3.空は嘲笑う(ルカス視点)・上
「聞いたぞ、ラウル。昨日の鍛錬も、熱心に励んだそうだな。」
「ありがとうございます、父上。より一層、精進します。」
「ローズも、礼儀作法が着々と身に付いていると聞いたわよ。頑張っているのね。」
「そんな…私なんて、お母様や先生の足元にも及びませんわ。もっと頑張らなきゃ。」
フィークス侯爵家の一日は、温かな食卓から始まる。…ただ一人を除いて。
──また、俺だけ除け者かよ。
勝手に耳に入ってくる会話を聞き流しながら、俺は心の中で独りごちた。
──いや、“また”ではない。“最初から”除け者か。
だって、彼等は“本当の家族ではない”のだから。そこまで考えた俺の頭に、昔の記憶が過った。
◇◇◇
俺は元々、リコリス子爵家の令息──ルカス・フォン・リコリスだった。
俺の“本当の家族”は3年前──俺が6歳の時に亡くなった。
事故だった。
その日は、悪天候だった。
そんな天気の中での遠出は、幼いルカスに負担だろうという理由で、両親はルカスを屋敷に置き、出発した。そんな彼等が乗った馬車を、土砂崩れが襲ったのだ。
突如、天涯孤独になった俺を、引き取ろうとする親族がいた。けれど、彼等が俺に向ける眼差しは、とても慈愛に満ちたものではなかった。
当時の俺は、ハッキリとは分からないものの、“何となく嫌な予感”がした。誰の手も取ろうとしない俺に焦れたのか、親族の一人が、強引に手を取ろうとした。それが怖くて、目を閉じた時──
「失礼する。」
一言だけだった。ただ、その一言が、辺りの喧騒を静めた。俺は目を開け、声がした方を見た。声の主は、威厳のある出立ちの──見たことのない男性だった。彼は、周りと言葉少なに話すと、俺の前に屈み、手を差し伸べた。
「……来なさい。」
それだけだった。
──この人は、誰なんだろう。
俺は、じっと彼の目を見つめた。
感情の読めない眼差しだった。けれど、先ほどまで向けられていた嫌な眼差しとは、何かが違うと感じた。彼の髪と同じ、銀色の瞳は、穏やかな海のようだった。
だから、俺は、その手を取った。
侯爵家では、侯爵夫人と、自分より1歳年上の双子の兄妹・ラウルとローズが出迎えてくれた。もう二度と味わえないと思っていた家族の温かさ。俺はほっとした。“自分は一人じゃないんだ”と。
──しかし、それは、泡沫の夢だと思い知った。
それはある日のことだった。
俺は、前を歩く侯爵の背を追いかけながら尋ねた。
「おれのいえは……どうなった、のですか?」
「………お前が気にする必要はない。」
「……じゃ、じゃあ、なんで、おれをひきとった、のですか?」
「…約束だからだ。」
「…やくそく?」
「…今は知らずとも良い。」
「…………。」
それ以上、侯爵は何も言わなかった。
──なんだよ、それ。
俺の家のことなのに。
俺の父さんと、母さんのことなのに。
なのに、何も教えてくれない。
最初に会った時以降、目を合わせてもくれない。
まるで、俺は何も分からなくていいと、知っても無意味な存在だと、そう言われているようだった。




