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第1話 八月の夏空の下で(1)

昭和二十年八月────


 「まつゑええええええええ!!」


 俺の名は……。

 いや、もう名乗るのも烏滸がましい。

 まさに今、俺は洋上で恋人の名前を叫びながら、乗機の操縦桿を倒すと、急降下しながら敵艦目掛けて特攻中だからだ。

 恋人が平和な世の中で、幸せに生きられることを、ただ願って。

 幸いなこと、敵艦からの対空砲火は不思議と当たらない。


 少し前方を飛んでいた僚機は、被弾したのか白煙をあげながらも、敵艦の艦橋への特攻を見事遂げたのが視認できた。

 その直後、僚機に積まれていた数百キロの爆薬により、敵艦の艦橋が爆炎に包まれた。

 一度、操縦桿を戻して、俺は機体を立て直すために急上昇を行った。


 「太田ああああ!!お疲れさんでした!!先に酒でも一杯やっててくれよ?俺も……すぐ行く」


 徐々に、俺の乗機が敵艦との距離が近くなってきた。

 味方の艦橋を直撃されたこと受け、先程と比べ敵艦からの対空砲火の弾幕が増えてきている。

 俺はそれをどうにか掻い潜るのが、やっとになってきた。


 「おいおい……。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってか?」


 ただ、俺の故郷の富士郡辺りでは、陸軍の一式が飛来した敵機との空中線を繰り広げ、数多く撃墜したと耳にしたので、黙ってやられる気はない。

 しかし、近隣の静岡市では、軍の関連施設と思しき地域への、焼夷弾や機銃掃射などを用いた空襲が、何十回にも及び、多くの住民の命が奪われていると聞く。


 「おんな子どもにも容赦ない、鬼畜どもめ!!」


 そんな俺の叫びなどはつゆ知らず、今日は昭和二十年の八月に入ったばかりで、とても良い天気だ。

 真っ青な夏空だけ見上げていれば、ここが第二次世界大戦の真っ只中なんて、誰も思いはしない。


 「本当に綺麗な夏空だ……。まつゑにも見せてやりたいくらいだな」


 こんな世の中じゃなかったら、俺は今頃まつゑと祝言でもあげていただろう。

 いや、こんな世の中だったから、俺はまつゑと出会えたのだった。


 「ああ。そんな弾、当たらない。当たらない。鬼畜のくせに、俺一機落とせないでやがるぜ?笑わせる!!」


 操縦桿を傾けた俺は、先に酒を飲んで待っている太田を追い、敵艦の艦橋への特攻と見せかけ、手薄の敵空母の飛行甲板へ一直線に降下し始めた。

 本土に対し空爆してくる敵機を減らすには、これが一番効果的なのだ。


 「ああ。こんなとき、あれがまだ残ってたらな。」


 こんな時に、昔実家の離れが火事に遭った際、焼失してしまったもののことが、ふと俺の頭を過ったのだ。

 もしも、あれが使えたら、そう思うと悔しさだけが残る。

 使えないから俺は、こうして積める限界の爆薬を乗機に搭載しているのだ。

 敵空母の飛行甲板へと特攻することで、敵機の離着艦を不可能にさせることしか、今の俺には出来ない。


 「まつゑええええ!!愛しているぞおおおお!!」


 操縦席の計器付近に貼られた、恋人の写真を見ながら、俺は敵空母の飛行甲板のど真ん中へ、突っ込んでいった。


─_─_─_─_


 「あ……れ?」


 特攻する瞬間、流石の俺でも目を瞑ってしまったようだ。

 とっくに飛行甲板に特攻を果たし、俺は乗機と共に戦友達の待つ場所へ向かっているはずだった。

 だが実際には、俺は目を開けてみると、敵空母が居たはずの場所にはそんな影すらなく、ただ海面が近づいて見えるだけだった。


 「やばいやばいやばいやばい!!」

 

 このままの角度で進めば海面に対し、無駄に特攻する羽目になる為、俺は慌てて操縦桿を目一杯引いた。


 「うおおおおおおおお!!」


 何とか、機首を上げることには成功し、海面への特攻だけは回避できたが、尾翼は海面へとぶつかり破損してしまった。

 その為、尾翼揚力を失った乗機と俺は、穏やかな海原へと不時着する形となった。

 こうなってしまうと、敵でも味方でも構わないのだが、あとは海面を漂いながら、救援を待つしかなかった。


 「ん、何だ……?さっきとは、空の青さがえらく違う気がするな……」


 八月の夏空を、這い出た乗機の上から、再び俺は見上げた。しかし、どういう訳か、先程のような真っ青な夏空ではなかった。

 少しガスった感じの青空というのが、俺的にはしっくりくる。

 そんなことを考えながら、だだっ広く何もない太平洋を俺たちは漂っていた。


 「ん……?船か?」


 すると、俺たちの後方から船舶のエンジン音と、波を切る音が聞こえ始めた。

 音がしてきている方を俺は向くと、見たこともない形状の軍艦がこちらに向かって、高速巡航してきているのが分かる。


 「我が海軍には、まだこんな大型戦艦があったというのか……?」


 どうして、俺がこちらに迫り来る軍艦を見て『我が海軍』と言ったのか。それは、誰でも一目瞭然だったからだ。

 その軍艦の船尾部分で、旭日旗のようなものが棚引いてるのが見えたのだ。


 ──「こちらは海衛隊(かいえいたい)です!!」

 ──「佐野少尉!!お迎えに参上仕りました!!」


 俺の名前を呼ぶ若い女性の声が、拡声器でも使ったかのような周囲に響き渡る程の大きさで、軍艦の方角からハッキリ聞こえてきた。

 この軍艦には、看護婦も乗船しているのだろうか。

 ただ、最初にその女性は、自らの所属を“海衛隊”などと名乗っていた。

 そうか、海軍にはそのような名称の部隊が、密かに設立されていたということか。

 そうでなければ、この見たこともない形状、武装、塗装をした軍艦について、説明がつかない。


 ──「お怪我などはございませんか?」


 とりあえず、沈み掛かっている乗機の上に立って、俺は大丈夫だぞと大きく手を振ってみせた。


 ──「今、救助の者をそちらへ送りますので、佐野少尉は暫時お待ちください!!」


 先程から、佐野“少尉”と俺は呼ばれているが、聞き慣れておらず違和感しかない。

 海軍少尉を拝命したのは、特攻出撃した今日から遡ること二日前のことだ。特攻するにあたり、これまでの敵機撃墜の戦果から、特別に海軍兵曹長からの昇進となった訳だ。


 だから、俺が“少尉”であることを知るのは、同じ基地の者達だけなのだ。

 それに、こんな広い太平洋の上で漂流している乗機を見ただけで、どうして俺の名前が一番に出てきたのだろうか。


 この海域を飛んでいたのは、俺だけではない。先に行って大きな戦果を海軍に齎してくれた、海軍上等兵曹の太田だって飛んでいた。

 他にも、俺たちに続いて飛んでいた僚機は大勢いたはずなのにだ。

 

 「失礼します!!佐野少尉!!自分、海衛隊所属、曹長井上であります!!これより、少尉を救助させて頂く為、自分が一度そちらへ降下致します!!少し離れていて頂けますでしょうか!!」


 そんなことを考えていると、気付けば海衛隊と称する部隊の軍艦が、俺の前方まで来ていた。あまり近付き過ぎると、軍艦から生じる波の影響を、俺がモロに喰らうのを考慮してのことだろう。

 そして、井上と名乗る下士官が、その軍艦の先端に立ち、声を張りながら俺に声を掛けてきている。


 「承知した!!ところでだ、曹長。その……鬼畜共のような出立ち、一体どうした?」


 ふと俺の目が止まったのは、井上曹長の服装だった。

 それはまるで、鬼畜共の作業服や戦闘服に酷似していた。

 もし仮に、曹長たちの部隊が海軍の諜報部隊だとする。そう考えれば、酷似した出立ちは鬼畜共を欺くための、重要な道具であり生命線ではある。


 「佐野少尉。少し申し上げにくいのでありますが、現在我々は極秘作戦中であります!!」


 なるほど、そういうことか。たまたま、作戦中に俺が海面に不時着する瞬間を遠くから見かけ、急行したというのはあり得ない話でもない。

 船尾に旭日旗を掲げてあるのは、俺たち戦闘機乗りは有事の近接戦闘を想定し、十四式を携行している為だ。

 向こうも、俺にいきなり撃たれたくはないだろう。


 ──「詳しいお話は、艦橋内でお話させて頂きます!!」


 「承知した!!」


 軍艦からまた、先程の若い女性の声が、拡声器のようなものを通して周囲に響き渡った。とりあえず、俺の今の現状も把握したかったので、潜水服に着替えた上で、降下を始めた井上曹長の到着を待っている。


 俺は、八月の夏空の下、太平洋のどこかに漂う乗機の上に乗って。

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