第百四話 決別
【注意事項】
本作品には自殺や精神的に重いテーマが含まれています。
読む際にはご自身の心身の状態を十分にご考慮ください。
心の不調を感じた場合は、無理に読み進めず、専門機関や信頼できる人に相談されることをおすすめします。
※この作品はフィクションです。登場人物・団体・事件はすべて架空であり、現実の自殺や暴力を肯定・助長する意図はありません。
父上から呼び出されたのは、その日の朝だった。
「次の制裁は、お前が指揮を執れ、これが俺の最期の命令だ」
短い一言だった。
「はい、父上」
胸が熱くなった。
父上は続けた。
「俺は、もう長くない。良いか辰緑。俺らの正義を夢夢忘れるな。
俺たちの意志を継いで正義を執行しろ」
父上は亡くなった。
そして、僕は、ついに認められた。
僕は父上の理想を受け継ぐ存在になれたのだ。
そのことを兄さんたちにも伝えた。
二人は何も言わなかった。
ただ、互いに目を合わせ、小さく頷いただけだった。
その時の表情を、僕は見逃していた。
夕方。
制裁対象の男の自宅へ向かう車内。
無線が鳴る。
「辰緑様、大変です」
運転席の男が青ざめた顔で振り返る。
「紫紅様と紅石様が監禁場所から逃走しました」
「何だと」
「見張り二名が負傷しています。窓ガラスを割って外へ飛び降りたようです」
「父上は」
「連絡がつきません」
車内が静まり返る。
部下が指示を待っている。
僕は少しだけ考えた。
そして首を振る。
「父上の最期の命令は制裁だ、だから」
「まずは任務を優先する」
「兄さんたちのことは父上が判断される」
「了解しました」
車は再び走り出した。
任務は予定どおり終わった。
対象者を拘束し、証拠品と不正に得た金を押収する。
帰路についた頃、再び無線が入る。
「辰緑様」
「逃走したお二人ですが、緑林町方面で目撃情報があります」
緑林町。
俺は地図を思い浮かべる。
その先にある場所。
逃げるなら──
あそこしかない。
「車を止めろ」
「ですが」
「俺一人で行く」
「お前たちは拠点へ戻れ」
部下たちは一瞬ためらったが、静かに頭を下げた。
公園は静まり返っていた。
風が木々を揺らす音だけが聞こえる。
「兄さん」
声を掛ける。
返事はない。
ゆっくり奥へ進む。
その時だった。
茂みが揺れた。
反射的に腕を掴む。
「……紫紅兄さん、ここだと思ってました。──緑林自然公園」
「離せ」
息を切らした兄さんが睨み返す。
「ようやく逃げ出せたんだ」
「もう父さんのところへは戻らない」
僕は腕を離さなかった。
「ここに同胞を呼ばなかった」
「それだけでも僕の譲歩だ」
「紅石兄さんはどこだ」
紫紅兄さんは答えない。
ただ、静かに言った。
「辰緑」
「お前も逃げろ」
「まだ戻れる」
俺は首を横に振る。
「違う」
「戻るのは兄さんたちだ」
「父上は間違ってない」
「悪が裁かれないから、僕たちが動いてるだけだ」
紫紅兄さんは苦しそうに笑った。
「話し合えば変わる」
「必ず誰かが聞いてくれる」
その言葉に、僕は思わず声を荒らげた。
「そんなもの、信じた結果が今だろ!」
「姉さんは助からなかった!」
「父さんは壊れた!」
「警察も法も何もしなかった!」
「だから僕たちが裁くしかないんだ!」
紫紅兄さんはゆっくり首を振る。
「違う」
「その先には……誰も救われない」
そう言って、俺の手を振りほどこうとした。
もみ合いになる。
兄さんは逃げようとする。
僕は必死だった。
このまま逃がせば、もう二度と会えない気がした。
咄嗟にポケットへ手を入れる。
護身用として持たされていたスタンガンだった。
「やめろ!」
兄さんが叫ぶ。
僕はためらった。
ほんの一瞬だけ。
だが、その一瞬で兄さんは走り出そうとした。
僕は歯を食いしばり、腕へ押し当てた。
激しく身体が震え、兄さんはその場へ倒れ込む。
完全に意識を失ったわけではない。
苦しそうに呼吸を繰り返している。
僕は震える手で携帯を取り出した。
「……緑林自然公園だ」
「紫紅兄さんを保護した」
電話を切ったあと、周囲を見渡す。
「紫紅兄さん……弱くなったね」
いつもご愛読賜りまして、誠にありがとうございます。
重く深いテーマに向き合いながらも、登場人物たちの物語はなお続いております。
彼らの心の揺れや選択の行く末を、これからも温かく見守っていただけますと幸いに存じます。
一歩ずつ前へ進む姿を、読者の皆様と共に感じられますことを心より願っております。
次回も変わらぬご厚情を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
次回もまた、どうぞよろしくお願いいたします。
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次回更新日:8月16日(土)2時から、日付変わるまで二時間おきに投稿予定。(社会情勢によって変動。)
(22時)
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