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第2話 八月の夏空の下で(2)

昭和二十年八月?────


 「おい!!嘘、だろ…?冗談だよな?」


 あの後、俺は井上曹長とその部下たちに救助され、見慣れぬ軍艦の甲板まで上がった。

 すると、鈴木と名乗る准尉から、『少尉、まずはシャワーでも浴びて下さい。』と促され、そのまま俺は艦内へ案内されていた。

 そして、俺が通されたその場所には、シャワーだけではなく、一度に数名が入れる浴槽まで備え付けられていた。


 「最近の護衛艦では、標準化しつつあります!!では、曹長!!少尉に、この浴室の使い方のご説明を!!」

 「了」

 「それでは、少尉。私はここで失礼致します!!是非、浴槽へお浸かりになられてみて下さい!!」

 「承知した。本当にすまないな」


 ここまで、俺を案内してきてくれた、鈴木准尉をはじめとする、この軍艦の乗員の誰もが、井上曹長と同じ服装を、その身に纏っていた。

 極秘作戦中にも関わらず、俺を救助する為に、鬼畜共に見つかる危険を冒してまで、旭日旗を掲げてくれたことは本当に頭が下がる。


 「じゃあ、井上曹長。君も、一緒に入ろう。あと、俺にここの説明頼めるか?」

 「承知しました!!それでは、少尉。まずは、着衣などをお脱ぎいただけますか?」


 俺は井上曹長に言われた通り、それまで身に付けたままだった、携行品をまず取り外すと、航空服や航空靴などを脱いだ。そんな俺の様子を、見守っていた井上曹長も、鬼畜共のような戦闘服の上着に手をかけ、脱ぎ始めた。


 「曹長。それは確か……ティシャツとやらだな?」

 「はい!!この艦の乗員の大半は、我々海衛隊のTシャツを着用しております!!少尉、よくご存知で」

 「ああ、俺が撃墜して、捕虜になった敵操縦士も、航空服の下に似たものを着ていてな?」

 「成程!!少尉の搭乗機は、零戦(れいせん)の六二型でしたよね?」

 「ああ。それまでは、二二型や五二型に乗機してたんだがな?今回の航空特攻作戦の為に、特別賜ったんだ」


 自分の言った言葉で、俺自身に与えられた任を思い出した。こんな場所で、俺は呑気に油を売ってる場合ではなかったのだ。

 ただ、俺の乗機である零戦が、海面との衝突回避を行ったことで尾翼が破損を起こした。そのことが原因で、急激に推力を失った為、零戦は海へと不時着してしまい、結果的に水没することになった。

 この状況から、俺が任に復帰する為には、特攻用の爆弾を懸吊架可能な代替機が必要だ。


─_─_─_─_


 「佐野少尉、申し上げ難いのですが……。我々、海衛隊では戦闘機につきましては、一機たりとも有しておりません」

 「俺と一緒の浴槽に浸かり、語らった間柄ではあるが……そんな冗談よしてくれないか、井上曹長」

 「お言葉ですが、少尉。現在、航空戦の任につきましては、空衛隊(くうえいたい)が組織されておりまして……」

 「おお!!それぞれ、海戦、航空戦と専任組織という訳だな?俺の方が、早合点してしまったようで、すまないな?井上曹長」


 海軍航空隊に俺が入隊したのは、昭和十六年の十月のことだ。その年、第二次世界大戦が勃発したことで、陸軍、海軍共に志願兵を募り始めた。

 当時、十六だった俺は、海軍飛行予科練習生に自ら志願し、運良く甲種飛行予科練習生(以降、甲飛(こうひ))となることが出来た。

 そして、甲飛として土浦海軍航空隊へと配属されると、昭和十八年の一月までの間、履修を受けた。

 その後、練習航空隊で飛行訓練を受けた後、正式に航空隊基地への配属された。


 それからの俺は、戦闘機乗りとして、敵機の撃墜を重ね続けた。その功績により、俺は海軍飛行兵曹長となり、各地の手薄な海軍航空隊基地へと転属を繰り返していた。


 「いいえ。こちらも、少尉には最初にお伝えしておくべきだったと、反省しております」

 「ところで、俺たちが海上を漂ってるとき、拡声器で呼び掛けてきた女性、いただろ?彼女はどこの預かりだ?」

 「ああ、渡辺(わたなべ)さんのことですね」

 「渡辺……」


 その苗字を聞いて、一番に俺の頭の中に思い浮かんだのは、恋人の“渡辺まつゑ”の事だった。

 昭和二十年の四月、俺は転属先の海軍航空隊基地の近くで、母親と二人で食堂を切り盛りする、十六になる渡辺まつゑと出会った。

 おさげ髪が特徴的な、小柄で色白の器量良しという事もあり、まつゑ目当てで通う軍関係者が非常に多かった。その中には、三十二で未亡人となった、まつゑの母親を目当てで通う者もいたが、毎回上手くあしらわれていた。


 一体、俺の何が良かったのか、ある日まつゑの方からお声が掛かり、交際することになった。

 そもそも、俺の取り柄と言ったら、祖父譲りの百七十センチメートルを超える長身と、誰に似たのか精悍な顔つきだけだ。

 それらを俺から取ってしまったら、残るのは酒を浴びる程飲むわ、女遊びはするわ、他にも後ろめたいことばかりだ。

 だから、俺とは正反対の純真なまつゑを見て、心を入れ替えようと努力した。

 まず、酒は二合までと決め、女遊びはピタリとやめた。


 七月末、遂に俺にも航空特攻による出撃命令が出され、串良海軍航空隊基地へとその対象となった隊員たちが招集された。そこで八月を迎えると、俺は海軍少尉へと特別に昇格となった。

 そして、今日……零戦六二型に特攻用の爆弾を懸吊架した機体へと乗り換えて、俺たちは基地を飛び立ったのだ。


 因みに言っておくが、俺はまつゑには手を出していない。

 これからのまつゑの幸せを、俺は願ってしまったからだ。

 

 「はい。小柄で可愛らしい女性ですよ?それに、この艦の所属ではないんです」

 「小柄で可愛らしい……だと?その……渡辺さんって女性、色白で目の大きな感じか?」

 「はい、そうです!!って……?!えぇ……!?少尉は、渡辺さんにはお会いになられたこと……ありませんよね?!」

 「まあ、なんだ……。男の勘てやつだな!!曹長にはないのか?そういう勘ってやつがさ?」


 はじめは、“渡辺”という苗字に反応した所から始まった事だが、『小柄で可愛らしい』と言う井上曹長の言葉に乗っかり、それに恋人のまつゑを重ねただけだ。

 半分冗談のつもりで言ったことが、まさか本当にまつゑの容姿と符合するとは、俺は運命を感じずにはいられなかった。

 ただ、先ほど海上で軍艦から聞こえてきた声は、明らかにまつゑとは違った印象を受けた。もしも、まつゑの声であれば、まずはじめに俺が気付くはずだ。


 「曹長!!見た目からでいいが、渡辺さんの年頃はどれくらいか言えるか?」

 「はい……。恐らくですが、二十は過ぎているかと思われます!!」


 そういえば、まつゑにはよく似た従姉妹が、他県で暮らしているのだと、教わったことがあった。詳しいことを教えると、俺が従姉妹に目移りしてしまいそうだからと言って、まつゑはそれ以上教えてくれなかった。

 可能性から考えると、詳細な情報が不明なまつゑの従姉妹という線も大いにあり得る。ただ、まつゑ本人だという可能性も捨てきれないが、俺には乗艦する理由が見出せなかった。


 「二十過ぎか……成程。因みに、渡辺さんの下の名前は何と言うんだ?」

 「あとは、ご本人に直接お聞きになられて下さい」

 「ああ、そうするとしよう。戻るところを引き留めてしまって、悪かった」

 「いえ。佐野少尉、お気になさらず。では、失礼します!!」


 実は今、俺と井上曹長は浴室から出た場所にある、脱衣所で語らっていたのだ。

 浴室での俺と井上曹長は、それぞれシャワーを浴びて身体を洗い流した後、二人で浴槽へと浸かりながら、他愛のないことを語らった。

 そして、先に俺が浴室から出た時だった。

 先程まで、確かに脱衣所のカゴへと入れておいた、俺が着ていた航空服などの一式が忽然と消えていたのだ。

 続いて浴室から出てきた井上曹長が慌てた様子で、俺たちが入浴している隙に、洗濯にまわすようにと、自分が部下に指示したと言ってきた。

 洗濯物が乾くまでの間と、井上曹長から例の戦闘服一式が入ったカゴを、俺は手渡されていた。


 「もう!!井上さん!!お風呂上がったら、文由さんを連れてきて下さいって……私、お願いしてましたよね?」

 「ごめんなさい!!ついつい、佐野少尉との会話に花が咲いてしまって……。って……文由さんって、誰のことですか!?」


 この艦の乗員には、佐野少尉とは呼ばれているが、俺から文由と名乗った覚えはない。だから、井上曹長が知らないのも無理がなかった。

 それに、背中越しではあったが、この口調は俺の恋人である渡辺まつゑが、怒った時に似ていた為、思わず振り返ってしまった。


 「まつゑ……?!」

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