第7節:臨戦
「遅れて申し訳ありません、博士」
牢から出された博士に、私は頭を下げた。
「私の方こそ済まない。君に八万ギネッツもの保釈金を払わせてしまって……」
「いえ、いいんです。それより、これからのことについて考えないと……」
そう言って、監察局の車寄せに出た時だった。フラッシュの嵐が我々を襲った。歩哨を押し退けて、記者達がドッと詰めかけていた。
「公爵、今回の起訴について一言!」
「空を飛ぶ機械を作っていたというのは事実ですか?!」
「不浄の地には、巨大な秘密工廠があるそうですが、これについては?!」
「公爵は魔王ダイリット・サールの信者だという噂も飛び交っていますが!」
「博士、これは博学会に対する復讐なんでしょうか?!」
考えられるありとあらゆる、いや、中には考えられないようなまでの質問が、矢のように浴びせられた。
「何も話すことはありません!」
左腕で博士を庇いながら、私は黒山の人だかりを突破しようと試みた。
その時だった。知る権利を振りかざす群衆の中に、一台の馬車が突っ込んできた。ひかれそうになった記者達は、慌てて道をあけた。
「ラスティ、乗れ!」
まだ止まり切らぬ馬車の扉を聞けたのは、ザウテルだった。
人々の注意が馬車に向いた瞬間、私は人込みを縫って、開かれた扉の中へと飛び込んでいた。無論、博士も一緒であった。
記者達が逃げられたと気付く前に、馬車は再び走り出した。門を出たところで、私は頭を下げた。
「すみません、ザウテル。助かりました」
ザウテルは顔をしかめた。
「家に行ったら、一人で出かけたというじゃないか。全く無茶をする……」
「すみません……でも、仕事の方は?」
「こんな時に仕事などしていられるものか! お前はわかっているのか?! 自分の置かれた状況が!」
彼は私に食ってかかった。
「そのつもりですが……」
勢いに押されて、私は口ごもった。ザウテルは肩をすくめた。
「全く……で、クリスやラムはどうした?」
「そうだ! 博士!……」
まだそのことを訊いていなかった。幸いにして、捕らえられたという情報は入っていない。
「彼女らは不浄の地にいる。出てこない限りは大丈夫だ」
博士の言葉に、ザウテルは安堵したようだったが、私の不安は晴れなかった。
「博士、私が初めて着陸に成功したあの日、監察局は不浄の地の中に入ってきていたのです。安心はできませんよ」
「監察局が不浄の地に?!」
ザウテルは眉をひそめた。
「そうです。聖摂院でもきっと気付いているのですよ。『風の道』の存在とその効果に……」
「……発見者イザル=ムフリッドを異端の者として殺しておきながらか……」
博士が呟いた。
「なるほど、奴らのやりそうなことだ……」
ザウテルは拳を握りしめた。
「……わかった。彼女達のことは俺が何とかする! クリスはともかく、ラムの額に刻まれた刺青は、死の烙印のようなものだからな」
「しかし、それでは君も共犯になってしまうぞ!」
博士の言葉に、ザウテルは白い歯を見せた。
「なあに、彼女にティレリナの大地を踏ませた時から、私は立派な罪人ですよ」
彼は私に向き直った。
「裁判官の方にはもう手を回してある。心配するな」
「……手というと……金、ですか?……」
私は遠慮がちに尋ねた。彼は笑った。
「まさか! 金で動くような奴が信用できるか。この件の担当は、恐らく穏健派のアルギエバル=ロゼット卿だ。叔父貴が知り合いなもので、無理やり頼み込ませた。問題は弁護人の方だ。相手はあの『氷の裁断者』、一筋縄ではいかんぞ。当てはあるのか?」
私は首を横に振った。
「博士の方はどうです?」
同じであった。ザウテルは腕を組んだ。
「そうか……よし、三人のうち二人は俺が何とかしよう。一人、お前の力になってくれそうな人物を知っているからな」
「……もう一人は?」
私の言葉に、ザウテルは、何をわかり切ったことを訊くのかという風に目を見開いた。
「当然、この俺だ」
「ザウテルが?!」
「何だ、俺では不服か?」
「いえ! そうではありませんが……ザウテルは、僕の昇空機の開発には反対していたのでは?」
彼は苦笑した。
「では、放っておいて欲しいのか? こうなった以上、見て見ぬ振りをする訳には行かんだろう」
「しかし、それではあまりにもザウテルに迷惑を……」
言いかけた私の鼻先に、ザウテルは人美し指を突きつけた。
「いいかラスティ、俺はお前を助けたい。だから助ける。それだけだ。男とはそういうものだろうが。お前は気兼ねなどせずに、黙って昇空機のことを考えていればいい。わかったな?」
「……はい……」
私はそう答えるしかなかった。
アティクの角を曲がった馬車は、人だかりのできている正門をくぐって、私の屋敷へと入った。
「お前は、公判の日まで家でおとなしくしているんだな」
車寄せの前で、私と博士を降ろした馬車の窓から、ザウテルは言った。
「それから、どうしても用のある時は、お忍び用の馬車で裏門から出ろ。くれぐれも今日のようなことはするなよ。お前は渦中の人物なのだからな」
エッセンニーカ家の公用馬車は走り去った。
「……まさかの時の友こそ……と言うが、君はいい友人を持ったな」
目を細めて、博士は呟いた。
「ええ……私もそう思います」
この日より五日後、カウスメディアはおろか、ティレリナ全土を震撼させる裁判が始まるのであった……




