。彼女の腕も裂けている。血が札を濡らしていた。


「二十五倍」


 短く、彼女が言った。昼間の三十倍ではない。それでも空気が鳴る。こよりの身体が消え、核の周囲で三つの音がした。蹴り。掌底。拳の爆ぜる音。


「今です!」


 四歩目。俺は転がるように前へ出た。写真の迷路が開き、壁が床になり、床が天井になる。蓮司の紙片だけが道になった。


 三人でいた。


 相談した。


 言えなかった。


 笑っていた。


 いなかったことにした。


 文字が足元で潰れるたび、核の動きが鈍る。蓮司が記憶を楔にしている。


 界喰(かいばみ)が二本目の縫い目を噛み砕いた。


 暗室が反転した。吊るされた写真のすべてに、同じ場面が浮かぶ。放課後の部室。若槻澪が泣きそうな顔で座っている。朝倉遥斗が窓際に立っている。そして、その間に、もう一人の少女がいた。


 顔はまだぼやけている。だが口元だけは見えた。笑っていた。無理に。自分が泣かないために、先に笑う人間の顔だった。


 ――じゃあ、私がいなかったことにすればいいよ。


 胸の奥が冷えた。


 こよりが俺の横へ着地する。血で滑り、膝が落ちる。俺は咄嗟に肩を貸した。自分の肩も外れかけているせいで、支えたというより互いに倒れなかっただけだ。


「立てますか」

「そっちが言う台詞かよ」

「立てます」

「じゃあ俺も立つ」


 核の奥から、少女の笑い声が漏れた。


 ――大丈夫。私、平気だから。


 平気なわけがない。平気な声を出している奴ほど、たいてい平気じゃない。そんなことは、俺でも知っている。


 こよりが俺の腰を掴む。引き戻すためではない。支えるためだ。蓮司も後ろから俺の服を掴んだ。三人分の体重が、一本の腕と一つの黒い口に乗る。


「そこだけだ! その縫い目だけでいい!」


 蓮司が叫んだ。


 全部を喰うな。澪を喰うな。朝倉を喰うな。消えた誰かを喰うな。喰うのは、そいつらを無理やり二人に縫い直した灰色の糸だけだ。


界喰(かいばみ)――!」


 俺が界喰(かいばみ)を振るうと縫い目が千切れ、夕方の部室の色が溢れる。窓から差す橙。三つ並んだ鞄。若槻澪が握りしめたハンカチ。朝倉遥斗が伏せた目。そして、三人目の少女の横顔。


 顔の半分だけが戻った。泣きそうに笑っている。短い髪が頬にかかっていた。だが名前だけがまだ白く抜けている。


 ――私が消えれば、二人は困らないから。


「させません!」


 こよりがうなりを上げる拳をぶつける。炎が下から噴き、核の再生が止まる。


「三上、次!」


 蓮司の声が掠れていた。鼻血が顎まで垂れている。彼は震える指で、写真の中の少女の名札の空白を指した。


「名前を塞いでる糸がある。そこを切れば、たぶん戻る」

「たぶんかよ」

「確実なんて、もう残ってない」


 その通りだった。確実なものなんて、とっくに血と現像液で滑って転んでいる。


 俺は外れた肩を無視して、界喰(かいばみ)を左手に持ち替えた。重い。視界の端が黒く滲む。こよりが隣に立ち、俺の左腕に自分の手を添えた。


「狙いは私が合わせます」

「斬るのは俺か」

「はい」

「責任重大だな」

「いつものことでしょう」


 蓮司が最後の紙片を投げる。昼間、暗室で拾った写真の切れ端だ。澪の指先と、誰かの袖口だけが映っている。それが名札の空白へ重なる。


 灰色の糸が浮いた。


 一本。


 髪の毛より細い。だが、その一本が、名前を縫い潰していた。


「そこ!」


 こよりが俺の腕を押し出す。界喰の切っ先が灰色の糸に触れた。一瞬、すべての音が消える。


 次に聞こえたのは、少女の声だった。


 ――本当は、消えたくなかった。


 界喰(かいばみ)が糸を噛み切った。


 暗室が縦に割れた。壁も床も吊るされた写真も、赤い安全灯の光までもがずれる。俺は床へ叩きつけられ、肺の中の空気を全部吐き出した。


 灰色の核は三つに裂けていた。一つは若槻澪の泣き顔を貼りつけた塊。一つは朝倉遥斗の伏せた横顔を貼りつけた塊。そして、最後の一つは名札の部分だけが白く抜けた少女の半身を抱え込んだ塊。


 幽禍は、また縫い直そうとしていた。


 灰色の糸が暗室中から伸びる。澪の頬へ、朝倉の首へ、名札の空白へ殺到した。


「三枝さん!」


 蓮司の声が飛ぶ。こよりは返事をしなかった。返事をする時間を、全部踏み込みに使った。


「二十倍」


 その一言で、空気が潰れた。こよりの姿が揺れ、次の瞬間、彼女は三ヶ所にいた。澪の塊へ掌底。朝倉の塊へ回し蹴り。名札のない少女の塊へ札。糸の束が弾け飛ぶ。


 だが壁一面の写真が裏返った。


 忘れろ。


 言うな。


 選ぶな。


 諦めろ。


 文字が釘に変わり、雨みたいに降る。こよりが札を広げて受ける。受け切れない釘が肩と太腿に刺さった。


「三上、左の束!」


 蓮司が叫ぶ。


 俺は返事の代わりに身体を投げた。左手一本で界喰を振る。黒い口が糸の束を噛み切り、澪の顔を覆いかけていた膜が剥がれた。


 澪の目が開く。


 ――ごめん。


 その声は、名札のない少女へ向けたものだった。


 名札の空白に、黒い染みが浮かぶ。一文字目の端。まだ読めない。だが、空白ではなくなった。


 蓮司が床を這うように進んだ。相関図の残骸、暗室で拾った切れ端、昼間に澪の鞄から出てきたメモ。それらを床へ叩きつけ、指先の血で線を引く。


「若槻澪、朝倉遥斗、もう一人。三人で暗室に入った。澪が隠した。朝倉が黙った。もう一人が、自分から消える理由を作った。名前はたぶん、澪が呼びかけてた。写真の裏。あの切れ端の端に残ってた。『――な』」


 幽禍(ゆうか)が吠えた。安全灯が破裂し、赤いガラス片が散弾みたいに飛ぶ。こよりが俺と蓮司の前に入った。札の壁を抜けた欠片が、彼女の頬と首筋を裂く。


 暗室が暗くなる。写真だけが光っていた。


 ――いらない。


 ――邪魔。


 ――二人なら平気。


 ――三人目なんて、最初から。


「黙れ」


 自分でも驚くほど低い声が出た。


 俺は界喰(かいばみ)を床に突き立てた。床の下を走る糸だけを探る。まだある。幽禍(ゆうか)は、表の糸を囮にしていた。本命は床下だ。三つの記憶を下から絡め、どれか一つでも引き抜けば、また全部が灰色に戻る。


「蓮司、下だ」

「床下か!」

「こより!」

「はい!」


 こよりが床を殴った。拳に貼った札が衝撃だけを通し、床板が円形に砕ける。その下から、灰色の糸の塊が露出した。根だ。写真の裏、壁の裏、床の裏を這い回っていた幽禍の根。


 俺はそこへ界喰を叩き込んだ。


 噛む。


 噛む。


 噛み千切れない。


 灰色の糸が逆に伸び、俺の手首へ絡む。肉の中へ入ってこようとする。


「押せ!」


 それだけ言った。こよりが俺の背中へ肩からぶつかり、蓮司も後ろから飛びつく。三人分の体重が、また黒い口に乗った。


 根の中から、名前の破片が吹き出す。


 な。


 つ。


 き。


 違う。それは澪の記憶の中に残っていた呼び方の破片だ。さらに奥。朝倉の沈黙の下。少女自身が押し殺した願いの下。


 そこに、もう一つの音があった。


 蓮司が叫ぶ。


「――七瀬!」


 名札の空白に、文字が走った。


 七瀬。


 その二文字が焼き付いた瞬間、暗室中の写真が一斉に落ちた。顔のない横顔が剥がれ、白い腕が灰になり、黒い波がただの液体へ戻っていく。


 だが終わらない。灰色の根の中央が裂け、中から写真を何十枚も貼り重ねたような薄い身体が這い出した。顔の部分だけが空白で、そこに澪、朝倉、七瀬の表情が順番に浮かんでは消える。


 これが本体。


 誰でもないまま、誰かの場所を奪っていたもの。


「三上、まだ核がある! あいつの胸だ。写真の留め具みたいなやつ!」


 幽禍(ゆうか)本体の胸に、小さな銀色の留め具があった。写真をアルバムに固定する、安っぽい三角の金具。それが心臓みたいに脈打っている。


 俺は界喰(かいばみ)を握り直す。右腕は使えない。左手の指も半分死んでいる。だから柄を掌に押しつけ、上着の裾を噛み切って無理やり巻いた。


 こよりが隣へ着地した。ふくらはぎから血が流れている。それでも、幽禍だけを見ていた。


「次で、届かせます」

「俺は喰えばいいんだな」

「はい」


 蓮司が床の写真を蹴り、道を作る。こよりが札を三枚、俺の足元へ投げた。血と現像液で滑る道が、三歩分だけ踏める道に変わる。


 一歩。幽禍の腕を、こよりが蹴り飛ばす。


 二歩。胸の留め具が開き、中から七瀬の名札を噛み潰そうとする小さな口が出た。蓮司の写真片が重なり、口が一瞬迷う。


 三歩。俺は跳んだ。


 幽禍の空白の顔に、俺の顔が映る。血まみれで、肩が外れて、片手で化け物に食らいつこうとしている、どうしようもなく間抜けな顔。


 悪くない。


 界喰を胸の留め具へ叩きつける。黒い刃が銀色の金具を噛んだ。幽禍が初めて声を上げる。写真が破れる音を、何百枚も重ねた悲鳴だった。


 留め具は外れない。幽禍の腕が俺の腹へ突き刺さる。浅くない。息が止まり、膝が折れる。それでも界喰は離さない。こよりの拳が幽禍の腕を爆散させ、蓮司が背後から俺の服を掴む。


 留め具に、ひびが入った。


 その奥から、七瀬の声がした。


 ――澪ちゃん。


 ――朝倉くん。


 ――私、まだここにいる。


 ひびが広がる。幽禍(ゆうか)の空白の顔に、怒り、恐怖、羨望、空っぽの笑みが浮かんでは消える。誰かになりたかったものの顔。その全部が、界喰の口へ吸い寄せられた。


 銀色の留め具が外れる。


 暗室の中央に黒い穴が開き、名前のないアルバムの切れ端みたいなものが引きずり出された。こいつが全部を縫っていた。こいつが、三人目を『誰か』にした。


 幽禍の切れ端が、最後の糸を伸ばす。狙いは七瀬の名札。


 こよりが動く。蓮司も動く。俺も動こうとした。


 黒い糸が名札へ届く寸前、暗室の奥で若槻澪の声がした。


 今度は、泣き声ではなかった。


 ――七瀬ちゃん!


 その名前が、赤い光の消えた暗室に、はっきり響いた。


 名札の文字が白く燃えた。七瀬。写真の中の少女が、初めて顔を上げる。泣きそうな笑顔ではない。泣いている顔だった。澪が呼んだ名に応えるように、彼女の輪郭が写真の中へ戻っていく。


 幽禍の糸が弾けた。


「喰え!」


 誰の声だったのか分からない。俺は残った力で界喰を押し込んだ。黒い口がアルバムの切れ端を噛み、灰色の糸を根ごと飲み込む。幽禍は抵抗し、三人の顔を次々に貼りつけた。だがもう遅い。七瀬という名前が戻った時点で、そいつは誰かの代わりにはなれなくなっていた。


 最後の糸が千切れる。


こよりは吸印札を取り出し、広げる。「封」の文字が光る。


「吸印!」


 切れた黒い糸は吸印札に吸い込まれる。灰色の核の残骸も全て吸い込まれた。


「吸印完了。討伐確認」


 こよりは札を畳んでポケットにしまうと膝をついた。


 暗室の闇が、普通の暗闇へ戻った。


 床には濡れた写真と割れた安全灯と、血と現像液が散らばっていた。赤い光はない。吊るされた写真もない。広がっていたはずの奥行きも消え、暗室はただの狭い部屋に戻っていた。


 俺はその場に崩れた。右肩は外れ、左手は痺れ、腹の傷から温かいものが流れている。こよりも膝をつき、肩で息をしていた。蓮司は鼻血を拭う余裕もなく、床の写真を拾い上げる。


 そこには、三人が写っていた。


 若槻澪。


 朝倉遥斗。


 七瀬。


 名字までは、まだ読めない。けれど顔は戻っている。キャプションにも、白く滲んでいた文字の上から、ゆっくりと七瀬の名が浮かび始めていた。


「……終わったのか」

「少なくとも、写真からは切り離した」


 蓮司の声は掠れていた。


「三上、三枝さん。動くな。今すぐ処置する」

「俺よりこよりを先に」

「両方だ。口答えするな」


 蓮司の手が淡く光る。無畏(むい)の光がこよりの肩口へ滲み、開いた傷を塞いでいく。ふくらはぎの裂傷、頬の切り傷、釘のような写真片が刺さった痕。完全に疲労が消えるわけではない。血を失った重さも、身体強化の反動も残る。それでも、命に届く傷は閉じていった。


「三枝さん、意識は」

「あります」

「立つな」

「立っていません」

「立とうとしていただろ」


 こよりは少しだけ目を逸らした。蓮司はため息をつき、今度は俺の腹へ手を当てる。


 光が熱を帯びる。刺された痛みが鈍くなり、切れた皮膚が寄っていく。外れた肩は治すというより、蓮司が顔をしかめながら正しい位置へ戻した。地味に一番痛かった。


「声を上げるなら上げろ」

「今さら格好つける相手もいないしな」

「だったら叫べ」

「痛ってえええええ!」


 叫んだ瞬間、こよりが少しだけ笑った。ほんの少しだったが、それで十分だった。


 暗室の外では、若槻澪が泣き崩れていた。いつからそこにいたのかは分からない。たぶん、名前を呼んだ瞬間からだ。彼女は写真を抱きしめ、何度も七瀬ちゃん、と繰り返していた。朝倉遥斗のことも、七瀬のことも、全部思い出したわけではないのだろう。記憶はまだ穴だらけだ。それでも、呼ぶべき名前だけは戻っていた。


 蓮司は写真を封筒に入れ、こよりが残った札で暗室を封じ直した。俺は壁にもたれて、その作業を見ていた。手伝おうとしたら、二人に同時に睨まれたので、戦力外通告を受け入れることにした。


「今回の件、どう説明するんだ」

「夜間の部室棟で写真部の備品が破損。原因は調査中。僕たちは第一発見者」

「便利だな第一発見者」

「便利に使うな。かなり苦しい」


 翌日、掲示板の写真は一枚だけ差し替えられていた。そこには三人が写っていた。若槻澪、朝倉遥斗、そして七瀬。キャプションの文字はまだ薄かったが、少なくとも白くはなかった。


 若槻澪は、写真の前で長いこと立っていた。朝倉遥斗も来た。二人とも、何を言えばいいのか分からない顔をしていた。分からないままでいいのだと思う。忘れていたことが許されるわけではない。思い出したからといって、全部が元通りになるわけでもない。


 ただ、なかったことにはならなかった。


 それだけで、今回は十分だ。


 昼休み、俺たちは中庭のベンチに座っていた。こよりは制服の下に包帯を隠している。蓮司の無畏で傷は塞がっているが、身体強化の反動までは消えないらしい。蓮司も眼鏡の位置を直しながら、いつもより少しだけ疲れた顔をしている。


「三上」

「何だよ」

「しばらく無茶は控えろ」

「俺だけに言うな。隣にもっと重症の無茶がいる」

「三枝さんにも言っている」

「問題ありません」

「その返答を禁止にしたい」


 蓮司が本気で頭を抱えた。


 こよりは静かにお茶を飲み、掲示板のほうへ目を向ける。


「七瀬さんの記憶は、すぐには戻らないかもしれません。でも、名前が残れば、辿れます」

「名前って大事なんだな」

「はい。呼ぶためのものですから」


 俺は昨日の暗室を思い出す。選んで、と繰り返した声。どちらかをほんとうにして、と迫った声。あれは二択ではなかった。誰かに選ばせることで、自分が選ばなかった責任を塗り潰すための仕組みだった。


 界喰が喰ったのは、その仕組みだ。


 七瀬を喰わず、澪も朝倉も喰わず、二人の物語に縫い直す灰色の糸だけを喰った。九衛門さんの言葉がなければ、たぶん間違えていた。間違えていれば、戻すべきものまで消していた。


「三上さん」

「何」

「今回は、ちゃんと選びましたね」

「どちらかを選んだ覚えはないぞ」

「選ばない、という選択です」

「それ、ずるくないか」

「必要なずるさです」


 こよりは真面目な顔で言った。


 蓮司がため息をつく。


「とにかく、しばらくは安静だ。三枝さんも、三上も、今日の放課後は真っ直ぐ帰ること」

「了解。写真部には近づかない」

「暗室にも入らない」

「恋愛相談にも乗らない」


 俺が言うと、こよりが少しだけ考えた。


「最後は難しいかもしれません」

「何でだよ」

「依頼文が届いたら、確認は必要です」

「だから嫌なんだよ」


 蓮司が眼鏡を押し上げ、真顔で言う。


「その場合は、まず相関図を作る」

「お前はもう相関図から離れろ」


 中庭に、昼休みのざわめきが戻っていた。誰かが笑い、誰かが走り、どこかでチャイムの予鈴が鳴る。昨日の夜、暗室で誰かの存在が消えかけていたことなど、ほとんどの人間は知らない。


 それでいいのだと思う。


 ただ、掲示板の写真には、三人が写っている。


 若槻澪がいて、朝倉遥斗がいて、七瀬がいる。


 その事実だけは、もう白く抜けていなかった。



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