第22節:輝きに満ちた世界
人は天を見上げた。
北の王宮では、大理石のバルコニーに出た王が――
南の大聖堂では、きらびやかな祭壇を背にした教皇が――
『白い連山』と呼ばれる大邸宅では、銀髪の美しい貴族の令嬢が――
四本の煙突がそびえる自動車工場では、恰幅のいいなまず髭の紳士が――
病院の寝室では、ベッドに横たわった鉄工所の経営者が――
狭い路地の上に洗濯物を干す下町では、鉢植えを置いた窓から顔を出した主婦が――
粉塵に煙る鉱山では、スコップを手にした鉱夫が――
鴎が飛び交う波止場では、マストに登った水兵が――
牧草が生い茂る山の麓では、羊を追う犬と少年が――
崩れかけた家屋の立ち並ぶ貧民街では、道端にうずくまる浮浪者が――
そしてそこに、人は見た。
紺碧の空に、銀色の軌跡を描く鋼の翼を――
天蓋を開いた、奇蹟の翼を――
誰も、その愚かな争いを続けようとする者はいなかった。
突如として天空に開けた、青き輝きに満ちた世界に、ある者は呆然と立ちすくみ、ある者は地面にひれ伏した。
魂を抜かれたような人々の中、一人の少女だけが、傷付いた体で必死に祈りを捧げていた。
「神様、どうかあの方をお守り下さい……」
世界の大変動を、彼女は知っていたのだろうか。
やがて、驚嘆のまなざしで処女の天を仰いでいた白髪の老人が、彼女の肩を叩いた。
「クリス、彼だ! 彼が帰ってきた!」
少女は、鳶色の瞳を晴れ渡る空へと向けた。
雁が飛び交う蒼穹に、銀色に輝くものがあった。
やがて大きくなったそれは、深く傷付いたリウヴィル号であった。
「……公爵様だ……」
「公爵様がお帰りになった!……」
呆然自失としていた作業員達の目に、光が戻った。
黒い角馬に乗った青い甲冑の騎士も、彼の帰還を認めていた。
「やったな、ラスティ……」
「『大いなる秩序』よ、あなたのお導きに感謝致します……」
マントを羽織った黒髪の女性は、顔の前で両手を合わせた。
リウヴィル号は、不浄の地の大砂丘に舞い降りようとしていた。
歓喜が沸き起こった。誰もが我先にと着陸点へと走った。彼らは両手を振り回し、奇声を上げ、時に飛び上がって、彼の帰りを喜んだ。
割れた風防から、彼は片手を振っていた。
「ああ……」
赤毛の少女は口元を押さえた。瞳からは、堰を切ったように涙が溢れ出していた。
震える彼女の肩を、老人は優しく抱いた。
「……さあ、彼を出迎えようじゃないか……」
「……はい……」
少女はしっかりと頷いた。
格納洞の上に、一人の老人が立っていた。
ボロボロになった黒い布を纏った隻眼の彼は、懐旧の思いに浸るように、青き天を見上げた。
「そう、ワシが天の宮殿を目指した時も、ちょうどこんな空だった……。主よ、あなたは人間を許して下さるのか……」
彼は呟いた――




