第九十二話 忘却の兄弟
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
俺はゆっくりと目を覚ました。
重いまぶたを開けると、薄暗い天井がぼんやりと視界に映る。頭が鈍く痛む。首筋には、何かで痺れたような感覚が残っていた。
「……ここは……」
身体を起こそうとした瞬間、不意に声が響いた。
「起きたか? 兄さん。久しぶりだね」
声のした方へ視線を向けると、一人の青年が椅子に腰掛け、静かにこちらを見つめていた。
「誰だ……。ここはどこだ?」
青年は穏やかに微笑む。
「どうした、覚えてないのか? 兄さん」
「さっきは手荒な真似をしてごめん。でも納得してほしい。これも全部、正義のためなんだ」
「……何を言ってる」
俺は眉を顰めた。
「兄さん? 俺が?」
「そうだよ」
青年は当たり前のようにうなずく。
「僕たち、四兄弟だったじゃないか。兄さんたちと一緒に行ったバザー祭、今でも覚えてるよ」
一瞬、青年の笑みが陰る。
「ある日から、兄さんたちは変わってしまったんだよね」
そう言うと、青年は静かに立ち上がった。
「まあ、久しぶりなんだ。ゆっくり話そうよ。まだ朝会まで時間はあるから」
その言葉と同時に、部屋の照明が点いた。
白い蛍光灯が無機質な光を放つ。
部屋の中央には白いテーブルが置かれていたが、その表面は細かな傷でざらつき、長年使い込まれたような異様な雰囲気を漂わせている。
青年は、そのテーブルに手を添えたまま笑った。
その笑みに温かさはない。
瞳には生気が宿らず、精巧な西洋人形が無理に笑顔を作っているような、不自然さだけがあった。
「びっくりしたよ」
青年は静かに口を開く。
「消えた、あの日、どこへ行ったんだ? 本当に心配したんだよ。悪の手に落ちたのかと思ってね」
俺は首を振る。
「俺には……記憶がない」
「覚えているのは、河川敷で倒れていたことと、一枚のメモだけだ」
青年は少し目を細めた。
「そうか」
「そのメモには、『自殺請負人』って書いてなかった?」
俺は表情が固めた。
「……なぜ、それを知っている?」
青年は微笑んだ。
「だって――」
「そのメモは、僕が書いたんだもん」
その一言で、空気が凍りついた。
俺の喉が、ひどく乾く。
「……ふざけるな」
低く、押し殺した声だった。
「俺はお前を知らない。家族だって? 兄弟だって? そんな記憶、俺には一つもない」
青年は少しだけ首を傾げる。
壊れかけた人形のような、不自然な動きだった。
「そっか」
青年は指先で机を軽く叩く。
コツ、コツ、と乾いた音が部屋に響く。
「でも安心してよ。僕は全部覚えてる」
「あの日のことも、兄さんたちが何をしたのかも」
「……何を、した?」
俺の視線が揺れる。
心の奥で、何かが引っかかる。
思い出せないはずなのに――
"知っている気がする。"
いつもご愛読賜りまして、誠にありがとうございます。
重く深いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はなお続いております。
彼らの心の揺れや選択の行く末を、これからも温かく見守っていただけますと幸いに存じます。
一歩ずつ前へ進む姿を、読者の皆様と共に感じられますことを心より願っております。
次回も変わらぬご厚情を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
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次回更新日:8月15日(土)14時,22時(社会情勢によって変動。)
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