表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀翼のキセキ ―空を封じられた世界で―  作者: 刹那メシ
第四章:青き力

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
57/60

第20節:「今こそ我が問いに答えよ!」

 私は、反射的に操翼桿を右に倒していた。

 機体が激しく揺れた。左翼の先端のすぐ向こうに、強烈な風の層があった。気流の激しい乱れが、従翼から操翼桿を通して私の体に伝わった。

 馬鹿な?! 風の龍は眠ったのではないのか?!

 氷の結晶が激しく風防を打った。翼の上はうっすらと白く曇っている。霜が下りているのだ。私は背筋に寒気を覚えた。

 『銀刃(ブリス・リード)』か?!

 風の層は通り過ぎた。どうする?!

 龍の咆哮が轟いた。後ろに抜けた極低温の気流の渦は、右側へと回り込んで、鋼の鶏に噛み付かんとしていた。その先端に光る赤い眼が、絶好の獲物を鋭く睨んだ。何故だ?! 何故そう見える?! 風の龍は、単なる大気の流れのはずだ?!

 しかし、リウヴィル号に迫る風の塊は、明らかに破壊の意志を示していた。先端が大きく上下に裂け、主の領域を侵そうとする愚か者を、その腹の中へ飲み込むつもりであった。

 私は辛くもその顎を逃れた。右の補助傾翼の先端がちぎれ飛んだ。だが、『銀刃』はそれで諦める気は全くないようであった。

 長くうねる体が、逃げ道を塞ぐように、リウヴィル号の周りに渦を巻き始めた。剥がれ落ちる鱗が、雹となって降り注いだ。

 私は操翼桿を握り直した。

 もはや後戻りはできない。となれば……進むのみ!

 ペダルを踏み込んだ。エンジンが果敢なる稔りを上げた。

 それは、鶏の鬨の声であった。人間の雄叫びであった。『知』の咆哮であった!

 純粋な主の技ならば、風の龍如きに負けるはずはない! 主の単なる下僕に敗れるはずはない! 人間は、その裡に主の力を秘めているのだ!

 真正面から、『銀刃』の獰猛な瞳が近付いた。私はペダルから足を離さなかった。

「さあ来るがいい、風の魔物め!」

 リウヴィル号は、彼の口の中へと飛び込んだ。

 鋼銀製の機体が悲鳴を上げた。

 巌のような重さが、一気に操翼桿にかかった。

 外殻が、糊で貼り合わせた紙のように、次々と剥がれ、ひしゃげ、裂けた。強靭な骨格が限界までたわみ、超硬材のボルトが何本か弾け飛んだ。

 大波に揉まれる木の葉でも、これほどの力を想像することはできなかっただろう。氷のつぶてに混じって、剥離した外殻と、吹き飛んだボルトの頭が視界を覆った。ガラスの風防が打ち砕かれた。

 飛び散った破片が、強烈な風に乗って矢のように私を襲った。

 一際大きな、美しく透き通った断片が、私の右肩に深々と突き刺さった。

 鋭い痛みと、壁と化した風圧、肌を切り裂くような凍気に、私は思わず操翼桿を離してしまっていた。

 勇猛な鋼の鶏は、深手を負ってその戦う意志を失った――


 耳元で、風を切る音が聞こえていた。

 堕ちている……ぼんやりとわかった。

 体中が痛んだ。操翼席には、ガラスの破片と私の血が飛び散っていた。辛うじて操翼桿を掴んでいる左手も血で滑った。右腕は全く動かなかった。

 プロペラは何とか回っていた。しかし、私もリウヴィル号も満身創痍であった。機体を引き起こすだけの力は、もう私にはなかった。

 私は死ぬのか……

 やはり、我々の『知』の力は、主の地平を目指すにはまだまだ遠く及ばないのか……

 目の前で、赤いものが風に躍っていた。

 血か?……

 いや、それは、私が首から下げた『ミロスの血涙ミロス・ロゼ・リーテス』であった。

 そうだ! 彼女にこれを返さなくては! 私は彼女とそう約束したのだから!

 私は、シートに打ち付けられていた右肩を強引に引き抜いた。もはや痛みはなかった。震える右手を、私は操翼桿に伸ばした。まるで他人の手を操るように、右腕は言うことを聞かなかった。痺れる指先は、桿に触れてもほとんどそれを感じなかった。

 私は、左手で右手に桿を握らせた。

 そして、持てる力のすべてで、私は操翼桿を引いた。

 だが――目の前には、依然として砂の海原が広がっていた。

 リウヴィル号は、もはや重力の思うがままであった。

 駄目だ! 力が足りない!……

 ふと、私は機首を見つめた。外殻があちこち剥ぎ取られ、骨格が剥き出しになっている中でも、一対の銀の翼はしっかりと持ち堪えていた。家宝か……

 私は、心のどこかでその謂れを信じていたのかも知れない。だからこそ、私はそれを取り付けたのだ……

「銀の翼よ!」

 私は叫んだ。

「銀の翼よ! お前に秘めたる力があるのなら、今こそ我が問いに答えよ! 私は『良き者』なのか?! それとも『悪しき者』なのか?! どちらだ!」


 ――リウヴィル号は落下を続けていた。

 息をつくと、私は笑った。

「……これが答えか……」

 私は目を閉じた。

 恐怖はなかった。やれることはすべてやった。夢はついに成らなかったが、思うままに生きることができただけでも、私は幸せだろう。かけがえのない人々とも出会えた。フィルソルフィアナ図書館を訪れてからの八ヶ月、その間には、私の一生分の価値があった。悔いはない――

 ……ごめん、クリス……

 その時だった。

 突然、周囲がざわめいた。鳥の羽音だった。

 一体どこから現れたのだろう、雁の大群がリウヴィル号の周りを飛んでいた。

 天に向かって――

 驚くことは更に起こった。

 まるで、仲間の来訪に呼応するかのように、機首につけた銀の翼が輝き出したのだ! 全く熱を持たない、まさに虹のような色彩を放つ翼は、目を瞠る私の前で、眠りから目覚めたように体を震わした。大気が捻った。

 光度を増した銀の翼は、次の瞬間、大きく羽ばたいた――そう、羽ばたいた!

 リウヴィル号は一気に姿勢を立て直した。

 視界に雲の天蓋が入った。

 そうか……

 私は悟った。

 これが……お前の出した答えか……

 私はペダルを踏み込んでいた。

 私は……私は……

 それは、喜びではない。自信でもない。それは、決意であった。

「いざ、天へ!」

 鋼の鶏には、再び命の火が点った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ