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銀翼のキセキ ―空を封じられた世界で―  作者: 刹那メシ
第三章:赤き志

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第7節:臨戦

「遅れて申し訳ありません、博士」

 牢から出された博士に、私は頭を下げた。

「私の方こそ済まない。君に八万ギネッツもの保釈金を払わせてしまって……」

「いえ、いいんです。それより、これからのことについて考えないと……」

 そう言って、監察局の車寄せに出た時だった。フラッシュの嵐が我々を襲った。歩哨を押し退けて、記者達がドッと詰めかけていた。

「公爵、今回の起訴について一言!」

「空を飛ぶ機械を作っていたというのは事実ですか?!」

「不浄の地には、巨大な秘密工廠があるそうですが、これについては?!」

「公爵は魔王ダイリット・サールの信者だという噂も飛び交っていますが!」

「博士、これは博学会に対する復讐なんでしょうか?!」

 考えられるありとあらゆる、いや、中には考えられないようなまでの質問が、矢のように浴びせられた。

「何も話すことはありません!」

 左腕で博士を庇いながら、私は黒山の人だかりを突破しようと試みた。

 その時だった。知る権利を振りかざす群衆の中に、一台の馬車が突っ込んできた。ひかれそうになった記者達は、慌てて道をあけた。

「ラスティ、乗れ!」

 まだ止まり切らぬ馬車の扉を聞けたのは、ザウテルだった。

 人々の注意が馬車に向いた瞬間、私は人込みを縫って、開かれた扉の中へと飛び込んでいた。無論、博士も一緒であった。

 記者達が逃げられたと気付く前に、馬車は再び走り出した。門を出たところで、私は頭を下げた。

「すみません、ザウテル。助かりました」

 ザウテルは顔をしかめた。

「家に行ったら、一人で出かけたというじゃないか。全く無茶をする……」

「すみません……でも、仕事の方は?」

「こんな時に仕事などしていられるものか! お前はわかっているのか?! 自分の置かれた状況が!」

 彼は私に食ってかかった。

「そのつもりですが……」

 勢いに押されて、私は口ごもった。ザウテルは肩をすくめた。

「全く……で、クリスやラムはどうした?」

「そうだ! 博士!……」

 まだそのことを訊いていなかった。幸いにして、捕らえられたという情報は入っていない。

「彼女らは不浄の地にいる。出てこない限りは大丈夫だ」

 博士の言葉に、ザウテルは安堵したようだったが、私の不安は晴れなかった。

「博士、私が初めて着陸に成功したあの日、監察局は不浄の地の中に入ってきていたのです。安心はできませんよ」

「監察局が不浄の地に?!」

 ザウテルは眉をひそめた。

「そうです。聖摂院でもきっと気付いているのですよ。『風の道』の存在とその効果に……」

「……発見者イザル=ムフリッドを異端の者として殺しておきながらか……」

 博士が呟いた。

「なるほど、奴らのやりそうなことだ……」

 ザウテルは拳を握りしめた。

「……わかった。彼女達のことは俺が何とかする! クリスはともかく、ラムの額に刻まれた刺青は、死の烙印のようなものだからな」

「しかし、それでは君も共犯になってしまうぞ!」

 博士の言葉に、ザウテルは白い歯を見せた。

「なあに、彼女にティレリナの大地を踏ませた時から、私は立派な罪人ですよ」

 彼は私に向き直った。

「裁判官の方にはもう手を回してある。心配するな」

「……手というと……金、ですか?……」

 私は遠慮がちに尋ねた。彼は笑った。

「まさか! 金で動くような奴が信用できるか。この件の担当は、恐らく穏健派のアルギエバル=ロゼット卿だ。叔父貴が知り合いなもので、無理やり頼み込ませた。問題は弁護人の方だ。相手はあの『氷の裁断者』、一筋縄ではいかんぞ。当てはあるのか?」

 私は首を横に振った。

「博士の方はどうです?」

 同じであった。ザウテルは腕を組んだ。

「そうか……よし、三人のうち二人は俺が何とかしよう。一人、お前の力になってくれそうな人物を知っているからな」

「……もう一人は?」

 私の言葉に、ザウテルは、何をわかり切ったことを訊くのかという風に目を見開いた。

「当然、この俺だ」

「ザウテルが?!」

「何だ、俺では不服か?」

「いえ! そうではありませんが……ザウテルは、僕の昇空機の開発には反対していたのでは?」

 彼は苦笑した。

「では、放っておいて欲しいのか? こうなった以上、見て見ぬ振りをする訳には行かんだろう」

「しかし、それではあまりにもザウテルに迷惑を……」

 言いかけた私の鼻先に、ザウテルは人美し指を突きつけた。

「いいかラスティ、俺はお前を助けたい。だから助ける。それだけだ。男とはそういうものだろうが。お前は気兼ねなどせずに、黙って昇空機のことを考えていればいい。わかったな?」

「……はい……」

 私はそう答えるしかなかった。

 アティクの角を曲がった馬車は、人だかりのできている正門をくぐって、私の屋敷へと入った。

「お前は、公判の日まで家でおとなしくしているんだな」

 車寄せの前で、私と博士を降ろした馬車の窓から、ザウテルは言った。

「それから、どうしても用のある時は、お忍び用の馬車で裏門から出ろ。くれぐれも今日のようなことはするなよ。お前は渦中の人物なのだからな」

 エッセンニーカ家の公用馬車は走り去った。

「……まさかの時の友こそ……と言うが、君はいい友人を持ったな」

 目を細めて、博士は呟いた。

「ええ……私もそう思います」


 この日より五日後、カウスメディアはおろか、ティレリナ全土を震撼させる裁判が始まるのであった……

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