第九十八話 あの夏の失踪
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
帰り道。
夕焼けに染まった道を、四人で歩いた。
「どうだった?」
紅石兄さんが振り返る。
「あの場所、気に入ったか?」
僕は少し考えた。
「……まあまあ」
「素直じゃないな」
兄さんが笑う。
「でも」
僕は空を見る。
「悪くなかった」
三人が僕を見る。
その視線が、なぜか温かかった。
――これが、六年前。
僕がまだ小学生だった頃の話だ。
そして。
僕たちの人生が変わり始めたのは、三年前の夏だった。
その夜は、異常なほど暑かった。
窓を開けても、生ぬるい風しか入ってこなかった。
姉さんは、その日帰ってこなかった。
最初、僕は何も疑わなかった。
「少し遅れているだけ」
そう思っていた。
姉さんは、約束を破るような人じゃなかった。
いつも家族のことを気にしてくれる人だった。
だから僕は、何度も玄関を見た。
鍵が開く音を待った。
「ただいま」
その声を待っていた。
でも――
朝になっても、姉さんは帰ってこなかった。
その瞬間。
家の中から、いつもの音が消えた。
テレビの音。
食器の音。
誰かの笑い声。
全部が遠くなった気がした。
高校生だった姉さんは、コンビニのアルバイト帰りに姿を消した。その日は僕の誕生日。
そして、時を同じくして、地元で一つの名前が囁かれ始めた。
大悲山 通。
その名前を聞いた瞬間、父さんの表情が変わった。
怒りではなかった。
憎しみでもなかった。
――恐怖だった。
大悲山家。
この地域で知らない者はいないほどの影響力を持つ家だった。
父・恭介。
母・香住。
息子・通。
通の名前を出すと、人は少し黙った。
知っている。
でも、口には出さない。
それが、この地域で生きる人間の空気だった。
通には以前から悪い噂があった。
暴力。
トラブル。
女性関係の問題。
それでも、大きな問題になることは少なかった。
誰も、大悲山家を敵に回したくなかったから。
その時、僕たちは初めて知った。
正しいことを願うだけでは、届かない場所があることを。
それでも父さんと母さんは諦めなかった。
父さんは毎晩、姉さんの写真を見ながら資料を整理していた。
机の上には、調べた情報や地図が広がっていた。
母さんは、そんな父さんの隣に座り続けた。
二人は協力者を集めた。
姉さんが残した小さな痕跡を探した。
ただ、真実を知りたかった。
それだけだった。
あの頃の父さんは、まだ僕たちの知っている父さんだった。
家族を守るために戦う、優しい父親だった。
でも――
この先。
父さんが何を失い。
何を選び。
どんな人間へ変わってしまうのか。
僕たちは、まだ知らなかった。
いつもご愛読賜りまして、誠にありがとうございます。
重く深いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はなお続いております。
彼らの心の揺れや選択の行く末を、これからも温かく見守っていただけますと幸いに存じます。
一歩ずつ前へ進む姿を、読者の皆様と共に感じられますことを心より願っております。
次回も変わらぬご厚情を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
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次回更新日:8月16日(土)2時から、日付変わるまで二時間おきに投稿予定。(社会情勢によって変動。)
(10時,12時,14時,16時,18時,20時,22時)
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