17.キリッ!見知らぬお友達!?
「わぁ……!!」
馬車から降りると、私は思わず歓声を上げた。
馬車の中から見るのとは、全然違う。どこを見ても新しいものばかりで、胸のトキメキが止まらない!そして何より──
「人がいーっぱーい!」
「ははっ。そうだろう?だから、今日はどうするんだっけ?」
「お父様のそばから、離れちゃだめ、だよね!」
「よく覚えていたね。正解だ。さぁ、手を繋ごうか。」
「うん!」
私は元気よく返事をして、ぬいぐるみを抱きしめる手とは反対の手で、お父様の手をぎゅっと握った。王都の街を歩く私達の後に、ララをはじめとした使用人達が続く。すると――
「おや? マーキア伯爵ではありませんか?」
「…ん?」
声を掛けられて、お父様が振り返る。そこには、一人の男性が立っていた。整えられたダークブルーの髪と漆黒の紳士服は、彼の聡明さを表しているようだった。初対面の人に緊張した私は、お父様の背にそっと隠れて、様子を伺う。
「お久しぶりですね。」
「ああ、これはこれは。お久しぶりです。」
二人は笑顔で挨拶を交わす。和やかな雰囲気から、お父様と親しい人なのだと分かる。
「アイリス、こちらはお仕事でお世話になっているセントーレア男爵だよ。」
「こ、こんにちは…。」
「おや、可愛らしいお嬢さんですね。そのぬいぐるみも、素敵だね。」
「…!…ぇへへ。」
緊張しながらの挨拶だったけれど、優しく微笑んでくれる男爵に、私は頬が緩んだ。
──大切なうさちゃんを、可愛いって言ってくれた!やっぱり、王都も優しい人ばかりなんだわ。
「実は先日の件なのですが――」
「…ああ、その件ですか。」
いつもにこやかなお父様が、少し真剣な表情に切り替わる。男爵も同じようで、二人はお仕事のお話を始めた。私は二人の邪魔をしないように、お父様と手を繋いだまま、大人しく聞いていた。けれど、私には難しい言葉ばかりで、話についていくことができなかった。私は、辺りをキョロキョロと見回した。
「……あ!」
ふと、視界の端にキラキラしたものが映った。少し先のお店に、色とりどりのガラス細工が並んでいる。
「お父様、あれ…!」
思わず声を上げる。ハッとして手で口を塞いだ。二人の話の邪魔をしてしまった。私は、不安気にお父様を見上げた。
「ん?ああ、ガラス細工だね。アイリス、興味があるのかい?」
「う、うん…。お話の邪魔しちゃって、ごめんなさい…。」
私がしょんぼりしながら謝ると、お父様は優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ。後で見に行こう。今は少しだけ待っていてくれるかい?」
「う、うん…!」
そっと頭を撫でてくれるお父様に、私は元気よく返事をした。
「話が長くなってしまうかもしれない。ララ、アイリスを頼む。」
「はい、お任せくださいませ。」
ララがお父様に一礼した後、私と手を繋いでくれた。
「お父様、お仕事頑張ってね!」
「ああ。すぐ戻るからね。」
そう言って、お父様は男爵との話へ戻った。私はララの隣に立って、ガラス細工のお店を眺める。キラキラとしたグラスや花瓶、アクセサリーの数々に、私は目を輝かせた。けれど――
「……あっ!」
今度は反対側から、色鮮やかな花をたくさん積んだ荷車が通って行った。その中には、マーキア伯爵領にはない珍しい花もあり、一目で心を奪われる。
「お嬢様、あちらも気になりますか?」
「うん、あっちも見たい!」
「ふふ。王都には珍しいものが、たくさんありますものね。」
ララと一緒に、少しだけ近づいて眺める。その時だった──
「すみません、こちらを少しお願いします!」
別の使用人が、荷物を抱えてララに声を掛けた。積み上がった荷物がグラグラしていて、今にも崩れそうになっている。
「まあ、大変!少々お待ちくださいませ。」
ララが振り返り、速やかに荷物を支える。
ほんの一瞬。
ほんの一瞬だけ、私は一人になった。
「……あ。」
その時、目の前を大きな馬車が通った。人の流れが、私の前を横切る。背丈の低い私が、周りからは見えないのだろう。私は行き交う人の流れに押され、一歩、また一歩と後ろへ下がってしまう。
「…?…お嬢様っ!」
「ララ…!!」
異変にいち早く気づいたララが、私を呼ぶ声が聞こえた。人の合間を縫って、ララが懸命に手を伸ばしてくれる。私もそれに応えようと、必死に手を伸ばそうとした──が、それは叶わなかった。
「わわわ…!?」
頑張って足を踏ん張っていたものの、ドンッとぶつかられた途端、まだ小さな私の体は簡単に揺らいでしまった。私の意思に反して、どんどんどんどんララたちから離れてしまう。そうして、やっと人の流れが落ち着いた時、私はララを探した。
「……ララ?」
見えない。
「ララ…?」
少しだけ背伸びしてみる。けれど、見えるのは知らない人ばかり。お父様の姿も、使用人達の姿も見えない。
「……ぁ、あれ?」
胸が、きゅっとした。自然と声が震える。
「お父様……?」
私は辺りを見回した。けれど、どこにも、私の知っている人はいない。マーキア領なら、少し歩けば見慣れた景色がある。屋敷へ帰れば、お父様もお母様もいる。ララも、マシューもいる。屋敷のみんなも、いる。
でも――ここは違う。見たことのない建物。知らない人。知らない道。
急に、先ほどまで輝いて見えた王都が、ひどく怖く、大きく見えた。不安で涙が溢れてくる。私はウサギのぬいぐるみをギュッとした。その時――
「どうしたの?お嬢ちゃん。」
優しい声が聞こえた。振り向くと、そこには見知らぬ人達が立っていた。
「お父さんと、はぐれたのかな?」
「……!」
私は初対面の人に、ドギマギしながらも、小さく頷く。
「それは大変だね。おいで。お父さんのところへ連れて行ってあげる。」
「……お父様のところ?」
「ああ。きっと心配しているよ。早く行こう。」
差し出された手を見る。元々人見知りの私は、手を取るのを躊躇ってしまう。ふと、今までのことを思い出す。
──家族や屋敷のみんな、屋敷の外でできた初めてのお友達、王都で出会った男爵──みんなみんな、優しかったわ。そうよ。今の私は、人の優しさと温かさを知ってる。
もう一度、目の前の人を見る。優しそうな笑顔。後ろにいる人たちも、とても怖そうには見えない。
──うん、やっぱり良い人達だわ。この人達に付いて行けば、お父様達と合流できるはず!
「あ、ありがとう、ございま「待った!」」
突然、私とその人達の間に、一人の少女が割って入った。
その子は、とてもキラキラしていた。私よりも少し高い背丈、長い白髪は三つ編みに結われていて、赤いスカーフを被っている。スカーフと同じ色のエプロンには、白い粉が付いており、ほのかにパンの良い香りがする。
「この子、私の友達だから、私が届けるわ!」
「…へ?」
驚いて顔を上げる。同時に、少女が振り返った。金色の瞳が、逆光の中、キリッと煌めいている。思わず魅入っていると、少女はクルリと私の向きを変え、背をグイグイッと押してくる。
「ほら、シャキシャキしなさい!こっちよ!」
「ぇ、え?えぇ?」
初めてされる強引な扱いに、私は目をパチクリさせる。戸惑う私に焦れたのか、少女自ら先陣を切って、手を引っ張る。
「お父さんに会いたいんでしょ!だったら、私について来なさい!」
「……ぅ、うん!」
少女の力強い声に、私は頷き、ギュッと手を握り返した。




