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銀翼のキセキ ―空を封じられた世界で―  作者: 刹那メシ
第三章:赤き志

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第11節:凶刃

 無二の親友に、自分の胸の裡を語らないのは、不誠実なことだろうか。彼は、私を信じて想いを打ち明けてくれたというのに……確かに、それは不誠実なことだったかも知れない。しかし、話したことは間違いだったのではないだろうか? 私のためではない。彼のために、私はそれを話すべきではなかったのでは?……その日の夜、明け方まで私を苦しめたのが、そのことだった。

 もし、あの時、私が夢を語らなかったなら 、博士に会わせなかったなら、不浄の地へ連れていかなかったなら……しかし、それでも彼は私を弁護しただろうか……いや、多分彼はそうしただろう。私が信ずるに値する男だからではない。昔からの友人だからだ……


 私は被告人席を離れ、弁護人席の発言台の前に立っていた。私自身が、私の弁護人であった。

「もし、私がダイリット・サールだというのであれば、どうしてこのような場でおとなしくしているのです。大地を引き裂き、山々を薙ぎ払い、地上を七度焼き尽くせる者ならば、何も裁判など受ける必要はないではありませんか。名前のことは、単なる偶然に過ぎません。私がこの場にいることが、わたしがダイリット・サールではないことを証明しています」

 巻き毛を掻き上げながら、シャルピ卿は私の話を聞いていた。

「確かにおっしゃる通りです。しかし、まだ時が満ちていないのだとしたら……まだ、神説典の言うほどの力が身についていないのだとしたら、彼はどうするでしょう?……おとなしく裁判を受け、自分は普通の人間であると見せかけることで、この場を切り抜けるのではないでしょうか?」

 私は息をついた。

「では、どうすればいいのです。どうすれば、私が恐怖の大魔王などではないとわかってもらえるのです?」

 シャルピ卿は肩をすくめた。

「私が言えば、あなたはその通りになさるかも知れません。それでは証明にならないではありませんか」

「では、あなた方は、どうあっても私をダイリット・サールに仕立て上げるつもりなのですね?」

「私は、その可能性もあると申し上げているだけです」

 話にならなかった。

 前回の公判から既に五日が過ぎていたが、おおかたの新聞社は、『私=ダイリット・サール』という表現を避けていた。私の家柄のせいだろう。万が一間違いだった場合、相手が五大貴族ともなれば、その報復が恐ろしいのだ。事実、過去にリーカルガッセ家と一揉めあって、取り潰された大手新聞社もある。しかし、いくつかの弱小会社は、倒産を覚悟で、大魔王の来襲を伝えていた。彼らにとっても、ここが正念場であるらしかった。監察局の狙いはそこにあるのだ。大新聞社も私の正体なるものを書き立てるようになれば、民衆は、世界の終末を迎える恐怖から、私の処刑を叫び始めるだろう。監察局は、博士に較べて容疑の薄い、五大貴族の私でも、世界を救うという名目で、たやすく抹殺することができる。奇しくも、私の名前や容貌が神説典の記述に似通っていたことが、彼らの策謀に熱意を持たせていた。

 しかし――監察局の動きに、私は疑問を持ち始めていた。彼らは、是が非でも我々を処刑したいらしい。彼らが、不浄の地に足を踏み入れたのが初めてではないとしたら、そこで憧憬の丘を目にしていてもおかしくない。もしかすると、そこから飛び立つ昇空機達を見たことがあったかも知れない。しかし、今まで、このような裁判は行われたことがなかった。彼らの教えを信じるなら、空を飛ばんとする者は、必ず主の怒りに触れたからだ。ところが、今回は違った。何が違うのだろう?……私には、監察局の振舞いが、何かに怯えているように思えるのだった。

「では、あなたは主についてどのようにお考えですか?」

 座っていた氷の裁断者が口を開いた。それを合図に、シャルピ卿は監察局席へと戻った。マイローウィッツ卿は立ち上がった。

「あなたに罪がないとおっしゃるのでしたら、あなたは空を飛ぶということについて、どう思われているのです?」

 蒼い瞳が、私の目の奥を覗き込んだ。私はチラリと博士を見た。博士は小さく頭を振った。前回の公判の後、博士は言った。君は狙われている。くれぐれも神説典に抵触するような発言はするな。神説典に則ってでもなお、反論できることがあるはずだ、と――この五日間、私は何度も神説典を読み返した。しかし、結果として、私はある確信を深めただけであった……

 私は廷内を見渡した。

「この中で、生まれてから今までの間に、一瞬でもいい、空を飛びたいと思ったことのある人はいませんか? きっといるはずです。しかし、その想いを、あなたはすぐに打ち消したでしょう。何故か? 空を飛ぶことは、主が許さないからです。しかし、何故主はそれを許さないのでしょう? 第十一章を思い出して下さい。シンが雷の矢を受けたのは、主の技を盗んだからではありませんか。もし、空を飛ぶこと自体が罪なのなら、主は始めから翼など与えなかったはずです。三千年の間、人間はこの地上に縛られてきました。翼を奪われたことが償いならばわかります。しかし、主の技を盗んだことで、空を飛ぶことを禁じられているのだとしたら、これほど論理に合わないことはありません。みなさん、主の怒りを恐れないで下さい。考えるんです。『知』や『理』はもともと主のものです。主が全智全能の存在であるのなら、論理こそ主の摂理であるはずです。それは、絶対にして間違いのないものなのです。あなた方の持てる『知』と『理』とで、考えて下さい。空を飛ぶことは何故罪なのかを! おかしいとは思いませんか?! 主は、自らの摂理であるはずの論理に従ってなどいないではありませんか! 主は、自らの不完全さを取り繕うために、雷の矢や風の龍という恐怖によって、我々を縛りつけているに過ぎないのです! 『知』が主の技だというのなら、その力は我々にある。自らの技を御せないような主に、負けるはずはありません。もし、『知』が主の技ではなく、偽りと過ちに満ちたものなら……神説典そのものが、三千年もの間、我々を欺いてきたことになるではありませんか! みなさん、よく考えて下さい! あなた方には、それが許されているのです!」

 廷内はしんと静まり返っていた。その沈黙が何を意味するのかはわからなかった。

 やがて、マイローウィッツ卿は咳払いをした。

「……そのような発言をする者を、ダイリット・サールではないと言えますか?」

 私は諮問委員を始めとする聴衆の顔を見た。一様に強張った彼らの顔は、私に恐怖の大魔王を見ているというのか?!……

「それは違う!」

 凛とした声が響いた。ザウテルであった。

「もし、クロネッカが、破壊の時を窺っているダイリット・サールだとしたら、そんなことを敢えてこの場で言うだろうか? 言えば罪になるようなことをだ……聖摂院に謝罪して、無事に釈放された方が、どんなにか事がやりやすくなるというのに……」

 マイローウィッツ卿は笑った。

「それが彼の狙いかも知れません」

「そうか……それが狙いか……」

 突然、ザウテルは高らかに笑い出した。気でも触れたような、尋常でない笑い方だった。氷の裁断者は眉をひそめた。

「いい加減にしろ!」

 次に言葉を発した時、彼の瞳には、怒りが青い炎となっていた。

「そんなに魔王にやってきて欲しいのか?! ダイリット・サールが本当に来襲したなら、真っ先に地獄に叩き落とされるのは、貴様ら聖摂院なのだぞ! 世の中に暗黒を生み出しているのはお前らの方だ! 知らんとは言わせんぞ! 人に慈愛を説きながら、道端にうずくまる孤児達を見殺しにしていることを! 司祭に犯され、海に身を投げた少女のことを! 黄金の教会建立のために犠牲となった数百人の墓標のことを! 貴様らは一体何様のつもりだ?! 自分らは立派な屋敷に住み、贅沢な食事を食らい、何不自由なく暮らしておきながら、貧しい民衆には、試練と称して辛酸を舐めさせるのか?! 主に仕える者など、僭称の極みではないか! 神説典を読まなければならないのは民衆ではない、貴様らの方だ! 莫大な富と権力を手に入れた上は、主にでも取って代わるつもりか?! この偽善者共め!」

 青い髪を逆立てて、ザウテルは怒鳴った。それは、一年間の視察を通して、彼がたった一つ手に入れた結論であり、強い正義感を逆撫でされた激しい憤りであった。

「弁護人は言葉を慎みなさい」

 裁判長の注意に、ザウテルは殺気立った視線をロゼット卿へと投げつけた。

「黙れ、爺ィ! こんなどうでもいいことで時間を取っている場合か?! 裁くべきことは他にも山ほどあるだろうが! お前達の目は節穴か?! 裁きの剣は何のためにあるのだ?!」

 ザウテルは怒り心頭しているようであった。ロゼット裁判長は顔をしかめた。

「それ以上の暴言は、法廷侮辱罪になりますよ」

「やかましい! 聖摂院の傀儡になり下がりやがって……そんなにまでしておこぼれが欲しいのか?!」

「弁護人に退廷を命じます!」

 裁判長の声で、数人の憲兵がザウテルを取り囲んだ。廷内のすべての視線は、暴れるザウテルへと注がれていた。傍聴席の中から、一人の少年が立ち上がったことに、誰一人気付いた者はいなかった。

「悪魔め! 天誅を受けるがいい!」

 突然の叫び声に聴衆が振り返った時、振り上げた少年の右手には、鋭く光る白刃が握られていた。

 誰もがその意味を解する前に、柵を飛び越えた彼は、審議庭へと躍り込んだ。狂気に満ちた瞳と、禍々しい短剣の刃が私へと向けられた。私?!……彼が向ける憎悪の対象は、この私なのか?!……何故?!

私へと飛びかかる暴漢は、膠化した大気の中を掻き分けるようにして接近した。時の流れが淀んでしまったようであった。私は、少年の顔に刻まれた鬼気迫る表情を、呆然と見つめていた。やがてその凶悪な顔が大きくなり――その時、私の前に飛び出した人影が迫り来る暴漢と重なった――


 傍聴席にいた女性達から甲高い叫び声が上がった。我に返った私の目に映ったのは、数人の憲兵に組み敷かれた少年と、床に落ちた血のついた短剣であった。

「ザウテル?……」

 彼は、私の足元に腹部を押さえて倒れていた。両手の指の間に覗く鮮やかな青い生地が、みるみる湿った黒へと変わっていった。

「ザウテル?!……ザウテル!」

 私は慌てて彼を抱き起こした。額に脂汗を浮かべたザウテルは、ただ歯を食いしばって呻くばかりだった。悪夢のような現実に、私は何度も彼の名を呼び続けた……

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