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瑠璃窓の宝石商  作者: 秀人


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第四話 虹を閉じ込めたオパール(前編)

元宝石詐欺師の宝石商が、偽物に隠された真実を鑑る。


第四話「虹を閉じ込めたオパール」前編です。

白河周吾が告げた次の石は、見る角度によって虹色を浮かべるオパール。


空白の横に隠されていたのは、鳴海硝子ではない、もうひとつの欠けた名前でした。

瑠璃窓の青い小窓に、朝の光が薄く差していた。


水城玲央は、カウンターの上に置いた古いメモを見つめていた。


Sapphire

Diamond

Ruby

Alexandrite

Opal


青。

白。

赤。

変色。

虹。


十年前の青の王冠に関わる石たち。


前回のアレキサンドライトは、玲央自身の記憶を揺らした。

十年前、彼が偽物だと思った王冠は、本当に偽物だったのか。

それとも、夜の光に騙されただけだったのか。


問いは増えた。


答えは、まだひとつも足りていない。


玲央はメモの最後の行に視線を落とした。


Opal。


その横には、何も書かれていない。


名前もない。

頭文字もない。

管理番号もない。


空白。


白河周吾は、それを「最後の余白」と呼んだ。


虹は、美しいだけではない。

見る者によって、色を変える。

隠したものを、もっとも美しく見せる。


電話の向こうで聞いた白河の声が、まだ耳の奥に残っている。


玲央は静かに息を吐いた。


オパールは、厄介な石だ。


ダイヤモンドのように硬くない。

サファイアやルビーのように、はっきりした色で語らない。

石の中に小さな水を含み、光を受ける角度によって虹のような遊色を見せる。


美しい。


だが、美しさの正体がつかみにくい。


人間の記憶に、よく似ている。


扉の鈴が鳴った。


玲央はメモを閉じ、顔を上げた。


入ってきたのは灰原律だった。


今日は私服ではない。きちんとしたスーツ姿で、いつもより少し疲れて見える。


「おはようございます」


「おはようございます。刑事さんが朝から来ると、店の空気が硬くなりますね」


「あなたの店が柔らかすぎるだけです」


律はそう言って、カウンターに一枚の写真を置いた。


「白河周吾が動きました」


玲央は写真を見た。


そこには、一つのペンダントが写っていた。


中央に留められているのは、乳白色の石。


その奥に、赤、緑、青、金の細かな光が散っている。


オパールだった。


「綺麗ですね」


玲央は言った。


「写真だけなら」


律が返す。


「写真だけなら、ですか」


「オパールは実物を見ないとわかりません。写真では、遊色の出方も、透明度も、ひびも、処理も見えにくい」


「これが、昨夜ある画廊に届きました」


「画廊?」


「馬車道にある小さなギャラリーです。差出人は不明。中にはこのペンダントと、短いカードが入っていた」


律はもう一枚、写真を出した。


白いカードに、黒い文字が書かれている。


『虹の下に、欠けた名前が眠っている。』


玲央はその一文をじっと見た。


欠けた名前。


青の王冠が示していたという、古い取引に関わった人間たちの名前。


そのうちの、まだ見つかっていない誰か。


「画廊の名前は?」


「霧笛画廊」


「持ち主は?」


「榊悠真。三十七歳。現代美術を扱う画商です」


玲央の指が止まった。


律はそれを見逃さない。


「知っていますね」


「名前だけです」


「あなたの“名前だけ”は、たいてい怪しい」


「信用が積み上がっていますね」


「不信感です」


玲央は少し笑った。


「榊悠真さんは、白河さんの周辺にいた人物です」


「やはり」


「ただし、宝石商ではありません。絵を扱っていた。白河さんは宝石だけでなく、絵画や骨董にも手を伸ばしていましたから」


律は短く頷いた。


「榊は、ペンダントを警察に届ける前に、あなたを呼べと言いました」


「私を?」


「はい」


「面識はありません」


「相手はそう言っていません」


律は玲央を見た。


「榊悠真は、あなたに会えば白河の意図がわかると言っています」


玲央は、写真のオパールに目を戻した。


乳白色の石の中に、虹が揺れている。


美しい。

けれど、どこか空白に見えた。


「それで、私は行くべきですか」


「本来なら、来るなと言いたいところです」


「本来でなければ?」


「今回は、あなたを餌にしたほうが白河が動く」


「刑事さんも言うようになりましたね」


律は表情を変えなかった。


「あなたから学びました」


玲央は苦笑した。


「よくない影響です」


「自覚してください」


律は写真を封筒に戻した。


「榊悠真は午後二時に画廊で待つと言っています」


「わかりました」


「ただし、条件があります」


「隠し事をしない?」


「それは常にです」


「厳しい」


「今回はもうひとつ」


律は玲央をまっすぐ見た。


「白河に関わる名前が出たら、その場で話してください」


玲央は答えなかった。


律の視線が鋭くなる。


「水城さん」


「わかりました」


「本当に?」


「努力します」


「その返事は信用しません」


「では、確認してください」


律は溜息をついた。


「本当に面倒な人ですね」


「よく言われます」


玲央はメモを引き出しにしまった。


Opal。


空白の横に、まだ誰の名もない。


けれど白河が「次」と告げた以上、その空白はすでに動き始めている。


虹の下に、欠けた名前が眠っている。


玲央はその言葉を心の中で繰り返した。


欠けた名前。


欠けているのは、王冠の記録か。

それとも、人間の記憶か。






馬車道の霧笛画廊は、古いビルの二階にあった。


階段は狭く、手すりには真鍮が使われている。壁には古いポスターが額装されて並び、薄暗い廊下の先に、磨り硝子の扉があった。


扉には、小さな文字で霧笛画廊と書かれている。


玲央と律が入ると、室内には油絵具と古い木の匂いが漂っていた。


白い壁に、抽象画がいくつか掛けられている。

青と黒の重なった絵。

赤い線が走る絵。

そして、虹色の光を閉じ込めたような、不思議な小品。


画廊の奥に、ひとりの男が立っていた。


榊悠真。


年齢は三十代後半。

細身で、長めの髪を後ろに流している。黒いタートルネックに、深い緑のジャケット。画商というより、舞台俳優のような雰囲気があった。


男は玲央を見ると、微笑んだ。


「久しぶり、と言うべきかな」


玲央は少しだけ首を傾げた。


「お会いしたことが?」


「直接はない。けれど、あなたの名前はよく聞いていた」


「白河さんから?」


榊は笑みを深くした。


「それ以外に、誰が?」


律が一歩前に出る。


「神奈川県警の灰原です。ペンダントについて話を聞きます」


「怖い顔だ」


「必要ならもっと怖くします」


「刑事さんは冗談が苦手そうだ」


「今は冗談を言う場面ではありません」


榊は肩をすくめた。


「そうかもしれない」


彼はガラスケースの前へ歩いた。


中には、例のオパールペンダントが置かれていた。


写真よりも、実物はずっと静かだった。


乳白色の石の奥に、虹が眠っている。

角度を変えなければ、その虹は見えない。

だが、ひとたび光が入ると、内部から青や緑、橙の火がふっと立ち上がる。


玲央は白い手袋をはめた。


「拝見しても?」


榊は頷く。


「どうぞ。私は、それが何なのか知りたい」


「知らないのですか」


「昨夜、届いた。送り主は書かれていない。ただ、カードが一枚」


「虹の下に、欠けた名前が眠っている」


玲央が言うと、榊は目を細めた。


「聞いているんだね」


「ええ」


「では、それが白河周吾からだということも?」


律が問う。


「確証はあるんですか」


「ない」


「では、なぜ白河だと?」


榊は壁に掛けられた一枚の絵を見た。


「彼は昔から、答えそのものではなく、答えに見えるものを送る男だった」


玲央はペンダントを持ち上げた。


「白河さんらしいですね」


「あなたなら、よく知っているだろう」


「知りたくなかったことも含めて」


榊は小さく笑った。


玲央はオパールをルーペで覗く。


天然オパール。

おそらくオーストラリア産。

母岩はほとんど見えない。カボションカット。

遊色は強いが、全体の透明度はやや乳白寄り。


石そのものは本物に見える。


ただ、枠が気になる。


ペンダントの金具は古い。

H.C.の刻印は見えない。


だが、裏側に細い溝がある。


装飾にしては不自然な溝。


玲央は角度を変えた。


「開きますね」


律が反応する。


「ロケットペンダントですか」


「ええ。かなり薄いですが」


榊が眉を上げる。


「開くのか」


「ご存じなかった?」


「昨日届いたばかりだ」


玲央は慎重に爪をかけ、裏蓋を開いた。


中には、何もなかった。


少なくとも、肉眼では。


空白。


律が言う。


「何も入っていない」


「何も入っていないことが、意味を持つ場合もあります」


玲央は裏蓋の内側を見た。


そこには、削られた跡があった。


何かの文字が、削り取られている。


「欠けた名前」


玲央は呟いた。


律が近づく。


「名前が消されている?」


「その可能性があります」


「復元できますか」


「やってみましょう」


玲央は小型ライトを当てた。

斜めから。

低く。

何度も角度を変える。


削られた金属面に、かすかな線が浮かぶ。


文字の一部。


N。


その隣に、aのような丸み。


さらに、欠けた縦線。


玲央は息を止めた。


「鳴海……?」


律が言う。


「Narumi?」


榊の表情が変わった。


「鳴海?」


「心当たりが?」


玲央が尋ねる。


榊は少し迷った。


「十年前、白河が言っていた。鳴海家には、本物を見る目がある女がいる、と」


「鳴海硝子さんですか」


「名前までは知らない」


「本当に?」


律の声が鋭くなる。


榊は視線を逸らさない。


「本当だ。私は当時、まだ若かった。白河の周辺にいたが、中心にはいない。絵を運び、客を案内し、場を整えるだけだった」


「詐欺の片棒を担いでいた?」


「そう言われれば否定できない」


榊は静かに言った。


「だが、王冠の夜には関わっていない」


玲央は榊を見た。


「王冠の夜、あなたはどこに?」


「この画廊だ」


「ここに?」


「当時は私の師匠の画廊だった。私は留守番をしていた」


「証明できますか」


榊は笑った。


「十年前の夜の留守番を? 難しいね」


律がメモを取る。


玲央はペンダントを黒い布の上に戻した。


「このオパールは、何かを隠しているようで、実際には何も隠していない」


「どういう意味です」


律が聞く。


「中身が空です。名前は削られている。つまり、ここにあった情報はすでに消されている」


「では、手がかりにならない?」


「いいえ」


玲央はオパールを見た。


「削った人間の意図が手がかりになります」


「意図?」


「消したい名前があった。でも完全には消しきれていない。あるいは、消しきれないようにわざと残した」


榊が言った。


「白河なら後者だろうね」


「ええ」


玲央は頷いた。


「彼は完全な沈黙を嫌う。沈黙に見せかけた誘導を好む」


律は不快そうに言う。


「詐欺師の美学ですか」


「もっと悪いものです」


玲央は静かに言った。


「人の疑い方まで設計するんです」


そのとき、画廊の奥から小さな物音がした。


律がすぐに振り向く。


「誰かいますか」


榊の表情が変わる。


「今日は休廊にしている。誰もいないはずだ」


律が奥へ向かう。


玲央も続く。


画廊の奥には、小さな事務室があった。

机。

棚。

古い金庫。

積まれた額縁。


窓は開いていない。


だが、机の上に一枚の紙が置かれていた。


さっきまでなかったものだと、榊が言う前にわかった。


白い紙。


そこには、細い文字でこう書かれていた。


『虹を見る者は、空白を埋めたくなる。』


律の顔が険しくなる。


「誰かが今、ここにいた」


榊が青ざめる。


「そんなはずは……」


玲央は紙には触れず、周囲を見た。


机の横に、額縁用の布が落ちている。

その下に、小さな靴跡。


画廊の裏口へ続く通路。


律がすぐに走る。


裏口はわずかに開いていた。


外には細い非常階段があり、下の路地へ続いている。


律は階段を駆け下りた。


玲央は追わなかった。


代わりに、事務室の机を見た。


紙の横に、何かが置かれている。


小さな石。


いや、石ではない。


オパールの欠片だった。


乳白色の中に、ほんのわずかな緑が見える。


玲央は息を呑んだ。


ペンダントのオパールには欠けがない。


つまり、これは別のオパール。


あるいは、もともと一つだった石の欠片。


榊が震える声で言った。


「それは何だ」


「欠けた虹です」


玲央は答えた。


「おそらく、こちらが本命です」


「どういうことだ」


玲央は欠片を光にかざした。


小さなオパール片の中に、青い光が一瞬走った。


その青は、妙に深かった。


青の王冠のサファイアを思わせるほどに。


律が戻ってきた。


「逃げられました。裏の路地に出た形跡があります」


「顔は?」


「見ていません」


「そうですか」


律は玲央の手元を見る。


「それは?」


「オパールの欠片です」


「ペンダントの?」


「違います」


「なぜ断言できる」


「ペンダントの石に欠けはありません。それに、遊色の出方が違う」


律が顔をしかめる。


「また石が二つ」


「ええ」


玲央は欠片を黒い布に置いた。


「本物のペンダントに、別の欠片。空のロケットに、削られた名前。そして、今置かれた紙」


榊が言った。


「白河の仕業なのか」


玲央は紙の文字を見る。


虹を見る者は、空白を埋めたくなる。


「白河さんらしい言葉です」


律が言う。


「つまり、我々に推理させたい?」


「正確には、間違った推理をさせたい」


玲央は静かに言った。


「空白を見ると、人はそこに意味を入れたくなる。名前が削られていれば、残った線から誰かの名前を想像する。オパールが欠けていれば、元の形を探したくなる」


「それが罠?」


「はい」


「では、鳴海の名前も罠ですか」


玲央は答えなかった。


ペンダントの裏蓋に残った、Nとaのような痕跡。


鳴海。

Narumi。


そう読ませたいのか。

それとも、本当に鳴海の名が消されたのか。


わからない。


だからこそ危険だった。


「榊さん」


玲央は画商を見る。


「この画廊に、十年前からある作品はありますか」


「いくつかある」


「虹、あるいはオパールに関わるものは?」


榊は少し考えた。


それから、壁の奥に掛けられた小さな絵を指した。


「これだ」


その絵は、入口からは目立たない場所にあった。


黒い背景の中に、虹色の丸い光が浮かんでいる。

抽象画に見える。

だが近づくと、その虹色の光は宝石のようにも見えた。


題名は、額の下に小さく記されていた。


『欠けた王冠』


玲央は、その題名を見て息を止めた。


律が言う。


「十年前からあるんですか」


榊は頷いた。


「師匠が亡くなる前から、ここにあった。作者不明。売り物ではないと言われていた」


「誰が持ち込んだ?」


「知らない」


「本当に?」


榊は苦しそうに言った。


「本当に知らない。だが白河が一度、この絵の前で笑っていたのを覚えている」


玲央は絵を見つめた。


黒い背景。

虹色の丸い光。

その周囲に、かすかな金の線。


王冠の形に見えなくもない。


「外しても?」


榊は頷いた。


律が慎重に絵を壁から外す。


裏側には、古い紙が貼られていた。


そこに書かれていたのは、数字の列。


5 - 1 - 18 - 21 - 13 - 9


律が眉を寄せる。


「暗号?」


玲央は数字を見つめた。


5。1。18。21。13。9。


アルファベットに置き換えれば、


E A R U M I。


並び替えると。


Narumiには、Nがない。

Shokoには、SもHもOもKもOもない。


欠けた名前。


玲央の脳裏で、何かが繋がりかける。


足りない文字。

削られた名前。

空のロケット。

欠けたオパール。


白河は、名前を隠しているのではない。


名前の一部を欠かせている。


人が欠けた部分を、自分で埋めるように。


「これは鳴海ではありません」


玲央は言った。


律が振り向く。


「では何ですか」


「鳴海だと思わせるための欠けた文字です」


「本当の名前は?」


玲央は数字をもう一度見た。


E A R U M I。


足りない文字がある。


いや、足りないのではない。


最初から、読ませる方向が違うのかもしれない。


玲央は絵を逆さにした。


数字の下に、薄く線が見えた。


まるで、水面に映った文字のように。


榊が息を呑む。


「何だ、それは」


玲央は斜めから光を当てた。


紙の下に、別の文字が浮かぶ。


M I R A E


「ミラエ?」


律が言う。


榊の顔が凍った。


玲央は榊を見る。


「心当たりがあるんですね」


榊は何も答えない。


律が一歩近づく。


「榊さん」


榊はゆっくり椅子に座った。


「未来」


「みらい?」


「榊未来。私の妹だ」


玲央は黙った。


律が尋ねる。


「妹さんは今どこに?」


榊の声はかすれていた。


「十年前に死んだ」


画廊の空気が、冷たく沈んだ。


「事故だった」


榊は続ける。


「そう聞かされていた。だが、彼女は死ぬ前に、この画廊に何度も来ていた。白河とも会っていた」


「青の王冠事件に?」


「わからない」


榊は額を押さえた。


「私は、妹が何をしていたのか知らない。知ろうともしなかった」


玲央は、絵の裏の文字を見た。


MIRAE。


未来。


欠けた名前は、鳴海硝子ではなかった。


榊未来。


十年前に死んだとされる、画商の妹。


白河は、鳴海の名前を餌にして、別の死者の名を浮かび上がらせた。


「榊さん」


玲央は静かに言った。


「妹さんは、本当に亡くなったのですか」


榊は顔を上げた。


その目には、怒りと恐怖が混じっていた。


「どういう意味だ」


「青の王冠事件では、死んだことになっている人が、少なくとも一人います」


「鳴海硝子……」


「ええ」


律が低く言う。


「榊未来も同じだと?」


玲央は、オパールの欠片を見た。


虹色の奥に、青い光がちらついている。


「まだわかりません」


「でも、あり得る」


律が言う。


玲央は頷いた。


そのとき、画廊の電話が鳴った。


古い固定電話だった。


榊がびくりと肩を揺らす。


律が目で制する。


玲央が受話器を取った。


「霧笛画廊です」


電話の向こうで、白河周吾が笑った。


「空白は埋まったかい」


玲央は、絵の裏に浮かんだ名前を見る。


「少しだけ」


「虹は、見る者に都合のいい色を見せる。君は鳴海を見たかった。だから鳴海が見えた」


「本当は榊未来」


榊が息を呑む。


電話の向こうで、白河は楽しそうに言った。


「未来という名前は美しいね。存在しないものに、もっともふさわしい」


玲央の声が低くなる。


「彼女は生きているんですか」


「さあ」


「白河さん」


「焦るな、玲央。虹は追うと逃げる」


「あなたは何をさせたいんですか」


「鑑定だよ」


白河の声が、静かに沈んだ。


「君は王冠を偽物だと言った。なら今度は、人間を鑑定してみるといい」


「人間を?」


「死んだ者が本当に死んだのか。生きている者が本当に生きているのか」


通話が切れた。


玲央は受話器を戻した。


画廊には、誰もすぐには話せない沈黙が残った。


律が言う。


「水城さん」


「はい」


「榊未来を調べます」


「ええ」


「あなたも来るんですね」


玲央はオパールの欠片を見た。


乳白色の奥に浮かぶ虹。


それは美しい。


美しいからこそ、何が欠けているのかわかりにくい。


「行きます」


玲央は静かに言った。


「欠けた名前を、そのままにはできません」


榊悠真は、壁から外された絵を見つめていた。


『欠けた王冠』


その裏に隠された妹の名。


十年前、青の王冠のまわりでは、いったい何人が消えたのか。


何人が死んだことにされたのか。


何人が、本物の名前を奪われたのか。


瑠璃窓の外ではない。


この画廊の中で、王冠の影はまたひとつ、色を変えた。


白でも黒でもない。


青でも赤でもない。


虹の色で。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


今回はオパールの「見る角度で違う色が現れる」という性質を、欠けた名前と記憶の空白に重ねています。


次回、榊未来という名前が、青の王冠事件とどう関わっていたのかが少しずつ明らかになります。

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