第百六話 初陣
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
「ほら、起きなさい」
九十九に肩を軽く揺すられ、辰緑はゆっくりと目を開けた。
「……九十九さん。ありがとうございます」
「まったく、昔から寝起きだけは変わらないんだから」
苦笑しながら九十九は部屋を出ていく。
辰緑は身支度を整え、廊下へ出た。
食堂の扉を開けると、既に仲間たちが揃っていた。
「おはようございます、紅石さん」
「おう。昨日は大手柄だったな、辰緑」
「皆さんのおかげです」
羽田が眼鏡を押し上げながら微笑む。
「大人数をほとんど抵抗させず捕獲するとは……さすが、マスターの血統ですね」
「ありがとうございます、羽田さん」
俺は軽く頭を下げた。
その様子を見ていた紅石が静かに口を開く。
「今日はどうする?」
辰緑は迷いなく答えた。
「昨夜、生け捕りにした連中には、自分たちの罪を思い出してもらいます」
羽田が小さく笑う。
「悪には、それ相応の報いが必要ですからね」
「……あまり、やり過ぎるな」
俺の低い一言で、食堂の空気がわずかに張り詰める。
辰緑は俺へ視線を向け、小さく笑った。
「兄さん、安心してください」
「父上とは違います」
冗談のような口調だった。
だが、その瞳だけは笑っていなかった。
数秒の沈黙が流れる。
やがて俺は静かに息を吐いた。
「感情で動くな。」
朝会中。
何人かが会話している。
「今日も大量だな。中には子供まで、心が痛むぜ。」
「そうですね。痛みますね」
辰緑は机へ向かい、一冊の黒いファイルを開いた。
昨夜拘束した対象者たちの調査資料。
そこには名前や経歴だけではない。
法では裁かれず、誰にも省みられなかった"罪"が、一件ずつ整理されていた。
美香が読み上げる。
Case No.01 止まらなかったライン
分類:業務上死亡事故
発生場所:地方製造業(金属加工工場)
被害者:男性
勤続3年
概要
被害者は大型プレスラインで製造業務に従事していた。
勤務態度は良好。
人事記録では、
・勤務態度 良好
・無断欠勤歴 なし
・所属長所見
「慎重で責任感が強く、安全意識が高い」
事故以前
事故発生のおよそ四か月前から、現場では設備異常が繰り返し報告されていた。
確認された内容は以下のとおり。
・非常停止装置の反応遅延
・安全センサーの誤検知
・制御盤内部リレーの接点不良
保全部門は異常を確認。
部品交換を提案したが、
「定期停止日に実施する」
との判断が下され、運転は継続された。
改善要望書は計三件提出されている。
事故当日
午前10時40分頃。
ライン上で製品詰まりが発生。
被害者は作業手順書に従い、
非常停止ボタンを操作。
停止表示灯を確認した後、
金型内部の確認作業を開始した。
しかし、
制御回路の異常により、
プレス機が予期せず再起動。
被害者は機械に挟まれ死亡した。
調査結果
労働関係機関による立入調査を実施。
設備保全記録、
改善要望書、
点検報告書、
関係者への聴取が行われた。
調査では、
設備保全体制に改善の余地が認められた。
一方、
被害者側にもロックアウト手順が十分ではなかった可能性が指摘され、
事故原因は
「設備管理および作業手順が複合的に影響したもの」
と結論付けられた。
処分
会社は遺族との示談を成立。
設備を更新。
再発防止計画を提出。
改善指導を受けた。
会社及び現場責任者らについて書類送検された。
刑事責任を問うだけの過失は認められず、
不起訴処分となった。
添付資料
事故前日に保存された未送信メール。
「このままでは、いつか誰かが死にます。」
送信先:設備保全部門
送信状態:下書き保存
結果
行政指導──実施
民事──示談成立
刑事──不起訴
法的手続──終了
依頼人
被害者と同一ラインで勤務していた元作業員。
事故以前より設備異常を複数回報告。
事故後、参考人として事情聴取を受ける。
半年後、自己都合退職。
依頼理由
依頼人は、資料の最後にこう記していた。
「彼は事故の前日まで、『このままでは誰かが死ぬ』と言い続けていました。」
「でも、その声は届きませんでした。」
「事故のあとも、責任を問われた人はいません。」
「私は現場にいました。」
「何もできなかった私に、彼の代わりを名乗る資格はありません。」
「会社は事故を終わったことにしました。」
「でも、私の中では終わっていません。」
「私には、この事実を残すことしかできません。」
「ただ、彼が存在したことだけは、誰にも消してほしくありません。」
卓郎が読み上げる。
Case No.02 選ばれなかった学生
発生場所:地方大学
被害者:男性
分類:
教育機関における評価紛争
概要
実習参加の可否を決める最終選考。
実習担当教員への聞き取りでは、
事前指導は実質的に合格者を対象とした最終調整の場であったことが確認された。
ある学生は、十分な準備を重ねていた。
毎日のように相談室へ通い、
資料を作り直し、
夜遅くまで修正を繰り返していた。
相談室の教員の一人は、彼をこう呼んでいた。
「彼はうちの希望の秀才ですよ」
と周囲に語っていた。
相談室の教員は彼へ言った。
「ここまでやったんだから、大丈夫。」
彼は安心したように笑い、
「ありがとうございます。」
と頭を下げた。
教員たちからも期待され、
周囲からは将来を嘱望される存在だった。
また、教授から「資料を作るのが上手だ」とも評価されていた。
経過
しかし、教授との間でトラブルがあったとの証言が残されている。
トラブル後から評価や態度が急に変わった。
合格者一覧に、彼の名前だけがなかった。
理由は、
「評価点が基準に届かなかったため」
周囲に、講義中に眠り未完成の資料で発表する学生も存在したが、彼らに指摘はなく――指摘は彼に集中していた。
評価基準は開示されず、
採点表も公開されなかった。
本人による異議申し立ては受理されなかった。
やがて学生は大学へ姿を見せなくなる。
調査結果
休学届も、
退学届も提出されていない。
関係者に事情を尋ねても、
「分からない」
という答えしか返ってこなかった。
噂では、
「他大学へ進学した」
とも言われていた。
しかし、その事実を確認できた者はいない。
依頼人
被害者に相談をしていた学生
依頼理由
依頼人は、資料の最後にこう記していた。
「彼は私の恩人だった。」
「もう自分では声を上げられない。」
「だから、今度は私が彼の代わりになる。」
備考──
同講義では、複数の学生に評価のばらつきが確認されている。
いずれも担当教員の裁量範囲内。
法的問題──確認されず。
いつもご愛読賜りまして、誠にありがとうございます。
重く深いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はなお続いております。
彼らの心の揺れや選択の行く末を、これからも温かく見守っていただけますと幸いに存じます。
一歩ずつ前へ進む姿を、読者の皆様と共に感じられますことを心より願っております。
次回も変わらぬご厚情を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
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次回更新日:8月23日(日)14時,16時(閲覧注意、グロ描写あり),18時,22時(社会情勢によって変動。)
17/25
お詫び:投稿曜日について
8月16日に掲載した「次回更新日」の曜日を勘違いしており、投稿日時を誤って案内しておりました。
【誤】8月23日(土)
【正】8月23日(日)
楽しみにしてくださっていた方、また、誤った案内によって混乱させてしまった方には、本当に申し訳ありません。
正しい投稿曜日は、**8月23日(日)**となります。
今後はこのようなことがないよう、投稿予定をしっかり確認したうえでお知らせするよう努めてまいります。
この度はご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。
そして、いつも作品を読んでくださって、本当にありがとうございます。
文責 マイライト




