24.ほっこり、幸せな居場所
「はぁーっ!?何それ、信っじらんない!」
「そ、そうなのかなぁ…。」
「そうよ!あり得ないわよ!…アキレアも食べてないで、何とか言いなさいよ!」
「もがもがっ!」
「きったな!食べ終えてから話しなさいよ!!」
「ふふっ。アキレア、口元にパンくずがついてるわ。」
「ん、ありがとな!アリス!」
今日も私は、リリー達と過ごしていた。今は、三人で仲良くお昼を食べている。ララはリリーのご家族とすっかり仲良くなったようで、隣で話し込んでいる。
「はぁっ…。本当にあんた達って、のんきよね。アリス、あんたはこのままでいいの?ソイツ、絶対これから先も無視するわよ。」
「ゔっ…。」
「あ、アリス!大丈夫か!?」
「な、何とか…。」
私はリリーの突き刺すような言葉に、思わず胸元を押さえた。途端に、アキレアがアワアワするのを、リリーがジト目で見つめている。
そう、私はリリー達に話したのだ──“ルカス様のこと”を。というのも、昨日摘んだ花について、リリーに追求され続けた末に話したのだ。けれど、婚約者であることや名前は伏せている。
──だって“ずっと手紙を送り続けてるけど、返事が来ない”って言っただけで、こんなにも私に寄り添って、怒ってくれるんだもの…。もし、相手が婚約者だって言ったら、ど、どうなっちゃうのかしら…。
私は、話を聞いてから、ずっとイライラしているリリーを見て、静かに青ざめる。
──うん、言わないでおこう。アキレアも、私が貴族だとは気づいていないみたいだし…。町娘として振る舞っているのに、婚約者がいたら不思議に思うものね。どこで誰が聞いているか、分からないし…。私が貴族だと周りにバレたら、今度こそ危ない目に遭うかも…。リリーに教わった通り、気をつけなきゃ…。
そんなことを考えていると、ずっとパンをもぐもぐしていたアキレアが口を開いた。
「でも、相手にも事情があるんじゃないか?忙しかったり、返事に悩んでたりするかもしれないぜ?」
「ええ、私もそう思ったの。だから、あまり気にしなくていいかなって思って…。」
「事情があるなら、伝えろって話じゃない!人の事情なんて、言われなきゃ分からないんだから!」
「「た、確かに…?」」
「はぁっ…、あんた達って、本ッ当にバカよね!」
リリーがこめかみを指でモミモミしている。
──私とアキレアが揃うと、毎回こうするのよね…癖なのかしら?
「とにかく、アリス!あんた、ソイツから返事がほしいのよね?」
「う、うん!」
「これまで贈り物してもダメだったのよね?」
「うぐっ…!う、うん…。」
私がしゅんとしていると、リリーは何か閃いたのか、口を開く。
「なら、手紙に食べ物を添えて送りましょう。」
「え、食べ物?」
「ええ、そうよ。花はドライフラワーにするとして…、食べ物もできる限り日持ちするものがいいわね。食べ物ってなったら、いつかは腐っちゃうし、放っておけないでしょ。ま、本人が食べないにしても、捨てるにしても、手紙への興味を引ければ、こっちのものよ。」
「「な、なるほど〜!」」
「ふっ。まぁ、これくらい当然よ。」
得意げに微笑むリリーから、後光が指しているように見える。
──やっぱり、リリーは天才だわ!
私は改めて感心した後、疑問を口にした。
「食べ物って、どんなものがいいのかしら?」
「そんなの、パンに決まってるでしょ。あんた、私のパン作りの手伝い以外で、何か作ったことあるの?」
「うっ、な、ないわ…。」
「ハッ。でしょうね?」
リリーは鼻を鳴らすと、私の頭をぽんぽんと撫でる。
「本当に、この私と友達になれて良かったわね。私が一から十まで、全部教えてあげるわ!感謝しなさい!」
「わぁ、ありがとう、リリー!だーいすき!」
「ちょっ、離れなさいよ!バカ!」
「ははっ、二人とも仲良しだな!」
リリーは私のことを「バカバカ」というものの、無理矢理引き剥がそうとはしない。手をバタバタするだけで、いつも優しい。そんなリリーが、私は大好き。そんなことを思っていると、ずっとバタバタしているのに疲れたのか、リリーが小さくため息をついた。
「はぁ…、まぁ、いいわ。さっさと準備するわよ。」
「「はーい!」」
リリーの言葉に、私とアキレアが、腕をピンと伸ばして、元気よく返事する。同時に、リリーがジト目になった。
「…あんたも手伝うの?」
「当たり前だろ。アリスは、俺の友達だからな。」
「アキレア…、ありがとう!」
「おう!気にすんな。」
アキレアが、いつものペカーっと眩しい笑顔を向けてくれる。私が、アキレアの優しさに感動している間、リリーは着々と材料を確認している。それに気づいた私は、慌てて彼女に近寄る。
「リリー。私は何をすればいいかしら?パンもいっぱい種類があるし…何を作るか決めなきゃね。」
「…?そんなの、バゲットを作るに決まってるじゃない。」
「「……。」」
当たり前とでも言うように、リリーは答えた。私とアキレアは、思わず目を見合わせる。
──リリーは、本当にバゲットが好きなのね。
たぶん私達二人は同じことを考えている。そんな中、リリーは確認を進める。
「さぁ、材料はある程度揃って…ん?雑穀粉が足りない。買わないと…。」
「ぁ、じゃあ、私が買いに行くわ。もうすぐリリーの休憩も終わりでしょ?」
私は時計を見ながら、そう答えた。そろそろリリーがお店のお仕事に戻る時間だ。
──元々、私がルカス様へ贈るためのものだし。いつもリリーにお世話になっている分、役に立ちたいわ。
そう思って提案すると、ララが即座にサッと横に来てくれた。
「私も一緒に行きます。」
「ありがとう、ララ!」
「…ララがいるなら安心だけど。雑穀粉を売っているところは、昨日頼んだお使いとは、別のところだし…道、分かるの?」
「それなら、俺も一緒に行くぜ!」
「…まぁ、アンタがいるなら、大丈夫ね。」
「よし、じゃあ行こうぜ!アリス!」
「うん!」
私は差し出されたアキレアの手を、いつも通りギュッと握った。彼に手を引かれながら、パン屋さんを後にする。ララも私達の後ろに続いて歩いてくれる。アキレアが周りを指し示しながら、花屋さんやお肉屋さんなど、いろんなお店を教えてくれる。そんなアキレアを見たお店の人達が、気さくに話しかける。
「お、アキレア。新しい妹さんか?」
「ううん、こいつはアリス!俺の友達なんだ!」
「あぁ、あのパン屋さんで時々見かける子ね。すっかり仲良しさんね。流石はアキレアだわ。」
「まあな!俺はみんなの兄ちゃんだからな!」
お店の人達の言葉に、アキレアは得意げに胸を張る。その姿を見て、以前のリリーとアキレアの会話を思い出した。
「そういえば、弟さんがたくさんいるのよね?」
「おう!みんな食いしん坊だから、パンを持って帰ると、すぐなくなるんだ!」
「まぁ、そんなに食べるの?」
「すっげー食べるぞ!いくらあっても足りないくらいだ!」
アキレアが笑顔で弟達の話をしてくれる。その横顔を見ていると、自然と私まで嬉しくなって、笑顔で相槌を打っていると──
「本当に苦労しているねぇ…。」
「可哀想に…。」
そんな声が聞こえた。
声の主は、先ほど話しかけてきたお店の人達。彼らは、悲しそうにアキレアを見ている。
──…なんで?
不思議に思った私は、アキレアを見つめた。
「あはは、そんなことないよ。」
彼はいつも通り笑顔だった。けれど──
──アキレア…無理してる?
いつもの笑顔のはずなのに、何だか違う気がする。笑っているのに、笑っていないような…そんな違和感。心配になった私が、彼の名前を呼ぼうとした時──
「兄ちゃーん!」
「アキレア兄ちゃん!」
「おっ、お前ら!」
アキレアは子供達に、勢いよく抱きつかれた。しかし、倒れることなく、ガシッと受け止めている。私とララは驚きつつも、その様子を見守った。
「どうしたんだ?迎えに来てくれたのか?」
「違うよ!お腹すいた!」
「またかよ!本当に食いしん坊だな?」
子供達の頭を、アキレアがわしゃわしゃと撫でる。
──良かった。いつものアキレアだわ。
笑顔の彼を見て、少しホッとしていると、一人の女の子が、不思議そうに私の顔を覗き込んでくる。
「…お姉ちゃん、だれ?」
「ん?ああ、俺の友達だよ!」
「友達!?」
子供達が一斉に私を見る。私は少し緊張したけれど、自分よりも背丈の小さい彼らを見て、大丈夫大丈夫と、心の内で自分に言い聞かせる。ウサギのポシェットをギュッと握りつつ、目線を合わせて口を開いた。
「初めまして。私はアリスよ。」
「わぁ、アリス?かわいいお名前!」
「髪もふわふわ!お姫さまみたい!」
「このウサちゃんも、かわいい!」
「えへへ、ありがとう。」
子供達からの言葉の数々が嬉しくて、ついニコニコする。ウサギのポシェットや私の髪が気になるのか、子供達が無邪気に近寄ってくる。先ほどの女の子が、私の服の裾をちょこんと引っ張った。
「アリスお姉ちゃんも、一緒に来る?」
「え?」
「私たちのお家!」
私はアキレアを見る。
アキレアは少し驚いた顔をした後、子供達の頭を撫でながら口を開いた。
「…突然誘ったら、迷惑だろ?ちゃんと相手の都合を考えないと。」
「え〜…、だって、アリスお姉ちゃんとも遊びたいんだもん…。」
「私も!」
「僕も!」
「あはは…お前らなぁ…。」
アキレアが珍しく困ったように笑いながら、私に視線を送る。アキレアと一緒に過ごしてみて分かったのは…彼は“相手の気持ちを第一に考える人”ということ。視線から、私を気遣ってくれていることが、よく分かる。
──まだ日も明るいし…。朝のうちに、今日焼くパンは焼き終わったってリリーも言ってたわ。…昨日よりも遅くならないようにすれば、大丈夫よね。それに…
「私も、みんなと遊びたいわ!」
「……そっか!よし、みんなで一旦帰るぞ!家まで競争だ!」
「「「おー!!」」」
笑顔で私が応えた途端、アキレアがいつものペカーっとした笑顔になって、子供達に声をかけた。子供達は楽しそうに駆けていく。そんな彼らを見守っていると、アキレアが耳元で囁いた。
「ありがとう、一度言うと聞かないからさ。正直助かったよ。」
「ううん、私も遊びたかったし、いいの。」
「…そっか。」
「兄ちゃんたち〜!置いて行くよ〜!!」
「お、そうはさせねぇぞー!アリス、行こうぜ!」
「うん!」
私はアキレアに手を引かれながら、アキレア達の家まで駆けた。ララも離れることなく、私達の後について来てくれる。
しばらく走った先にあったのは、決して大きくはない建物だった。
古い木の壁。小さな窓。庭には、何度も使われたのであろう玩具がいくつか置かれている。
中に入ると、たくさんの子供達がいた。
「ただいまー!」
「おかえり、アキレア兄ちゃん!」
「兄ちゃん、おかえり!」
「お土産は!?」
「はいはい、順番な!」
アキレアは慣れた様子で子供達に囲まれている。私は、その様子を少し離れたところから見守りつつ、周囲を眺めた。
──私の家とは、全然違うわ。
部屋は、決して広くない。子供達の服には、いくつか繕った跡がある。数人の大人達も同じ格好をしており、アキレア達を笑顔で見守っている。
──どういう関係性なのかしら?家族…にしては、多過ぎるし…、お顔も似ていない、わよね…?
私は自然と首を傾げる。すると、後ろに控えていたララが近寄って、私の耳元で囁いた。
「…ここは、孤児院のようですね。」
「…こじいん?」
「ええ、身寄りのない…親のいない子供達が生活するところです。」
「親のいない…。」
──そんな施設が、そんな人達がいるだなんて、知らなかった。本当に、…私には知らないことばかりなのね。…もしかして、さっきのお店の人達は、このことを知っていて…。
そこまで考えていると、先ほどの女の子が、袖口をちょんちょんと引いてきた。
「アリスお姉ちゃんも、遊ぼう?」
「…!ええ、遊びましょう!」
私は笑顔で返事をした。周りの子供達も誘って、お外で花冠を作った。その他にも、ララがよく話してくれた御伽噺やマシューに教わった押し花…私が知っていることを子供達に教えた。みんなで遊ぶのは楽しくて、短い時間は、あっという間に過ぎ去った。
──きっと、この子達は、私の想像ができないほどの経験をしてきたんだわ。けれど…
私の家より、ずっと小さいお家。私が普段着るものとは違うお洋服。それでも、この子達は笑顔で、楽しそうで、キラキラと目を輝かせている。私にとっては、それが、とてもとても温かく感じた。
「ねぇ、アキレア。」
「ん?どうしたんだ?」
私は、隣に座るアキレアの服の裾を引いた。クルリとこちらを見つめるアキレアの瞳を、見つめ返す。
「アキレアは、幸せね。」
「……っ。」
アキレアの瞳が、大きく見開かれた。
「みんな笑顔だもの。アキレアをお兄ちゃんって呼んでいて…大好きなのが伝わってくるわ。」
「……。」
「それに、アキレアも。みんなやこのお家のことが大好きなんでしょう?」
「……っ、そう!」
アキレアの顔が、一気にパァッと明るくなる。
「そうなんだよ!」
いつものお日様みたいな笑顔で、アキレアが言葉を続ける。
「俺、ここが大好きなんだ! みんなと一緒にいるのが、すっげー楽しい!」
「ふふっ」
私は、つられて笑った。
「じゃあ、やっぱり幸せね。」
「うん!」
アキレアは、嬉しそうに頷いた。そうして、グイッと顔を近づけてくる。
「……アリス。」
「なぁに?」
「ありがとな!」
「え?」
「なんか……嬉しかった!」
「ふふっ。どういたしまして?」
私はよく分からないものの、彼の笑顔が嬉しくて微笑んだ。すると、アキレアは私の顔をじっと見つめてくる。
「……っ。」
「…?どうしたの?」
「いや……」
アキレアはすぐさま視線を逸らした。
「なんでもない!」
「そうなの?」
「うん!」
アキレアはそっと膝上の男の子をおろして、立ち上がると、私に向かって手を差し伸べた。
「ほら、材料買いに行くんだろ?早く行こうぜ!そろそろ行かないと、またリリーに怒られちゃうぞ。」
「あ、確かにそうね!ありがとう、アキレア。」
私は差し出された手を握る。彼の手は、温かかった。お礼を言うものの、彼はいつものように「おう!」とは言わず、前を向いたまま無言で頷く。それを不思議に思いつつ、私達は孤児院を後にした。
「…アキレア兄ちゃんのお耳、赤くなかった?」
「ねぇ〜、へんなの!」
「アリスお姉ちゃん、また来てくれるかな?」
「兄ちゃんにお願いしよ!」
「「うん!」」
遠ざかって行く背を見ながら、子供達は笑顔で手を振り続けた。




