22.ペカーッ!お日様みたいな子、登場!
「……で?また来たってわけ?」
「うん!リリーに会いたくて、また来ちゃっ…むぐ!?」
王都にやって来てから、一週間が経った。この一週間、私は毎日のようにリリーのお家であるパン屋さんに入り浸っている。というのも、お父様はお仕事で忙しく、かと言って王都ですべきことも、一人では思いつかないからだ。
ここ何日も通って分かったけど、リリーは、私の口にパンを突っ込むのが好きみたい。私がもぐもぐしながら「不思議な子だなぁ。」と考えていると、リリーがジト目で私を見てきた。
「…あんた、お嬢様のくせに変わってるわよね。」
「むぐむぐ…?」
「普通のお嬢様なら、庶民の格好なんて、嫌がるんじゃないの?」
リリーがパンの生地をこねながら、私の頭からつま先までを、じっと見つめてくる。この数日間、私はリリーに会うために、いつものドレスやワンピースを着ずに、リリーからもらった服を着続けていた。それを見かねたリリーが「もう着れないから、あげる。」と言って、新たに数着くれたのだ。
今日は、リリーとは色違いの緑色のワンピースを着ている。そんな私を見たリリーが、フンッと鼻を鳴らす。
「それとも、私とお揃いだからって気に入ったわけ?」
「うん、リリーとお揃いで嬉しいの。お揃いのお洋服を着ていると、仲良しって感じがするわよね!」
「ぁ、あっそ!…この単純バ「バカじゃないよ!」うるっさいわね!?」
「ふふっ。またリンゴみたいに、お顔が真っ…むぐっ!?」
リリーが、新たなパンを私の口に突っ込んでくる。そして、顔を真っ赤にしながら、パンの生地をこねる手を速める。一方、私はパンをもぐもぐしつつ、さっきからプルプルと笑うのを必死にこらえているララの隣で、お皿を洗う。
最初、皿洗いした時は、ララに必死に止められた。けど、「お家にお邪魔している分、お礼をしたいの。」と言ったところ、“ララがそばにいる時だけ”という条件付きで、皿洗いをするようになった。ララは「お嬢様の交友関係を邪魔するつもりはありません。」と言って、基本的に見守る姿勢でいてくれる。
──リリーと一緒にいると、沢山のことを学べる。きっと、リリーに出会わなかったら、皿洗いの大変さを知ることもないままだったもの。リリーにも、使用人のみんなにも、感謝しなきゃ…。
そう思いつつ、私は何度目か分からない質問を、リリーにした。
「…ねぇ、リリー。…そのパン、伸ばし過ぎじゃないかしら?」
「いえ、まだまだ足りないわ!限界まで伸ばし続けるのよ!私の明るい未来のために!!」
「「……。」」
──いつも、私にいろんなことを教えてくれるリリーだけど、これだけは本当に、よく分からないわ…。
どうもリリーには“パンを伸ばし続ける癖”があるのだ。頼りになるお姉さんのララでさえ、私と同じように疑問符を浮かべている。だって、パンは丸いものが一般的だから。
そんな謎に満ちたリリーの癖によってできたパンの名は“バゲット”。リリーが命名したものだ。本人曰く「これが私の未来を左右するのよ…。」だそうだ。
──ふふっ、リリーったら本当に面白いわ。…けれど、何でお友達がいないのかしら?
途端、ガタンッという音がした。目を向けると、リリーにギロリと睨まれた。…どうやら、無意識に声に出していたみたい。私はアワアワしながら口を開く。
「ご、ごめんなさい、リリー。ただ、この一週間、私以外と遊んでいるところを見たことがないなぁって思って…。」
「ふ、ふん!私は孤高の存在なのよ!」
「“ここう”って、何だ?」
不意に、私達以外の声が聞こえた。声のした方を見ると、一人の少年がいた。
その少年は、一目でお日様みたいな子だと思った。テラコッタ色の髪と、赤みを帯びたオレンジ色の瞳。私とバチッと目が合った途端、彼はペカーッと、眩しいくらいの笑顔を向けてきた。
「俺はアキレア!よろしくな!」
「…う、うん。よろしく、お願いします…。」
「あ、あれ?何で隠れるんだよ。」
「…この子、箱入り娘なの。元々人見知りが激しいんですって。」
「そうなのか!すまん!気をつけるな!」
彼の眩し過ぎる笑顔に、私はリリーの後ろに隠れたままでいる。
──は、初めて会う子だわ…。こんなに明るい子がいるなんて…!
私は初対面の子に対する緊張と、友達になれるかもという期待で、じっと彼を見つめた。リリーに「世の中には悪い人もいる。」と教えられて以来、私は慎重になっていた。
──リリーのお友達なら、良い子だとは思うけど…。
私が、どうやって歩み寄るべきか悩んでいると、彼から近寄ってきて、目線を合わせるように少し屈んでくれる。
「なぁなぁ、顔、見せてくれないか?…嫌なら、無理しなくていいからさ。」
「ぇ、えっと…、うん…。」
私は緊張しつつも、そっと顔を出した。すると、目の前には彼の眩しい笑顔があった。窓から差し込む光によって輝く彼の琥珀のような瞳は、近くで見るとますます綺麗で、思わず見入ってしまう。
「うん、遠目から見た時も思ったけど、青空みたいにキレイな目だな!」
「ぇ?あ、ありがとう。あなたも、宝石みたいにキレイな瞳ね。」
「そうか?ありがとう!嬉しいぜ!」
褒められたことが嬉しかった私は、彼を見つめ返しながらニコニコする。彼も、ますます笑みを深めている。
「バカが二人に増えたわね…。」
「ふふっ、仲良しですねぇ。」
リリーとララが、私たちを見つめながら呟く声がする。すると、リリーが近寄って、彼に尋ねた。
「…で?またいつもの?」
「お、悪い悪い。ああ、いつもの頼む!」
「はいはい。ちょっと失敗したやつも、おまけであげるわ。」
「助かるよ。うちの弟達、食いしん坊だからさ。」
リリーは手慣れた様子で大量のパンを渡す。
──アキレアはリリーのお友達みたいね。…パンの数からして、弟さんが沢山いるのかしら?
そんなことを考えていると、再び彼と目が合った。そして、目をキラキラさせた彼が、またグイグイと距離を詰めてくる。
──まるで大きなワンちゃんみたい…。ふふっ、かわいいかも。
のほほんと微笑んでいると、彼が元気に尋ねてくる。
「なぁなぁ!名前、なんて言うんだ?」
「ぇ、えっと…「アリスよ。この私が友達になってあげたの!」」
「ぇ、ちが…「アリスか!改めて、よろしくな!」」
リリーが得意げに彼に伝える。アキレアは、私の手を握って、勢いよくブンブン振る。暫くすると、満足した様子で、彼は手を離し、満面の笑みで手を振りながら走り去ってしまった。
──また間違った名前で、覚えられてしまったわ!
私は頭を抱えた。というのも、初対面以来、私は、何度も何度もリリーに訂正しようとした。けれど、その度に、近くを馬車が通ったり、パンが焦げたり、お客さんがお店に来たりして…「え、何か言った?」と言われて終わる日々が続いていた。
「ったく。やっと騒がしいのがいなくなったわね。ほら、アリス。再開するわよ。」
「う、うん…。」
──もうアリスでも良いかも…。ここまで頑張っても、ダメなんだもの…。アリスっていう名前も、かわいいし…。ニックネームだと思えば、嬉しいものね。…うん、前向きに考えよう!
私はリリーに対して頷き、彼女と並んでパン作りを再開した。




