第九十九話 生きていると信じて
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
「三か月だぞ……」
紫紅兄さんの声は、いつもより低かった。
「三か月も帰ってきてないんだよ……姉さんは」
誰も答えなかった。
その言葉を認めてしまえば、本当に姉さんがいなくなってしまう気がした。
「姉さんは……もう」
紫紅兄さんは、そこで言葉を止めた。
続きを口にすることが怖かった。
その瞬間。
「……生きている」
父さんが言った。
弱々しい声だった。
でも、その目だけは諦めていなかった。
「姉さんは、生きている」
父さんは自分自身に言い聞かせるように、もう一度繰り返した。
「俺が……必ず見つける」
紅石兄さんは、静かに父さんの肩へ手を置いた。
「そうだよ」
「俺たちに任せろって、父さん」
父さんは少しだけ笑った。
でも。
その笑顔が無理をしていることくらい、俺たちには分かっていた。
父さんは眠れていなかった。
机の上には、姉さんの写真。
その周りには、調べた資料や地図。
何日も書き込まれたメモ。
父さんは、姉さんを探すためなら何時間でも机に向かっていた。
食事を忘れることもあった。
呼びかけても返事をしないこともあった。
それでも。
父さんは諦めなかった。
姉さんが生きている。
その可能性だけを、必死に握りしめていた。
――その夜。
大悲山家の邸宅は、異様なほど静まり返っていた。
地域では知らない者はいないほどの大きな屋敷。
高い塀。
広い庭。
外から中を窺わせない造り。
まるで、周囲の世界から切り離された場所だった。
大悲山家。
その名前を聞くだけで、人は少し黙る。
それが、この地域で生きる人間の暗黙の了解だった。
僕たちは少し離れた場所から、その屋敷を見つめていた。
父さんが小さな声で言った。
「目的は一つだ」
「姉ちゃんの手掛かりを探す」
「それだけだ」
父さんは俺たちを見る。
「絶対に無茶はするな」
その声は、昔の父さんと同じだった。
僕たちを心配する父親の声だった。
だからこそ。
僕は怖かった。
この夜を境に。
父さんが戻れなくなる気がした。
深夜。
屋敷の周囲が騒がしくなった。
遠くから聞こえる車の音。
人の声。
ざわめき。
父さんが集めた協力者たちが、外で注意を引いていた。
その混乱の中。
僕たちは人の流れに紛れた。
心臓がうるさいほど鳴っていた。
足が震えていた。
怖かった。
でも。
進むしかなかった。
紅石兄さんが小さく言う。
「絶対に離れるな」
僕は頷いた。
屋敷の中は、外から見るよりもさらに広かった。
長い廊下。
いくつもの部屋。
高価な家具。
壁に飾られた家族写真。
その全てが、僕には異様に感じられた。
ここで何かが起きていた。
そんな気がした。
僕たちは必死に探した。
姉さんがいた証拠。
姉さんが残したもの。
いつもご愛読賜りまして、誠にありがとうございます。
重く深いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はなお続いております。
彼らの心の揺れや選択の行く末を、これからも温かく見守っていただけますと幸いに存じます。
一歩ずつ前へ進む姿を、読者の皆様と共に感じられますことを心より願っております。
次回も変わらぬご厚情を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
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次回更新日:8月16日(土)2時から、日付変わるまで二時間おきに投稿予定。(社会情勢によって変動。)
(12時,14時,16時,18時,20時,22時)
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