第百十二話 灯りが灯るまで
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
請負人は言う。
「逃げますよ、今ならまだ逃げ切れます」
僕は言う。
「……わかった」
望月は冷たく命じる。
「手の空いているものは、あやつらを生捕りにしろ」
「了解致しました」
一斉に足音が響く。
武器を構える者、逃走経路を塞ぐ者。
数秒前まで一つだった組織は、完全に二つに割れていた。
「ダンナ、こっちだ」
覆面を被った謎の人物が手招きしている。
請負人は言う。
「彼も頼みます。必ず、守り抜いてください、私も後で追いつきます」
覆面の人物は返す。
「わかった、任せろ」
僕の手を掴む。
「君、少し離れたところに車を置いてある。そこまで走れるか?」
「はい」
走っている最中に僕は聞く。
「兄さ、紅石さんがまだ、中に?」
「彼女が、さっき、とりあえずの処置だけして、保護して車で休んでる」
「気をつけろ、真夜中とはいえ、ここは山だから、何がいるか分からねえ、急ぐぞ、ダンナの顔を潰さないためにも」
そして、僕たちは車に到着した。
「ぎゅうぎゅうになって、乗りづらいかもしれないが後部座席に乗ってくれ」
「きつくてすまん」
「兄さん・・・」
「信じろ。こいつは強い」
通信が入る。
請負人の声だ。
「最悪の場合を想定してゆっくりで良いです。車を発進させてください」
「このまま出発し下山する。少しでも君たちが下山できる可能性を作る。だから君、その人たちを守れ」
「え、ちょっと・・・」
「……無茶だ。暗いし」
「ああ、無茶だ。でももうすぐ灯りが灯る」
「ダンナが命懸けで時間を稼いでいる」
「立ち止まれば、その覚悟まで無駄になる」
「運転できる人間は私しかいない」
「……はい」
「私も車の運転はゲームでしかやったことがない。でもやらなきゃ彷徨って死ぬか、夜が明け、動物の餌になるだけだ。だから行く。
万が一の時はお前がそいつらを背負ってでも、この山を降りろ……良いな」
車は動き出した。
(怖い……。ゲームとは全然違う)
(暗い。狭い。崖も見えない)
(でも止まれない)
(ダンナが命を懸けてくれている)
(ダンナの時間を、一秒たりとも無駄にはできない)
一方、
「逃がすな!」
望月の怒号が廃工場に響いた。
武装した左衛門の隊員たちが、一斉に出口へ殺到する。
しかし。
パンッ。
乾いた銃声が鳴る。
先頭を走っていた男の足元へ銃弾が撃ち込まれた。
「止まりなさい」
請負人が一人、出口の前に立っていた。
拳銃を静かに構えたまま、微動だにしない。
「そこをどけ!殺し屋」
望月は舌打ちする。
「一人だ! 囲め!」
十数人が一斉に襲い掛かる。
「そこをどけ、殺し屋!」
望月が怒鳴る。
請負人は静かに息を吐いた。
「私が無策でここへ来るとでも思いましたか」
その瞬間。
建物中に火災警報が鳴り響いた。
けたたましいベルが工場内へ反響する。
「……間に合いましたか」
請負人は残弾を確認する。
「残り三発。それで十分です」
パンッ。
一発目が照明を砕く。
パンッ。
二発目が消火器を撃ち抜く。
パンッ。
三発目が天井の配管を破壊する。
白い粉末と水蒸気が一気に噴き出し、工場内は瞬く間に視界を失った。
「ぐっ!」
「何も見えねえ!」
混乱する隊員たち。
請負人はその隙に姿を消した。
その直後だった。
一人の隊員が血相を変えて駆け込んでくる。
「望月さん!」
「何だ!」
「外です! 山林に火が回っています!」
望月は舌打ちした。
「火元は!」
「風が強く、延焼しています! このままでは建物まで火が来ます!」
望月は拳を握り締めた。
「……あの殺し屋」
怒りを押し殺しながら命令を下す。
「全員退避準備!」
「証拠は回収しろ! 持ち出せる物だけ持ち出せ!」
「残りは捨てろ!」
遠くから、消防車とパトカーのサイレンが夜の山へ響き始めた。
望月は険しい表情で闇を見つめる。
「仕方がない、わしの孤島に避難するか、みな車に乗れ」
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「まずいな……。ヘッドライトを点ければ、あいつらに見つかる」
覆面の人物は前方を睨みつけた。
炎は山肌を這うように迫ってくる。
その時、一通の通信が入る。
「連さん、彼らは、貴方たちの追跡を諦め、車で島に避難するそうです」
「そこからですと、私を待つよりも下山を優先したほうが良いでしょう」
「連さん。私は崖へ向かいます」
「ここからはウィングスーツで下山します」
「私を待たず、そのまま下山してください」
「皆さんをお願いします」
「では」
ツーツー
消防とパトカーが迫ってきている。
「左衛門の連中も車で孤島へ向かっている」
ハンドルを握る手に力が入る。
その時だった。
木々の向こうで、一台の車が勢いよく段差を駆け上がった。
次の瞬間――
宙へ躍り出る。
車体は走っていた山道を飛び越え、そのさらに二段下を走る山道へと着地した。
土煙を巻き上げながら、そのまま速度を落とすことなく走り去っていく。
いつもご愛読賜りまして、誠にありがとうございます。
重く深いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はなお続いております。
彼らの心の揺れや選択の行く末を、これからも温かく見守っていただけますと幸いに存じます。
一歩ずつ前へ進む姿を、読者の皆様と共に感じられますことを心より願っております。
次回も変わらぬご厚情を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
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次回更新日:8月30日 14時,18時,22時(社会情勢によって変動。)
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