第12節:第三の弁護人
私を襲ったのは、救世団の一員である十六歳の少年だった。前回の公判の記事を読んで、私が魔王ダイリット・サールの化身だと確信したらしかった。
被疑者の私を庇って負傷したことで、青の貴公子ザウテルの株は更に上がっていた。新聞がこぞって、彼の友情の厚さとその勇敢さを書き立てたからである。
そのザウテルは、テレシアス病院は205号室の、一番窓際のベッドに身を横たえていた。大部屋というのが、いかにも彼らしかった。
私が病室に足を踏み入れると、部屋の中は不意にしんと静まり返った。空気が張りつめる。病人や看護人達の冷たい視線が、私の肌を痛いように刺した。ザウテルの枕元には、話を聞いて駆けつけた従妹のアルキュオネが座っていた。彼女が私に向けるまなざしは複雑であった。
「すみません、僕のためにこんなことになってしまって……」
様態を訊いた後、私は頭を下げた。
「なあに、気にすることはない。判決が出る前に殺されたとあっちゃあ、お前も悔やみ切れないと思ってな」
傷を負っても、彼の快活さには変わりがなかった。私は苦笑した。
「……ところで、三人目の弁護人のことだが……」
ザウテルは急に真顔になった。
「風の龍の降天で、ずっと船便が欠航になっていたんだが、ようやく明日、港に着くことになった。俺はこんな有り様だ、お前が迎えに行ってくれないか。その人の名はヴァンデミアトス=リューダー卿。カラウリア島の司祭をされている。俺などより、ずっとお前の力になってくれるはずだ……」
* * *
次の日、港に出向いた私の探す人物は、船から降りた旅人達の雑踏の中でも、すぐに見つかった。昔ながらの黒い聖衣の上にクラミュスを羽織った白髪の老紳士――それが、ヴァンデミアトス=リューダー卿であった。査察団の団長としてカラウリア島を訪れた時に、ザウテルが知り合った、そこの司祭であるリューダー卿は、彼の話によると、かなり気難しい人物であるらしかった。顔に刻まれた深い皺が、その言葉を正しく裏付けていた。
人混みの中を横切って、私は卿に近付いた。
「失礼ですが、リューダー卿でいらっしゃいますね?」
私の声に、卿はその緑がかった灰色の瞳をジロリと向けた。
「いかにもそうだが、君は?」
「お待ちしておりました。私はラスティリアード=ヴァリス=クロネッカ。我が友人ザウテル=フィルノア=エッセンニーカに代わって、お迎えにあがりました」
リューダー卿は片方の眉を引き上げた。
「……では、君が渦中の人物か……」
* * *
海辺のとある喫茶店の、小さな窓際の席に、私とリューダー卿は腰を下ろしていた。
「……そうか、それはザウテル君も災難だったな……」
初物の紫茶の香りを楽しんでいた卿は顔をしかめた。
「……大体の話は、彼が手紙で知らせてくれた。君についても、私は私なりに理解しているつもりだよ」
卿はカップを置いた。
「君は、主を信じていないそうだが?」
「……はい」
「うむ。しかし、それが原因ではなかろう?」
「どういうことでしょうか?」
「……君は、主を信じない証しとして、空を飛びたいのか? それとも、空を飛びたいから、それを許さない主を信じないのか? どっちだね?」
ややあって、私は答えた。
「……後者の方です……」
「うむ、そうだろうね……」
卿は呟いた。
「君はよく澄んだ瞳をしている。夢を忘れていない瞳だ。歳を取り、汚れたものを目にする度に、瞳は輝きを失っていくものだが、君の瞳はまだくすんではいないようだな」
「……ありがとうございます」
「だが、純粋なことが、必ずしも良きことではあり得ない。幼な子は、純粋な好奇心から、平気で蝶の翅をむしり、頭をもぐ。子供の心は邪悪ではないが、その行いは残酷だ。……君は、君自身の行いが残酷ではないと言い切れるかね?……誰を傷つけることもなく過ごせていると思うかね?」
卿の言葉は穏やかであったが、その意味するところは辛辣であった。
私は唇を噛み締めた。
「……確かに、私が通そうとしている信念のために、少なからざる人が傷つきました。彼らには、本当に申し訳ないと思っています。……しかし、彼らは、私の行いが罪であることを承知で、力を貸してくれました。その勇気と友情に報いるためにも、私は自分の信念を貫くつもりです」
私は、卿の瞳を見返した。私のあらん限りの決意と情熱を込めた視線を、卿はしっかりと受け止めた。
窓の外を、鴎が舞っていた。
卿の口元がほころんだ。
「なるほど、金髪の『門を開く者』とはよく言ったものだ。ザウテル君が庇うのも頷ける。彼は彼で、無意識のうちに自分の宿命に気付いているのだろう……」
独り言のように言うと、卿は紫茶を口にした。
「ラスティリアード君、私がカウスメディアまでやってきたのは、君の弁護人を務めるためだ。しかし、君を擁護するつもりはない。君の仕出かしたことは、例え私でも庇うに余りあるからね」
「はい……」
私は俯いた。卿のその言葉に隠された彼の真意を窺うことはできなかった。
「ならば、何故弁護人に? と、君は思うだろうね……」
卿は窓の外を眺めた。
「……私には、主に仕える身として、果たさなければならないことがあるのだ。これほどの時がたつまで、私はそれができずにいた。しかし、まだ手遅れではなかったようだ……」
灰色の水平線の彼方を、リューダー卿はじっと見つめていた。そこに見えていたものは何だったのだろうか?
まだ波の高い海原は、それを語ろうとはしなかった。




