26.ウサギみたいな子(アキレア視点)
──ウサギみたいな子だな。
リリーのパン屋を訪れた時に出会った少女を見た時、俺はそう思った。
桃色の髪は、リリーとお揃いのおさげで、服もリリーと色違い。リリーの背に隠れた彼女は、俺と出会った途端、ビクリと肩を震わせて、すっかり怯えている──と思いきや、俺が気になるのか、チラチラと見てくる。それが、何となく放っておけなくて、仲良くなりたくて…俺はグイッと近寄った。
「なぁなぁ、顔、見せてくれないか?…嫌なら、無理しなくていいからさ。」
「ぇ、えっと…、うん…。」
緊張しつつも、そっと顔を出してくれた彼女を見つめる。窓から差し込む光に照らされた空色の瞳が、俺を見つめ返す。
「うん、遠目から見た時も思ったけど、青空みたいにキレイな目だな!」
「ぇ?あ、ありがとう。あなたも、宝石みたいにキレイな瞳ね。」
「そうか?ありがとう!嬉しいぜ!」
俺が笑うと、彼女も小さく笑った。それが嬉しくて、自然と口角が上がる。
──よし!兄ちゃんとして、面倒見てやらなきゃな!
俺にはたくさんの弟達がいる。目の前の少女も、その一員になりそうだ。リリーの紹介で、少女の名前がアリスだと知った俺は、彼女の手を取って、ブンブンと振った。そうして、目をパチクリさせる新たな妹を、ニコニコと見つめた。
◇◇◇
リリーとアリスが出会った経緯を聞いた俺は、ますますアリスを放っておけなくなった。街中でアリスを見かける度、手を繋いで道案内した。最初は緊張気味だったアリスも、少しずつ慣れてきたのか、笑顔を見せてくれるようになった。にしても──
──なんだか、ふわふわしてるよな。
俺より背丈の低いアリスを見ながら、そう思った。街中の店や食べ物、日用品…俺にとっては当たり前のことを伝えても、彼女は目を輝かせる。
特に、串焼きを食べさせた時が面白かった。串焼きを渡せば「フォークやナイフは…?」と言って戸惑い、辺りを見回す。食べ方を教えれば、一瞬ポカンとしつつも口にして「美味しい…。」と呟き、瞳をキラキラとさせていた。
──アリスは知らないことばかりなんだな。これから、たくさん教えてやらないと!
俺はそう思いながら、モグモグと食べ進める彼女の頭を、わしゃわしゃと撫でた。
◇◇◇
今日も、俺はアリスと街中を歩いた。彼女と仲良くなって分かったことは、花や動物、ぬいぐるみが大好きなこと。何気ない話をしながら、俺はふと思いついた。
──そうだ!アリスに、俺の好きな花を教えよう!アリスなら、きっと喜ぶはずだ!
そう思った俺は、早速寄り道を提案した。広場のベンチにララさんが座ると、アリスはその膝上に当たり前のように座る。
──アリスもララさんも、すっごく仲良しだな。
俺が思ったことを口にすると、ララさんが早口でアリスについて捲し立てる。その間、アリスはウサギのポシェットをギュッとして、耳の部分をいじいじしている。饒舌に語り続けるララさんと、のほほんと手遊びしているアリス。正反対な二人が面白くて、つい笑ってしまう。不意に、アリスの空色の瞳とパチリと目が合った。どうかしたのかと聞くと──
「ううん。アキレアは、いつもキラキラしててお日様みたいって思ってたの。」
「ははっ、そうか?ありがとう、嬉しいぜ!…そうだ!ちょっと待っててくれ。」
素直な褒め言葉が嬉しくて、笑顔になる。同時に、本来の目的を思い出した俺は、広場の隅に咲く野生のアキレアを摘んだ。アキレアは、初夏から秋にかけて咲く花だ。院の庭でも、よく見かけた。
──俺と一緒に、置いていかれた花。
まだ俺が赤ん坊の時、俺は、このアキレアと一緒に、孤児院の前に置き去りにされていたそうだ。
両親が俺を置きし去りにした理由や、アキレアを添えた理由は分からない。けれど「寒い冬ではなく、暖かい季節に置いて行ったのは、母親なりの最後の愛情なのかもしれないね。」という院長の言葉が、ずっと胸の中に残っている。院長達は、そんな母親の想いを汲み取ろうと、俺を「アキレア」と名付けたそうだ。
──花言葉は、勇敢、真心…だよな。
院のみんなに教わった花言葉を思い出す。
──俺は、アキレアみたいになりたい。この花みたいに、みんなを明るく照らすような…そんな人に…。
俺は明るい小花を咲かせるアキレアをしばらく見つめてから、アリスに差し出した。
「はい、これ。広場で育ててる花じゃないから、安心してくれ。色んなところで咲いてるんだ。」
「わぁ…。」
「まぁ、とても綺麗ですね。」
アキレアを見たアリスとララさんが、嬉しそうに目を細める。アリスに至っては、笑顔で手を伸ばすほど夢中みたいだ。俺は、彼女の手が傷つかないように、サッと茎の葉を取って手渡した。彼女は大切そうに花を持ち、笑顔で話しかけてくる。俺と同じ名前であることや、お気に入りであることを伝えと、花と俺を交互に見つめた彼女が、満面の笑顔で口を開いた。
「アキレアにピッタリのお花ね!」
「ははっ、そうだろ!」
アキレアみたいになりたいと願う俺にとって“ピッタリのお花”という言葉は、とても嬉しくて、少し照れ臭い。
不意にアリスがパッと顔を上げて「アキレアの花を贈りたい人がいる」と言ってきた。珍しくも無いから、喜んでくれないんじゃと伝えたが──
「ううん。私はアキレアがいいの。この花の明るさをお裾分けしたいの。」
「…そうか。分かった!じゃあ、俺も摘むのを手伝うぜ!」
花のことだと分かっているのに、不思議とドキリとした。
──よく分かんないけど…兄ちゃんとして、妹の願いを叶えなきゃな!
俺は、アリスやララさんと一緒に、アキレアの花を摘んだ。パン屋に戻って、リリーに叱られながらも、ニコニコのアリスを見て、思わずわしゃわしゃと頭を撫でる。
「ちょっとアキレア!折角整えたのに、台無しじゃない!ヘアセットは、時間がかかんのよ!」
「わ、悪かったって!!」
リリーの怒りの矛先がこちらに向く。アリスやララさんの笑い声が響く中、ゆっくりと日は暮れていった。




