第14節:最終陳述
季節は春を迎えていた。桜のつぼみも膨らみ始めている。そよぐ風には新芽の匂いが漂っていた。
ここ何日かは、風の龍の降天もなく、穏やかな日和が続いていた。が、しかし、それは自然界だけの話であった。
前公判の、リューダー卿の思わぬ聖摂院告発で、世間は大混乱に陥っていた。記者達の懸命の取材調査によると、リューダー卿は、現在の大司教であるアールマカク=シントール卿と、その座を争った人物であるらしかった。紙面には、卿が敗れ、カラウリア島へと飛ばされたのは、聖摂院の策謀を暴露しようとしたためだとも、敗れた腹いせに、ありもしない原稿を捏造したのだともあったが、いずれも憶測の域を出るものではなかった。
リューダー卿が法廷で語ったことは、果たして真実だったのだろうか?……いや、卿の言葉を疑っている訳ではない。ただ、今まで私の夢を執拗に阻んできた主が 、実はそんなことを告げていたなど、俄かには信じ難かった。主は、私の出現を予見していたとでもいうのだろうか。しかし、金髪以外には、私と『門を開く者』との共通点はないようにも思えた。
法廷では、シャルピ卿が最終論告を終えるところであった。廷内にあれだけの騒動を招いたリューダー卿の発言だったが、我々の無罪の証拠としては採用されなかった。第二七三章の件はさておき、神説典に直接書かれていないからといって、空を飛ぶことを罪ではないとするにはあたらないというのが、諮問委員長マーヴィン=グランジャン卿の言葉であった。
「……以上の容疑は明白であります。よって、監察局はここに、被告ラスティリアード=ヴァリス=クロネッカとアルベルト=ガリオネッティに対し、死刑を求刑します」
聴衆はもはや驚かなかった。あれ以上のことは二度と起こらないだろう。大地が裂けるか、天蓋が消え去るかでもしない限りは……
「では最後に、被疑者に自由な発言を認めます。クロネッカは前へ」
私は壇の前へと進み出た。
何を言うべきだったのだろう? 謝罪するつもりも、許しを乞うつもりもなかったが、せめて、一ヶ月後に迫った『龍の眠る日』までは生き長らえたかった。いや、生き長らえなくてはならなかった。それが叶うだけでも、私は監察局に勝利することができる。廷内を見回して、私は深く息を吸った。
「主がすべてをご存じだとしたら、我々に下す行為は既に決まっているのでしょう。ならば!……我々に一ヶ月の時間を下さい。我々の為す事が罪ならば、一ヶ月後の刑の執行を待つまでもなく、我々は罰を受けるでしょう。しかし、もしそうでなかったなら!……我々は、それを一ヶ月の間に証明してみせます!……私の言いたいことはそれだけです」
私は席へと戻った。監察局側の席では、マイローウィッツ卿が冷ややかな笑みを浮かべていた。彼はすっかり立ち直ったようであった。銀髪と蒼い瞳が冷気を漂わせていた。
「では、ガリオネッティ、前へ」
博士が立ち上がった。博士は何と言うだろう? この二ヶ月、博士は法廷で一言も語らせてはもらえなかった。監察局と弁護人のやり取りの中で、博士の胸に刻まれたものは何なのか、私はそれが知りたかった。
裁判長の前に立った博士は、そこで後ろを振り返った。諮問会席、更には傍聴席を前にして、博士はそこに集まった人々の顔をゆっくりと見渡した。
「諸君らに問いたい。目に見えぬもの、理解できぬものを、主の技とするのはたやすかろう。だが、すべてを主に押し付けてしまってよいものか? 我々の肩の上に載っているものは何だ? 頭は何のためについている?! 主は、何故我々に『知』をお与えになったのだ?!」
博士の言葉は、深閑とした法廷に高々と鳴り響いた。
「人は何故山に登る? 何故海を渡る? そこに山があるから、海があるからではないのか?! 今、空はそこにある! だとしたら、我々がなすべきことは何だ?! それは、我々に与えられた権利であると共に、『知』を持った我々の果たすべき義務でもあるのだ! 『心』がそれを求めている。拒む理由がどこにあろうか!」
……その言葉は、聴衆には、狂者の戯言としか聞こえなかっただろうか?……そんなことはない!……私はそう思いたかった。少なくとも、人々が博士に向けたまなざしは、虚ろではなかった。わかってもらう必要はない。わかってもらえるとも思っていない。ただ、熱意を知って欲しかった。それだけでもよかった。そして、その手答えはあった。聴衆の瞳から、私はそれを感じ取った。
マイローウィッツ卿の表情が僅かに強張ったのが、それが私の錯覚ではないことを物語っていた……




