25.こねこね!バゲット作りは甘くない
「あら、やっと戻ってきたわね。…って、アキレア。何でそんなに顔が真っ赤なのよ。」
パン屋さんに戻ると、出迎えたリリーが、アキレアをジト目で見る。
「そ、そうか?そんなことよりも、パン作るんだろ?時間かかるだろうし、早く始めようぜ!」
「ふ〜ん。まぁ、いいわ。アリス、こっちに来なさい。」
「うん!」
私はエプロンを身につけながら、リリーに近寄る。彼女は私の身だしなみを確かめてから「よし。」と言うと、一緒に流しで手を洗った。
「ほら、準備は済ませておいたから、始めるわよ。」
リリーの指差す台を見れば、材料や調理道具が用意されている。私はバッとリリーを見て、思わず抱きついた。
「リリー!ありがとう!」
「ちょっ、くっついてんじゃないわよ!さっさと始めなさい!」
「うん!」
私は、リリーに教わりながらパン作りを始めた。リリーのパン作りのお手伝いはよくするけれど、本格的に調理するのは初めてで、緊張しちゃう。ふと、手伝っていた時から疑問だったことを尋ねた。
「そういえば、何で小麦粉と雑穀粉を混ぜるの?」
手元の生地には、白い小麦粉と雑穀粉が使われている。
──お屋敷で食べるパンは白いから、たぶん雑穀粉は使われていない…わよね?
そんなことを考えていると、リリーが呆れた表情で言う。
「はぁ?そんなの白い小麦粉が高いからに決まってるでしょう。雑穀粉を混ぜた方が安いし、お腹にたまるもの。」
「へぇ、確かにリリーのパンは、食感も面白いものね!」
「ふふん!そうでしょう。」
得意気に胸を張るリリーを見ると、頬が緩む。ニコニコしながら、こね続けていると、リリーが私の手元に視線を落とした。
「ふぅん。今のところ順調ね。やるじゃない。」
「本当?えへへ、いつもリリーを見てたおかげかなぁ。」
「…っ!あっそ!…この調子だと日が暮れるわよ!小麦粉は貴重なんだから、無駄にすんじゃないわよ!」
「は〜い。」
私は慌てて作業を再開した。最初は粉っぽかったけど、少しずつ水と混ざり合っていく。慣れない作業に、だんだん疲れてくる。そんな私を見かねたのか、アキレアが隣に立って手助けしてくれたり、ララが下がってきた服の袖を捲ってくれた。
「えへへ、二人とも、ありがとう!」
その後も、生地を折りたたんだり休ませたりと、リリーに教わりながら作業を続けた。生地を発酵させた後の成形が一番難しくて、中々うまくできなかったものの、みんなで一緒に頑張った。
──ルカス様に喜んでもらえますように。
そう思いながら、目の前のパン生地と向き合った。
◇◇◇
「「で、できた〜〜〜!!」」
石窯から取り出したバゲットを見て、私とアキレアは同時に歓声を上げた。
「ま、私が教えたんだから、当然よね。」
「ふふ、流石ですね。」
リリーは満足げに微笑み、隣のララは小さく拍手してくれた。
「さぁ、粗熱はとったし、味見するわよ。」
「わぁ、味見味見!」
リリーから、まだホカホカのバゲットを受け取る。初めて、最初から最後まで自分で作った料理。楽しみで楽しみで仕方ない。
「ほら、手を合わせなさい。いただきます。」
「「いただきまーす!」」
「いただきます。」
私とアキレア、ララの三人で、リリーから教わった振る舞いを真似する。大きく口を開けて、バゲットを食べると──
バリッ!!
とても食べ物からしたとは思えない音が、室内に響いた。
「「───!?」」
私とアキレアは、声にならない声をあげて、ジタバタと悶絶した。そんな私達を尻目に、リリーとララはバリッボリッゴリッと音を立てながら食べ進める。
「これは…硬いわね。水が少な過ぎたかしら。それか、焼き過ぎ?」
「本当ですね。けど、お嬢…アリスが作ったものなら、いくらでも食べられます〜。」
ブツブツと硬くなった原因を分析するリリーと、ニコニコ笑顔で食べるララ。私はアワアワしながら近寄る。
「ふ、二人とも、こんなに硬いの食べちゃダメだよぉ!」
「何言ってんのよ。米一粒に七人の神様が宿るって言われるくらいなんだから。どんな食べ物も無駄にしちゃダメよ。」
「こ、こめに…かみ?た、確かに、無駄にしちゃダメ、だけど…。」
そこまで言って、私はハッとした。
──私、大切な材料を無駄にしちゃった…。
思い浮かぶのは、王都に来てから目にしてきたもの。明るい王都には、初めて知るものばかりだった。
──アリスは、小麦粉は貴重って言ってた。パン作りの時も、アキレアのお家では、みんな、使い込んだボロボロのものを大切に使っていた。それなのに…
ジワジワと目元が熱くなっていく。
「ご、ごめんなさい…。大切な材料、無駄にしちゃった…。みんな、手伝って、くれたのに…。」
涙で視界が潤む中、服の裾をぎゅっとする──途端、バリボリと音がした。顔を上げると、先ほど一緒に悶絶していたアキレアが、バゲットを食べている。
「あ、アキレア…?」
「確かに硬いけど、噛めば噛むほど美味しいぜ!」
「ええ、そうですね。雑穀粉のおかげか、噛み続けると甘いですね。」
「ララまで…。」
私が目をパチクリさせていると、リリーがフンッと鼻を鳴らす。
「硬いぐらいなら、工夫次第で食べれるわ。…というか、この一回で諦めるわけ?あんたの気持ちって、その程度なのね。」
「…!」
リリーの言葉に、再びハッとする。
──そう、よね。刺繍の時も、たくさん失敗しちゃった…。パン作りだって、一回で成功するわけないもの。もっともっと頑張らなきゃ!
私は涙をゴシゴシしてから、リリーにグイッと近寄った。
「リリー!私、諦めたくないわ!私にもっとパン作りを教えて!」
「…は?」
リリーが、ほんの一瞬だけ黄金色の瞳を震わせた──と思いきや、パッとそっぽを向いて、不機嫌そうに言う。
「ふん!本当にバカね。そこまで言うなら、つつつつ付き合ってあげなくもなくもなくもないんだからね!」
「どっちだ?」
「アキレア!あんたは黙ってなさい!」
「ありがとう、リリー!」
「だから、いきなり抱きつくんじゃないわよ!バカ!」
「ふふ、仲良しさんですね。」
その後は、四人並んでバゲットを食べた。リリー手作りのバゲットよりも硬いそれを噛むたびに、お口がジンジンとする。けれど、何度も何度も噛み締めながら、次はもっと頑張ろうと、心の中で繰り返し思った。




