18.むぐっ!?初めて尽くしの一日!
「あんた!バッカじゃないの!?」
「えぇ!?」
初めて怒鳴られた私は、思わずウサギのぬいぐるみをギュッとして、涙目になった。あの後、少女に付いて行った私は、彼女のお家──パン屋さんにお邪魔していた。
「ば、ばかって…なに?」
「はぁぁ!?そんなことも知らないわけ!?これだからお嬢様育ちは!」
「ぇ、な、何で私が、お嬢様って…分かるの?」
「あったり前でしょう!その身なりと言動で、丸分かりなのよ!あと、バカっていうのは、頭が悪いってこと!」
「あ、あたまが、わるい…!?」
真正面から言われる初めての悪口に、私はガーンとなった。そんな私を見ても、彼女は責める口を止めはしない。
「“知らない人に付いて行っちゃダメ”なんてこと、どんなに小さな子でも知っていることでしょう!?それも分からないとか、随分と優しい人達に囲まれて育ったのね!」
「ぇ、えへへ…。」
「褒めてないわよ!!」
「えぇ!!??」
褒められたと思って照れ笑いした途端、また怒鳴られてしまった。
──ううっ、お、王都って、こういう子ばっかりなの?
「ちょ、ちょっと!?なに泣いてるのよ!?」
「へ…?」
彼女の言葉に、私が目元に手をやると、濡れた感触がした。
──あ、私、泣いてしまったのね。このままだと、迷惑をかけちゃう。泣き止まなきゃ…。
そう思って、頑張って泣き止もうとするものの、ますますポロポロと涙を流してしまう。お父様やララ、使用人たちと逸れてしまったこと、一人になった恐怖、初めて向けられる厳しい言葉──知らずのうちに、心は酷く傷ついてしまったらしい。
「ふぅ…うっ、うぇっ…。」
「わ、悪かったわね!謝るから、泣き止みなさいよ!バカ!」
「うぅ、ば、ばかじゃ、ないもん…。」
「そこは否定するのね!?」
彼女が近くにあったハンカチをバッと手に取って、私の涙をゴシゴシ拭う。
──い、いたい。ゴシゴシいたいよぉ…!
「あぁ!もう!これで泣き止みなさい!!」
「むぐっ…!?」
一向に泣き止まない私に焦ったのか、彼女が私の口に、いきなり何かを突っ込んだ。
「はむ…むぐっ…。」
「ふぅ…やっと落ち着いたわね。…どう?私手作りのパンよ。美味し過ぎて、涙も止まっちゃうでしょう?」
得意気に微笑む彼女が、ずっとパンを押し付けてくるので、食べざるを得なくなる。私はもぐもぐと食べ進めて、何とか食べ切った。けど──
「…かたい。」
「なっ、これだから金持ちは腹が立つのよ!私と同い年くらいなのに、舌肥えてんじゃないわよ!庶民のパンにしては、柔らかい方なのよ!」
私の呟きを聞き逃さなかった彼女が、怒った様子で捲し立てる。
──そうなのね。確かにパンの色からして、普段食べるものとは違う…授業でも、貴族と庶民では、全く生活が違うって教わったけど、こういうことだったのね。
私は授業での学びを思い出しつつ、伝えなきゃ、と口を開いた。
「けれど、とっても美味しかったわ。私はパンを作ったことがないから、手作りだなんて…あなたはすごいのね!ありがとう!」
「…!ま、まぁ、当然よね。ええ、ええ、そうでしょうとも。」
彼女は、さっきまでの勢いはどこへやら、横髪を指先でイジイジしながら、そっぽを向いてしまった。何故か、お顔が真っ赤だ。
「わぁ、リンゴみたいね。かわいい。」
「は、はぁぁ!!??」
「むぐっ!?」
思ったことを口にした途端、再びパンを口に突っ込まれた。
──な、なぜー!!??
私は戸惑いつつも、食べ物を無駄にしてはいけないと思って、再びもぐもぐと食べ進める。すると、彼女がパンを押し付けたまま、俯いて口を開いた。
「わ、私は、リリーよ。…あ、あんた、名前は?」
「む、むぐ、あぃひす…。」
「そう、アリスね!」
「むぐ、ちがっ…「アリス!この私に会えたことを感謝するが良いわ!この私が、友達になってあげる!」」
──は、話が勝手に進んでいく!?こんなの初めてだわ!?
家族や屋敷のみんなは、私が話し終えるのを待ってくれていたことに、今更ながら気付かされた。
──今までは、みんなの優しさのお陰で、お話できていたのね!?勉強になるわ!
そう思いつつ、リリーの“友達”発言から、屋敷の外でできた初めての友達──“泉の彼”が頭を過った。
──彼、元気かしら?……ん?…よく考えたら、私、彼の名前を知らないわ!?
私が今更の事実に気付き、衝撃を受けているうちに、リリーが服一式をシュパッと取り出した。私が目をパチクリさせていると、目にも止まらぬ速さでシュババッと着替えさせられる。
「ふっふっふ。喜びなさい。私と色違いのお洋服よ!」
「わ、わぁ…。」
リリーにグイグイッと背を押され、鏡の前に立たされる。そこには、リリーの着る赤い服とは対照的な青い服を着た私が映っている。普段着る衣服とは違う着心地、デザイン──
──まるで、町娘の一人みたい…!
私が感動で目をキラキラさせている間、リリーは私の髪を編んでいく。
「あなたの髪、ふわふわね…。…髪を編み終えたら、あなたのお父さんを探しに行くわよ。さっきみたいな、如何にもお嬢様ですって格好じゃ、すぐまた狙われちゃうんだから。」
「…ねらわれる?」
「…はぁ。お金目的で狙われるってことよ。貴方を人質にして、お金を要求するかもしれないし、売られるかもしれない…。」
「ひ、ひとじち…うられ…?」
「……これは教育が必要ね。よし、編み終わったわ。はい、これが元の服が入ったバッグよ。ほら、付いて来なさい。」
「う、うん…!」
私は、リリーに手を引かれながら街中を歩いた。リリーは、私にいろんなことを教えてくれた。
世の中には、良い人もいるけど、悪い人もいること。
悪い人の中には、お金目的で、私みたいな貴族の子を狙う人がいること。
あの時、強引に間に割って入ったのは、私を守るためだったこと。
私はゾッとした。今まで、優しい人達にばかり囲まれてきた分、そんな人達がいたことを知らなかったから。
──リリーがいなかったら、今頃私はどうなっていたんだろう…。
私は、前を歩くリリーの背を見た。私と同い年のはずなのに、彼女の背は、とても大きく、頼もしく見えた。
◇◇◇
「お嬢様…!!」
「ララ!お父様!みんな!」
「ありがとう、本当にありがとう!」
「い、いえ、当然のことですから。」
無事合流した私を出迎えたのは、ララのハグだった。お父様は、私を送り届けたリリーに対して、繰り返しお礼を伝えている。そんなお父様に、リリーはタジタジの様子だ。
「お嬢様、本当に申し訳ありませんでした。私が至らぬばかりに…。」
「そんなことないわ!ララは、私が離れたことに、一番に気づいてくれたもの。」
涙を流し続けるララを慰めたくて、私はギュッと抱きしめ返す。
「…いや、今回の件は、私の責任だ。初めての王都だろうに、怖かっただろう…。」
「お父様も、そんなこと言わないで。私も、そばを離れてしまって、ごめんなさい。」
みんなと合流できた安堵感で、私は嬉しいはずなのに、ポロポロと涙を流した。そんな私に気づいたリリーが、不器用に私の目元をハンカチで拭う。初めの時よりも、優しい拭い方から、彼女なりの気遣いが感じられた。
日が暮れてきて、王都にある屋敷に戻る時間になった。ふと、リリーを見ると、そっぽを向いて、何だかつまらなそうにしている。
──拗ねた時のマシューにそっくりだわ…。
そう思った私は、リリーに駆け寄った。
「な、何よ…。さっさと帰りなさいよ!」
「…ねぇねぇ、また会いに来たら、一緒に遊んでくれる?」
「…!ま、まぁ、どうしてもって言うなら、考えてあげる!」
「うん、どうしても!」
「…!?そ、そそそそそう!まぁ、良いわ!遊んであげる!」
「わぁ…!ありがとう!リリー!」
「ちょっ…!?離れなさいよ!バカ!!」
嬉しさのあまり、私はリリーにギューッと抱きついた。リリーはバカバカと言い続けるけど、無理やり剥がそうとはしなかった。お父様もララも、使用人のみんなも、そんな私たちを、にこやかに見つめている。
王都を照らす温かな夕焼けも、私達を優しく見守っていた。




