27.何気ない一言(アキレア視点)
「アキレアは、幸せね。」
俺の服の裾をギュッとしたまま、アリスが言葉を続ける。
「みんな笑顔だもの。アキレアのこともお兄ちゃんって呼んでいて…大好きなのが伝わってくるわ。」
空色の瞳を和らげながら言葉を紡ぐ彼女から、目が離せない。
「それに、アキレアも。みんなやこのお家のことが大好きなんでしょう?」
嬉しかった。今まで誰にも分かってもらえなかった俺の気持ちを、分かってくれたことが…。その気持ちと、感謝を伝えるのがやっとで、なぜか目を合わせられなかった。
◇◇◇
「「…ぃちゃん。アキレア兄ちゃん!」」
「うわぁ…!?」
心地良い夢見の中、突然の大声に、慌てて身を起こす。声の先を見れば、弟妹が俺の横にいた。
「おはよう!もう朝だよ!早くご飯食べないと!」
「そうだよ!僕たちが全部食べちゃうよ!」
「ははっ、おはよう。起こしてくれて、ありがとな!」
俺の言葉に頷いた二人は、笑顔で駆け出す。そうして「アキレア兄ちゃん、今起きた!」「ねぼすけ〜!」と大声で、院のみんなに言いふらしている。朝から元気な姿を見て、思わず笑みが溢れる。
「…にしても、最近は同じ夢ばっかだなぁ。何でだろ?」
身支度を整えながら思い浮かべるのは、今朝の夢。
「…よく分かんないけど…まぁ、いっか!」
──“考えても分からないなら、行動が一番”だよな!今日の手伝いが終わったら、会いに行こう!
身支度を終えて食卓に向かうと、みんなが待ってくれていた。「早く早く」と急かされて、早足で席に着き、一緒に食べ始める──いつも通りの明るい一日が始まった。
◇◇◇
「ふぅ…少し休憩しようぜ!」
犬達の散歩の手伝い中、俺は広場に立ち寄った。
──散歩は楽しいけど、この前みたいになったら大変だもんな…。
広場のベンチに座りつつ、追いかけっこのような散歩をし続けた末に、犬達とグッタリとしてしまった日のことを思い出す。隣の犬達は勢いよくガブガブと水を飲んでいる。口周りの毛が濡れてもお構いなしだ。その様子に笑いつつ、もふもふの毛を撫でていると、パタパタとこちらへ駆け寄る足音が聞こえた。
「アキレア、おはよう!」
「アリス!ララさん!おはよう!」
「おはようございます、アキレアさん。」
挨拶を終えると、アリスは俺の隣にストンと座り、顔を覗き込んでくる。
「今日も朝からお手伝いしてるの?」
「あぁ。食堂のおばちゃんから、頼まれたんだ。うちの犬達は元気いっぱいだから、たくさん散歩してほしいんだってさ!」
「わぁ、いいなぁ!…その、もしよかったら、ワンちゃん達…なでなでしてもいいかしら?こんなに大きなワンちゃん、触ったことがなくて…。」
そう口にするアリスは、キラキラした瞳を犬達に向けていた。無意識なのか「もふもふ…。」と呟き、触るのを我慢するように、胸元で手をいじいじしている。俺は、思わず吹き出す。
「ハハッ。そ、そんなに触りたいのか?…いや、そっか、アリスは動物が好きだもんな!みんな良い子だから、大丈夫だぞ。」
「ほ、本当?やったー!!」
俺の言葉を聞いた途端、アリスが花開くような笑みになった。犬達に手を伸ばすと、撫でられると思ったのか、犬達から彼女の手に鼻を擦り付けている。
「わわっ、か、可愛い…!」
「こいつら人懐っこいからさ。たくさん撫でてやってくれ。きっと喜ぶよ。」
「ふふ、アリス良かったですね。」
「う、うん!」
アリスがニコニコ笑顔で犬達を撫でる。犬達も構ってもらえるのが嬉しいのか、尻尾をブンブンと振って懐いている。その様子を見守りつつ、ララさんに尋ねた。
「今日も、リリーの所に?」
「ええ、そうなんです。アリスはリリーさんが大好きですから。それに、パン作りの練習もしないといけませんからね。」
「パン作り…。そういえば、あの日余ったアリスのパン、家族みんなで食べたよ。」
「ええ!?」
何気なく口にした言葉に、犬達を撫でていたアリスが目を丸くして、バッと俺に近寄る。俺を見上げる瞳が不安気に揺れている。
「あ、あんなに固かったのに、みんな、大丈夫だったの?」
「ぁ、ああ。スープに浸して食べたから、大丈夫だよ。みんな美味しいって言ってたよ。ありがとな。」
「そ、そうなのね。良かったぁ。」
ホッとしたアリスが、空色の瞳を和らげて微笑む。途端、顔が熱くなった。
──まただ。最近、すぐ顔が熱くなるんだよな。…熱かな?元気なのになぁ。
そう思いつつ、ふと、今朝見た夢を思い出した。
「そういえばさ。今日、アリスが夢に出てきたんだ!」
「え、そうなの?」
「あぁ!最近よく夢に出てくるんだよ。今日も会いたいと思ってから、会えて嬉しいぜ!」
「わぁ、そうなのね。私も、アキレアに会えて嬉しいわ!それに、パンも美味しく食べてくれたなんて…嬉しい。アキレアや弟さん達のためにも、もっと美味しいパンを作れるように頑張るわ。」
“アキレアや弟さん達のために” ──俺や弟達を大切に想ってくれている言葉に、胸が温かくなる。
──アリスは、いつも嬉しい言葉を言ってくれる。
自然と笑みが溢れる。初対面の時やアキレアの花を渡した時、何より、俺の家に来た時の会話を思い返す。
アリスが俺の家に来ることになった時、俺は内心焦っていた。折角仲良くなれたアリスも、他のみんなと同じように、可哀想なものを見るような目で、俺達を見るようになるんじゃないか…そんな思いが過ったからだ。けれどアリスは、そんな不安を晴らしてくれた。笑顔で「アキレアは、幸せね。」と言ってくれた。その何気ない一言が、この上なく嬉しかった。
──俺もアリスみたいに、誰かの不安を晴らすような、そんな言葉を伝えたい。
目の前の妹分を、まっすぐに見つめ返す。胸にドンと手を当てて、満面の笑顔で口を開く。
「失敗しても安心してくれ!俺と弟達みんなで、美味しく食べるからさ。」
アリスは目をパチクリさせてから、小さく笑った。
「ふふ、それなら失敗しても安心ね。ありがとう、アキレア。」
「おう!」
ララさんに見守られる中、俺達は笑い合った。そうして、リリーの家までの道中、一緒に犬達の散歩をした。二人と別れてからは、不思議といつも以上にやる気が漲って、手伝いが捗った。




