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第3話 八月の夏空の下で(3)

令和元年八月五日────


 「文由さん?私に着いてきて下さい!!」

 「お、おう……。曹長、付き合わせて悪かった!!」


 まつゑと思しき女性の渡辺さんが、俺の手を掴むと艦内を先立って歩き始めた。その柔らかな手の感触、まさにまつゑそのものとしか言いようがなかった。


 「本当に、ご無事で何よりです。私たちは、ずっと……文由さんの身を案じ続けておりました」

 「そうだったのか……」

 「はい。文由さんは『まつゑは、まだ若い。だから、俺に捉われずに幸せになってくれ。それが俺の願いだ。』と仰いましたが、無理でした」

 「そうか……。まつゑには、辛い思いをさせてしまったな」


 七月末、串良海軍航空隊基地に向かう前日、俺はまつゑに対して最期の別れを告げた。

 今、艦内のどこかへと向かう為、俺の手を握りながら歩みを進める渡辺さんは、その時告げた通りの言葉を交え返してきた。

 やはり、まつゑの関係者であることは、間違いないようだ。まつゑ本人でないことは、やはり声質が違うことで、俺は気付いてしまった。

 ただ、渡辺さんの背格好や容姿、喋り方や立ち振る舞いは、まるでまつゑを見ているようだ。


 「では、こちらの部屋へお入り下さい」

 「ああ。ここまで案内して貰って、すまなかったな?」

 「いえいえ……。私には、勿体無いお言葉です……」


 “関係者以外立ち入りを禁ず”と、鋼鉄の扉に張り紙がしてある部屋の前で、渡辺さんは立ち止まったことで、後をついて来た俺と向き合う形になった。

 どうしたことか、渡辺さんは俺と面と向かって会話を続けるうちに、色白の顔がどんどんと真っ赤になっていくのが分かった。

 そういえば、まつゑも俺とは目と目を合わせては、緊張するとか言って殆ど話してくれず、大体横に並んで手を繋いで話すことが多かった。

 ようやく、まつゑがどうして避けていたのかが、俺は分かったような気がした。


 「ほら?立ち話もなんだ、部屋に入れてくれないか?」

 「あ……はい!!そうでした!!」


 これ以上、俺と向き合っているせいで、渡辺さんを緊張させてしまっては、かわいそうだと判断した。

 水を得た魚のように、施錠されていた扉の鍵を渡辺さんは開錠すると、ゆっくりと部屋の内側へと押し開けた。


 「文由さん、どうぞ?お入りになられて下さい」

 「ああ、失礼する」


 部屋の造りからして、恐らく特別な客人を招いた時に使用する、ベッドや調度品などの置かれた貴賓室のようだ。何故、渡辺さんがこのような部屋を使用できているのか、俺には理解できなかった。


 「ここのお部屋は、防音と遮音が施されておりますので……」

 「他に聞かれてはならないことを、話せると?」

 「はい。もしもの話をしますが……文由さんが、ここで私を押し倒してきたとしても……外には気付かれない。そう言うことです……」


 そんな譬え話、渡辺さんは色白の顔を、耳まで真っ赤にさせてまで、俺に伝えるような内容だったのか。

 いや、きっと渡辺さんには、何か他に考えがあってのことに違いない。

 よく考えてみれば、雰囲気のある部屋に若い男女が二人きりという、この微妙な雰囲気が俺も気になってはいた。


 「じゃあ、今から俺がそういう事をしても構わないと……?」

 「え……?!あ……。はい……」


 このままの流れだと、渡辺さんが恥ずかしい思いをしただけの、独り相撲になってしまうと思った俺は、話を合わせてあげただけだった。

 しかし、俺の思いとは裏腹に、渡辺さんからは想定外の返事が来てしまった。

 こうなってくると、俺にもこの先の展開など、全く予想もつかない状況だ。

 

 「渡辺さん、冗談……だよな?」

 「いいえ……。以前より、覚悟は出来ておりましたので……」

 「以前って、一体どう言う意味なんだ?」

 「そろそろ、ネタバラシでも致しましょうか」


 全く、渡辺さんの言っている意味が、俺には理解出来なくなってしまった。

 『以前より』と言われても、俺と渡辺さんは初対面な筈だ。

 例えば、渡辺さんがまつゑの従姉妹だとしても、ほんの数日前、俺が別れ際に伝えた言葉を知っているのは、おかしすぎるのだ。


 「私の名前は、渡辺(わたなべ)澪璃(みおり)と申します。渡辺まつゑの従姉妹の曾孫にあたります」

 「従姉妹の曾孫……だと?!さては……まつゑの従姉妹である澪璃さんは、俺のことを揶揄っているのだな?」


 まつゑの従姉妹までは、俺には理解出来たのだが、その曾孫というのは意味不明だった。

 曾孫となれば、俺とは少なくとも五十くらいは、歳が離れていることになる。

 それに、俺は二十だし、まつゑはまだ十六だ。


 「いいえ。ちなみに私の歳は二十七ですので、文由さんより七つも歳上ということになります」

 「もう、澪璃さんの言ってる意味が分からん」

 「え……!?でも、今日が八月五日ということは間違いないです」


 二十七だと澪璃さんから言われても、俺にはそうは見えなかった。それより、女性に年齢を言わせてしまった事は、俺にとってかなりの不覚だった。

 ただ、今日が八月五日だと分かると、俺は少し安堵のため息をついた。


 「余計に頭が混乱してくるな……。では、今日は昭和二十年八月五日で間違いないな?」

 「いいえ。今日は、令和元年八月五日になります」

 「令和……元年だと!?それでは、西暦では何年なんだ?一九四五年ではないのか?」

 「はい。残念ですが……。令和元年を西暦にしますと、二〇一九年になります。文由さんが居た時代から、既に七十四年経っております」


 ふと、思い出した事があった。俺の実家には、海外の小説や児童書の翻訳本があり、その中にタイムマシンを使い、未来や過去にタイムトラベルするという小説があった。その頃、俺はまだ尋常小学校に通っていたが、子供ながらに、タイムトラベルした先の人間に干渉する事で、未来が変わってしまう怖さを覚えた。


 「澪璃さんは、俺が……七十四年後の未来へと、タイムトラベルしたと言いたいのか?」

 「え……?!はい!!文由さんの仰ってる内容で、おおかた合っております」

 「ただ、それが文由さんご自身の意思で、タイムトラベルされたのでなく、私たちの意思でということになりますが」


 “タイムトラベル”と俺が言った瞬間、澪璃さんが驚きの声をあげたのは、何だか一杯食わせてやった感じがして良かった。まさか、俺がタイムトラベルを知ってるとは思わなかったのだろう。

 意外と思うだろうが、俺は海外の小説については、潜水艦でへいく冒険譚など色々読んでいる。


 「まさか……時間を司る異能か?それとも、同等の能力を持つ式神でも使役してるか?」

 「はい。後者の方になります。文由さん……何でもご存知なのですね?」


 時間を司る式神の遣い手の家系があるのだと、尋常小学校の頃に聞いた記憶があった。

 ただ、例のタイムトラベルの小説の通りで、現在の状況を大幅に変えてしまう、過去への干渉については、禁じられているとも聞いた。


 「失礼なことを言うかもしれないが、澪璃さんは……遣い手ではないな?」

 「何でもお分かりなのですね?では……私のスリーサイズの方も、文由さんには既にお分かりになられているのでしょうか?」

 「おい!!それは、冗談が過ぎるだろう?」

 「今から、文由さんご自身の手で……隅々までお調べいただくのは、如何でしょうか?私の方は、その覚悟は出来ております。それに、まつゑおば様からは、赦しを得ております。『もう、おばあちゃんで何も出来ない私の代わりに、文由さんのことをお願い。』と」


 まさか、ここで“まつゑおば様”という言葉が澪璃さんの口から飛び出すとは、予想だにしない事態だった。

 しかも、澪璃さんはまつゑから直々に、俺の相手をするように指示されているようだ。


 「まつゑが……?!そうだ!!まつゑは、この時代でも存命なのか!?」

 「はい。今年で九十になりました。今は、静岡県富士市の岩松地区にあります旧家にお住まいで、名前も“佐野まつゑ”に変わっております」

 「岩松……だと?しかも、佐野姓で旧家……」


 思い当たるのは、一軒しかなかった。

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