19.能天気な手紙・上(ルカス視点)
「…何だよ、これ。」
俺の目の前にあるのは、例の婚約者から送られてきた、最初の手紙。封筒と同じ桃色の便箋には、ウサギの絵が描かれており、やたらと丸い字で、メッセージが綴られていた。
──はいけい
はじめまして、ルカスさま。わたしは、アイリスです。
おはながいっぱいの、ぽかぽかなはるになりましたが、ルカスさまは、どんなふうにすごしていますか?
きょうは、わたしのおたんじょうびで、8さいになりました!かぞくのみんなに「おめでとう。」っていわれて、うれしいなっておもったら、ルカスさまとわたしが、こんやくしゃになったときいたので、おてがみをかきました。こんやくしゃっていうのは、おたがいにささえあうひとのことだよって、おとうさまにおしえてもらいました。それって、とーってもすてきですよね!わたし、ルカスさまと、なかよくなりたいです!そのためにも、わたしのすきなものをたくさんおつたえします!わたしは──
そこまで読んで、俺は頭を抱えた。
──こいつ、……能天気すぎるだろ。
最初に考えていた媚を売る…はたまた、義務感で仕方なしに手紙を送ってくる婚約者のイメージが少しずつ崩れていく。
手紙にある「わたし、ルカスさまと、なかよくなりたいです!」という文面が、やけに目につく。
──これじゃあ、本当に…ただ、俺と仲良くなりたいだけじゃねぇか。
そう考えた後、俺は首を横に振る。
──そんな訳ない。今までの奴らを思い出せよ。
そう、自分に言い聞かせる。両親が亡くなった時の親族達の目。初対面以来、目すら合わせず冷たい侯爵夫妻。しつこく関わり続けてくる優秀な“兄姉”。
──そうだ。きっと、こいつもその一人だ…。…その筈なんだ。
俺は、婚約者の裏の顔を暴いてやろうと、再び手紙に目を遣る。
──「おとうさまやおかあさまから、しろいワンピースをプレゼントされました。いつか、きているすがたを、ルカスさまにもおみせしたいです。マシューからは…」「ララのクッキーは、あまくておいしくて…このまえ、こっそりほっぺいっぱいにつめたら、バレちゃって…」
「……。」
その後も続く呑気な内容の数々に、俺は固まった。とても裏があるようには思えない。ただただ自分の好きなことを、日常を、俺に伝えるだけの文面。読み進めれば読み進めるほど、脱力してしまう。それと同時に、彼女の言葉の羅列が自分の胸に、小さく突き刺さる。
──こいつには、“家族”がいるんだな…。
先ほどから書き綴られている彼女の“日常”。それは、俺にはもう味わえないはずの“特別”だった。
家族と過ごし、会話し、食事をする。時には叱られ、悲しみ、落ち込む。それでも、自然と話したり謝ったり、また繰り返されるつまらない、何気ない“日常”。
それが、どれだけ特別で、大切なものか、俺には分かる。
俺の“日常”は、両親が亡くなってから、消えた。
まず、空が嫌いになった。時折、事故の曇天を思い出してしまうからだ。以前は、…空が好きだったのに。事故のことばかり思い出してしまい、どうにも好きだった理由を思い出せない。次に、食事も嫌いになった。今の侯爵家での食事は、両親と食べた食事以上に豪華だ。それでも、どこか味気なくて、食べるのが億劫になった。
両親が亡くなってから、“俺の日常は色褪せてしまった”。
だからこそ、“家族との日常”が、どれだけ大切で、“特別なもの”か、俺には痛いほど分かる。けれど──
──こいつは、まだ、知らないんだろうな…。
それが、とても羨ましくて、妬ましくて…それでも、丸く歪な字や、プレゼントされたというワンピースや花、好きな菓子の絵…幼さが伝わる文面を見ていると、そんな気持ちが霧散していく気がした。
俺は、再び手紙を見た。もうそろそろ、読み終わるそれに、何が書いてあるか見るために。
──はやく、あなたにあいたいです。あったら、たくさんおしゃべりしましょうね!
「……ふっ。」
あまりにも単純な言葉だった。“こんやくしゃってすてき”“なかよくなりたい”“あなたにあいたい”“たくさんおしゃべりしましょう”。どこまでも無邪気な言葉の数々に、思わず笑ってしまった。
メッセージが終わった。そう思った時、便箋とは別に、小さな紙があることに気づき、目を遣る。
──これ、わたしのおなまえとおなじ、アイリスっていうおはななんです。おなまえをはやくおぼえてほしくて、かきました!じょうずでしょう?
そのメッセージの隣には、アイリスの花──なのだろうか?へにょへにょな線で描かれた絵があった。特徴的な花弁は紫色で、中心は黄色であることや、メッセージのお陰で、かろうじてアイリスだと分かる絵だった。
「っ…。下手すぎだろ。」
あまりにも下手な絵に対して、自信満々なメッセージ。相反する出来と自信に、思わず苦笑する。
「はぁ…。こんなやつが、俺の婚約者なのかよ…。」
呆れと笑いが混ざった複雑な表情で手紙を見る。まだ、これは一通目。まだまだある三通の手紙。
「…ったく。次は何を書いてんだか…。」
俺は小さくため息をつきながら、次の手紙を手に取った。




