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In floreー無彩色の君へ  作者: ちょこまる。
第一章 幼少期編・アイリスの日常

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7.久方ぶりの安らぎ(ルカス視点)

「…何だよ。」


 ノックされて開いた扉の先には、満面の笑みを浮かべる侯爵家の長女・ローズがいた。俺は一言呟いた後、無言で部屋に戻ろうとするが――ガッと音がした。見ると、ローズがドアの隙間に、煌びやかな扇子――を装った“鉄扇”を差し入れ、閉じられないようにしている。


 ──……早過ぎだろ。


 俺が胸の内でツッコミを入れていると、ローズが扉をこじ開けて入ってきた。


「ふふっ。授業前に、可愛い弟の顔を見に来たのよ。」


 ローズが深紅の髪を靡かせながら、優雅な所作で入ってくる。


 ──いや、優雅なのか?拳一つで扉をこじ開ける奴は、優雅なのか?


 ローズは、10歳にして”才媛”と言われている。…だが、侯爵令嬢とは思えぬ怪力の持ち主だ。長男のラウル同様、俺を哀れんで、関わり続ける――俺の苦手な人間の一人だ。俺は無意識に胡乱げな眼差しを向ける。


「あら、そんな怖いお顔をしたらダメよ。えっとね…ほら〜!ルカスにお手紙が来たから、渡しに来たのよ。」


 姉が手品のように、愛用の鉄扇から、手紙と小包を取り出す。


「…どういう原理だよ。」


 純粋な疑問を口にしていると、半ば強引に手渡される。桃色の封筒には、やたらと丸く、歪な字で宛名が書かれている。自然と、差出人が分かった。


「…てか、この小包は何だよ?」

「それも、アイリスちゃんからよ。手紙と一緒に送られたみたいなの。」

「げっ。」

「げって何よ。げって!ルカスよりも、ちっちゃい子からのものよ!」

「俺よりって言っても、1歳年下なだけだろ。」

「もう!ああいえば、こう言うんだから。」


 ガミガミ言ってくるローズにうんざりしていると、彼女の銀色の瞳が、ジッと俺の手元を見つめていることに気づいた。不思議に思っていると――


「何やってるの?早く開けなさいよ。私も見たいわ。未来の義妹からだもの。」


 ──こいつ、図太過ぎだろ。


「ハッ。絶対に嫌だね。誰が、赤の他人からの手紙を読むんだよ。…てか、そろそろ授業の時間だろ。」


 時計を見遣ると、ローズの授業の時間が迫っていた。


「まぁ、本当だわ!?あー!アイリスちゃんからのお手紙見たかったのに!また今度見せてちょうだい!!」


 そう言って、姉は俊敏な動きで出て行った。俺一人になった部屋に、再び静寂が訪れる。

 俺は、手元の手紙と小包に視線を落とした。そして、前回のように、机の引き出しの奥に突っ込もうとした――が、動きを止める。

 ふと目に入った小包の端に、「ぜひ、つかってください。」と小さく書かれている。


 ──使うもの?…一体何が入ってるんだ。


「………ちっ。」


 俺は小さく舌打ちすると、小包を開けた。

 これは、気になるからじゃない。確かめるためだ。

 侯爵家宛の届け物は、使用人による確認が入る。だが、生憎、俺は侯爵家の連中を信用していない。信じられるのは、自分自身だけだ。中身次第で、相手の魂胆が分かるはず──俺に対する当てつけか、婚約話を上手く進めるためのご機嫌取りか。

 ………決して、気になるからじゃない。そう思いながら中身を取り出す。


「…何だ、これ?」


 俺の視線の先には、ハンカチがある。上質なリネンのハンカチは、使い勝手の良い白色で、相手の気遣いが感じられる。──だが、問題は、ワンポイントの刺繍だ。

 正直、何の刺繍か分からない。桃色の刺繍糸で縫い付けられた何か。見る向きが違うのかと思って、ハンカチをクルクルと回す。だが、やはり分からない。

 刺繍の正体について考えていると、封筒が目に入った。前回と同じウサギの絵が描かれている。その瞬間、正体が分かった。


「ま、まさか、ウサギ…なのか…?」


 理解した途端、プハッと吹き出した。分かった上で刺繍を見ると、確かにウサギだ。うん、それにしか見えなくなってきた。


「こ、こんなに下手な刺繍…初めて見た。」


 不恰好なウサギの刺繍。見れば見るほど、職人技とは思えない。到底、商品としては売れないだろう。


「…てことは、これ、手縫いか。」


 頭の中で、幼い少女が、一生懸命に刺繍する姿が思い浮かぶ。


「フッ…、バカじゃないのか。会ったこともない相手に、何やってんだよ。」


 俺は、まだ見ぬ婚約者を鼻で笑い、皮肉げに呟く。

 そうして暫く逡巡した後、心なしか、丁寧にハンカチを折り畳み、引き出しの一番奥にしまった。


 その日は、不思議と心が軽く感じた。

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